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「妹に同情してる?」
「いえ? …まぁ、生まれる場所は選べませんから。そこで辛い思いをしていることにはそういう感情もありますけれど」
「もしも駆け落ちしたら妹を幸せにできる?」
「それは分かりませんが、自分なりに精一杯大切にはします」
そんな事言ったら妹即刻この城出ていく。
「君は? それで幸せ?」
「幸せでしょうね」
えーー? 本当にどういうこと?
「妹を好きなんだよね?」
「はい」
「駆け落ちしても良いくらい好きなんだよね?」
「はい」
「でも自分からは言わないんだよね?」
「はい」
「妹に男が声をかけてくるのは良いんだよね」
「はい」
「他の男に取られても良いんだよね?」
「王女殿下が幸せなら」
もー、何なの?
「悲しかったり嫉妬したりしないの?」
「王女殿下が幸せなら」
あー。何だこれ。
別に自分が詳細を把握しなくても良いんだけど。という気持ちも一瞬過った。けれど意地になって止められない。
「君の意思はないの?」
「意思?」
「妹とどうなりたいとか」
「…」
うーん。と、また唸っている。何でそこで止まるの? さっきから唸る場所がおかしいんだよ。と、思いながら暫く待っていても何も出てこない。あれ? 珍しいな。こんなの見た事ない。そう思っていたらまだ考えながらの様子でこんな声が聞こえてきた。
「どういう角度から考えても…こうするのがベストという回答は見付からないですね」
何で? いくらでもあるじゃん。
「一緒にいたいとか」
「王女殿下が望めば」
「交際をしたいとか」
「王女殿下が望めば」
「結婚したいとか」
「だから王女殿下が望めば」
なんでも相手本位。そうじゃなくて。
「君がそうしたいとは思わないの?」
「私は王女殿下が幸せならそれで良いんですよ」
「え?」
ぽくぽくぽく…ぽくぽくぽく。と、七秒くらいの沈黙が訪れた。
えええ? と? それって。
ふわふわとした好意? だったものが急にどすんと音を立てて落ちてきた。あっぶな。…いや。ちょっと待って。
「…それで申し入れが沢山あって良かったとか好きだけど妹を送り出すのはOKとか駆け落ちするとか支離滅裂な事を言ってたの?」
「そうですよ?」
うん。それなら確かに全部腑に落ちる。落ちるけどさ。…それって。
…それってー…。
「…君は…」
そう言えばこの子、全く浮いた話が無いな。と気付く。こんな役職に抜擢されて、貴族からも官僚からも男からも女からも値踏みされまくっている筈だ。それでも何の欠点らしきものも見付からないだろう。強いて言えば平民という事に難色を示す者もいるかもしれないけれど、本人が勝ち取った地位は次期国王の隣。寧ろその身分にありながら想像以上の出来に素直に尊敬に値すると言っていた高齢の官僚もいた位だ。となればそんなの気にせず彼を取り込みたい人間は山ほどいる筈。けれども全くそういう話を聞かない…し、その気配もない。気付いていない? あり得る。けれど周囲はそんなに大人しい人間ばかりじゃないぞ? だとしたら上手くあしらっている? ならいいけれど。だとすればこれは愚問だろうけれど。
兄としてはっきりさせておきたい。
「妹以外の女性にもそういう事をしようと思う?」
「は?」
そう言ったら目を丸くした側近は、今までうーん…と唸っていたのと同じ人物とは思えない位の即答した。
「思いません。誰彼構わずこんな事を思う訳ないでしょうが」
何でそんな当たり前の事聞く訳? とでも言いたげな視線から逃げた。
「…そう」
…うん。そうか…。と呟いてこの話を終わりにする。何で自分が責められてるのかな。何か変なこと言ったかな。どちらかと言えばそっちの方が…うん。それは一先ず置いといて。
あのさ。それってつまり妹の事滅茶苦茶好きって事だよね? 気持ちの上に立場を被せて当然の様に全部受け入れているけれど「好き」なんて言葉じゃ追い付かないくらいに妹の事思ってくれてるよね。だったら頼むからさっさとくっ付いてくれ。くっ付いて妹を幸せにしてやってくれ。このまま様子を見てたら妹を狙う男がわんさかやってくるぞ。一度でも対応したら断るの面倒だし、きっと簡単には諦めないだろうし、それを見せたらこの子、良さげな男見繕って「いってらっしゃい」って本心からの笑顔で送り出しそうだ。何でそうなるの。両想いなんだから余計なことしないでくれ。
そう。能力はあって人間関係にも恵まれ、王女から好意を寄せられるこの男は大事なところに気付かない。中の人が変わればさぞかし格好良く主役をもぎ取れるであろう状況だったとしても所詮モブはモブなのである。
「じゃあ、そろそろ良いですか? 本日の予定からいきますよ」
「はい…」
ん? 急にしおれたな。どうされた。怪訝に思いながら殿下を見ててふと気が付いた。そういや俺、結局名前出てなくね? ま、いっか。