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 その後、結局二人が自発的に行動することはなかった。これ以上は外野が言うことではないと話すこともなかったし、二人が顔を合わせることも一度も無かった。


 ただ、周囲だけは気付いていた。少なくとも王女の気持ちには全員が気付いていた。当然この人も。


「あ…いた…っ! いた!! あの! あの!! すいません!! 待って下さい!!!」


 廊下を歩いていたら突然そんな声を掛けられて腕を掴まれた。え? と思ってそっちを見ると見覚えのある顔がある。王女の侍女だ。彼女と話をしたことは殆どない。学生の頃に王女殿下の部屋に招かれて給仕してくれた時に挨拶をしたくらい。


 その彼女が自分の腕にしがみ付いて泣きそうな顔で必死にこんなことを言う。


「お願いします! 王女殿下を助けて下さい!」


「は?」


「お願いします! 早く、こちらへ…!!」


 と、腕を引っ張られて彼女の後について走り出した。




「本日、王女殿下の卒業パーティーなんです」


 一つの扉の前で侍女は息を切らし、我慢していたらしい涙をぼろぼろ零しながらそう言った。何度も来たから知っている。王女殿下の部屋だ。侍女が勝手にこんなことをしていいのか? でも、必死な彼女の表情にその言葉を飲み込んだ。


「それでずっと泣いて震えてらして。私もう、見ていられなくて」


 その言葉に殿下に聞いた話を思い出した。あれは外から見た不要な心配に留まらなかったようだ。多分同じ事を王女殿下も想像している。という事は、その想像は高い確率で実現するだろう。彼女が怯えるのも理解はできる。


 でも俺にどうしろと?


「もう時間がありません。早く王女殿下に会って下さい」


 会ってどうして欲しいのよ。と言いそうになってしまった。だって俺には何もできない。できないのに…いや。


 いや、行こう。


「入って大丈夫なんですか?」


「はい。私はここにおりますので、何かあれば仰って下さい」


「分かりました」


 そう言って扉を押す。王女に対しては殿下に対してよりもできることが少なくて、性別の違いもあるからこれでいいのかと迷うこともある。けれど俺は決めたんだった。例え無意味だとしても、たった一言かけるだけでも、ただ一瞬顔を見るだけでも、彼女の為にできることを何でもするんだって。




「王女殿下?」


 自分が入ってきたのにも気付かないようだ。ソファに座って小さくなって彼女は震えていた。こんな彼女を見たくなかったな。でも見れて良かった。知らないままだったら何もできない。


「王女殿下」


 と、肩に手を置いてもう一度言ったらびくっと震えた彼女が顔を上げた。青ざめた顔に少しだけ赤みが戻る。驚かせたかな。


「大丈夫ですか?」


「…え……? な…何で…?」


 苦しそう。過呼吸みたいになっている。まずは落ち着いて。と、彼女の背中を擦った。ゆっくり息をして、吐いて。と、一緒に繰り返したら呼吸が整ってきた。うんうん。ちょっと安心した。


「何で…ここに…」


「王女の侍女に呼ばれたんです」


 その言葉に彼女は困惑した顔をした。そして平常心を取り戻したらしく、ぽつりとこんなことを言う。


「ごめんなさい。変なところを見せて」


「いいえ」


 見せたくないのなら見ない。けれど構わないのならそんなこと気にしなくてもいいのに。


「緊張されているんですか?」


 彼女の前に膝を突いて問うた。


「…」


 うん。と小さな子供の様に頷く。可愛い。こういう彼女を見せたとしたら、本当に愛してくれる相手から求めてもらえるだろうに。


「大丈夫ですよ。何があっても、陛下も殿下も王女殿下のことを守って下さいますから」


 そう言った自分は、貴方は? と言いかけた言葉を飲み込んだ王女のことを知らない。貴方に守って欲しい。貴方の傍にいたい。そう思ってくれていた事も知らない。


「だから何も心配せずに、素敵な方から声を掛けられるのを待っていれば良いんです」


 心底そう思って囁いたその言葉は、ちゃんと相手に伝わることは無かった。



 あ…。


 優しい声が残酷な言葉を吐いた。指先がすっと冷えて、その冷気は恐怖も冷やす。


 その言葉に、この人は自分に興味がない。と知った。その瞬間に、おかしなことに心がほんの僅かに軽くなる。そうと知れば諦めもつく。期待しなければ絶望することもないのだから。


「…そうですね」


 さぁ。パーティーに行こう。希望がないのならこの身がどうなっても構わない。せめて私は国やお父様やお兄様のお役に立てるかしら。


 怖い、けど。


 そんな自分の手を取って、温かい手の主はこう囁いた。


「それでももしも本当にどうしようもない状態になったら、その時は私と逃げましょう」


 その言葉に目を丸くして顔を上げた。その視線を穏やかに受け止めてくれる。その目を見ながら呟いた。


「…そんなことしてくれるの?」


「はい」


「…本当に?」


「はい」


「…本当に信じて良いの?」


「良いですよ」


 と彼は笑う。そこに嘘は少しも見えない。


「私は平民の生活に戻るだけなので別に何てことはありません。王女殿下は苦労されると思いますが、つまり最悪でもそれくらいってことです」


 冷たい手に気付いて、もう片方の手も握りしめて温めてくれる。熱と一緒に言葉が満ちていく。


「何があってもそれ以上に辛いことはないと思えば怖くないでしょう? それとも死んだ方がましだと思いますか?」


「思わない…」


「でしょう? だから大丈夫です。安心していってらっしゃい」


 手を引かれて立ち上がる。見上げた彼の目に本当の愛を見た。

誤字報告頂きました

ご親切に、どうもありがとうございました

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[一言] おまっ....、おっとこまえー...。
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