109[2-43].全てを焼き尽くすイカれた太陽《イッツ・ジ・エンド》
長いので、今回は分割しました。苦手な戦闘パートは時間がかかる。。。
「神の奇跡も、神秘術も……殺して奪うことはできない」
ヘディに取り憑いた悪魔が、愉快そうに嗤った。
「なら――唱えられる者を操ればいい。そう考えた」
その右手の上に、小さな擬似太陽が浮かぶ。
橙色と黒の魔力を孕みながら、不気味な渦に包まれた光球。
それは【黒魔法:明けない魔夜中】の空気そのものを吸い上げるように、じわじわと膨れ続けていた。
「だから、ユーサ・フォレスト。感謝する」
悪魔の口元が、裂けるように歪む。
「本当はお前の力も欲しかったが……まさか、コイツが太陽の術の中でも禁呪とされる、
【神の奇跡:全てを焼き尽くすイカれた太陽】を持っていたとはな。ずっと奪える瞬間を狙っていた」
「【全てを焼き尽くすイカれた太陽】!?」
「知っているの? エヂヒカ」
問いに答えたのは、膝をつきながらも顔を上げたエヂヒカだった。
「……はい。教会の記録で読んだことがあります。
その昔、タイオーで一つの王都が、一瞬にして消し飛んだ。太陽の術の中でも、禁術の一つです」
王都が、消し飛ぶ。
その言葉だけで十分だった。
ユーサは理解する。
目の前の悪魔は、今まさにそれをここでやろうとしている。
ザキヤミを。
この街を。
何もかもを、消し炭にしようとしているのだと。
「詳しいんだな、色男」
悪魔が喉を鳴らして笑う。
「お前もしかして、ヘディと一緒で“ただの一般人”のふりをしている天使だな?」
エヂヒカが、汗を一筋だけ流した。
答えない。
だがその沈黙を、悪魔は肯定として受け取った。
「ならわかるだろう? この禁術を手加減なしで撃てば、どうなるのか」
右手の擬似太陽が、さらに脈打つ。
「明けない魔夜中で、神の奇跡の力が落ちているとはいえ、悪魔人は別。魔力で補えば、ザキヤミのこの街くらいは吹き飛ばせる。AHHAHHA!!」
悪魔の本体が、左右の手を異なる理で動かしていた。
右手では、信仰力を高めて神の奇跡を。
左手では、魔力を高めて黒魔法を。
そして左手から右手へ、黒いオーラが渦となって流れ込んでいく。
それに合わせるように、擬似太陽はさらに膨れ上がっていった。
「消し飛ばしてやる!! 我様が悪魔で一番だということを!! 悪魔王様を超える存在だと、証明してやるぞ!!」
「させるか……って言いたいのに、ぐっ……力が、出ない……!?」
「ペイペイ!! どうしたんだよ!? 俺の筋肉!!? 元気出せよ!!」
エヂヒカとペイシンが、膝をついたまま動けずにいた。
まるで全身に鉛を流し込まれたみたいだった。
空気そのものが重い。
悪魔以外を地面へ押しつけるような圧力が、【明けない魔夜中】の中で支配している。
悪魔以外は力を失う空間。
そこで、ユーサと、ヘディに取り憑いた悪魔だけが何事もないように立っていた。
ユーサはまず走った。
神秘術で高めた身体能力を全開にし、召喚武器を振り下ろす。
だが――当たらない。
「……っ!」
悪魔の輪郭が残像になって消える。
そこにはもういない。
「おやおや、当たらないねぇ? さっきまでの威勢はどうした? ユーサ・フォレスト?」
悪魔が嗤う。
「早くしないと、貴様も、家族も、仲間も、全部消し炭になるぞ? AッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッーーーーー!!!!!!!!!!!」
ブラック・アウトの中で、ユーサはすでにヘディとの戦闘で秘力も体力も削っていた。
ユーサが遅いのではない。
本来のヘディの速度に、悪魔の力が重なっている。
その空気そのものが、異常だった。
「なら……あの時のように」
ザドキ・エルが、黒冠位悪魔サキュ・B・アークに完全に取り込まれた時。
悪魔ザドキエルへ向けて、悪魔との繋がりを消し飛ばした技。
ユーサは右手の人差し指へ魔力を集中させた。
左手で右手首を支え、さらに【神秘術:人間の現界を超える領域】を流し込む。
「オーっ!! それがサキュを倒した技か? 良いねぇ。
我様には効かないと思うがな? さぁ、どうした? 撃てよ」
だが、ユーサの指先は止まる。
右手に魔力を集めたまま、わずかに固まった。
その一瞬の逡巡を、悪魔は見逃さなかった。
「……おや? 何を躊躇っている。撃てるのに、撃てないのか? もしかして……ヘディの事か?」
黒い口元が吊り上がる。
「なら、会わせてやろう」
次の瞬間。
悪魔の黒い体から、ヘディの顔が浮かび上がった。
「!? ヘディさん!!」
「……うっ……ユーサ……」
ヘディの目が開く。
焦点が合いきらないまま、それでも必死にユーサを見る。
「……ユーサ。気にするな。オレを救おうと考えるな」
声を絞り出す。
「……オレもろとも、撃て」
「……っ」
「ユーサ。お前は……優しすぎるんだ」
ヘディが歯を食いしばる。
まるで意識の底から無理やり這い上がってきたみたいに、言葉の一つ一つが苦しそうだった。
「オレは……悪魔の魔に飲まれ、操られたとはいえ、お前を騙した奴だぞ? 嘘をついたクズだぞ?」
「やめてください……」
「お前が一番守らないといけないのは何だ!? 家族を守るんじゃなかったのか!!?」
ユーサの顔が引き攣る。
ー「今後救いたい相手ができたとき、君はその優しさに気をつけた方が良い」ー
ー「そして何より、……悪魔は、君の優しさに付け込む」ー
ジャンヌに言われた忠告を思い出すユーサ。
無様に助けを求められた方が、まだ良かったかもしれない。
だがヘディは違った。
最もユーサの良心を刺す言葉で、止まった引き金を引かせようとしてくる。
それが逆に、ユーサの手を止めるとも知らずに。
「馬鹿野郎!! 何を迷ってる! オレに構うな! 撃て! この悪魔ごと、オレを――うぐっ!!」
ヘディの声が潰れた。
背中から生えた第三の手が、ヘディの顔を思いきり殴った。
そのまま、顔面を掴んで握り潰すように締め上げる。
「オーっと。我様が望む言葉ではないな」
悪魔が嗤う。
「もっと絶望に満ちた感じで、すがりつけよ。タスケテー! ……って。
AッHッHッHッHッHッHッHッーーーーー!!!!!!!!!!!」
「!! コイツ!! なら……お望み通り、撃ってやる!!」
ユーサが右手を構えた。
詠唱が、唇から零れる。
「 《 ー 呪文 魔法 ー 》 」
「 《 ー 弱い自分を 撃ち抜くように ー 》 」
【魔法:昇天という魔弾丸】
異次元の発砲音。
音が遅れて追いかけてくるような衝撃とともに、赤と黒がねじり合う魔弾が悪魔へ向かって走った。
――しかし。
「!? 外れた!?」
魔弾が悪魔へ触れる、その直前。
残像のように消える。
そこに、悪魔はいなかった。
「オーっと。遅い、遅い。当たらないなぁ」
悪魔の嗤い声が、横から響く。
外れた魔弾は、そのまま路地裏の壁へ激突し――消した。
壁そのものが、最初から存在しなかったかのように。
「オーっと怖い怖い。でも当たらなければ、意味がないよな?」
「……クっ!」
ユーサの膝が落ちた。
呼吸が荒い。
たった一発で、全身全霊を使い切ったみたいだった。
「ぐ……そういえば、あの時も撃った後は……動けなかったっけ」
フルマラソンを走り切った選手みたいに、体が言うことをきかないまま、肩で息をする。
「ンー? どうしたんだ、ユーサ・フォレスト? もうおしまいか?」
悪魔が、わざとらしく首を傾げる。
「だが、まだまだ絶望が足りないな。……そうだ。良いことを思いついた」
再び、悪魔の黒い体からヘディの顔と上半身が浮かび上がった。
先ほどとは違う。
まるで精気の抜けた操り人形みたいに、目が死んでいる。
「……ユーサ、頼ム。助ケテクレ……。オレハ、本当二……、ディアノ、兄、ナンダ……」
その声に、ユーサの顔が強張る。
「本当ハ、……ユーサ。オマエト……、一緒二、イタ時間ハ……、楽シカッタ」
それはユーサが望んだ、言葉だった。
そうであってほしかった、希望だった。
叶わなかった、夢だった。
「ダカラ……」
だからこそ、悪魔に言わせられているとわかっていても、心が抉られる。
「助ケテ……ユーサ。愛スル……義弟」
ユーサの表情が、絶望に染まる。
「AッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッーーーーー!!!!!!!!!!! ……だそうだ、ユーサ・フォレスト。助けてやったらどうだ? 義理のお兄さんが、そう言ってるぞ?」
その瞬間だった。
ユーサの中で、何かが完全に切れた。
【憤怒】
ブラック・アウトそのものに亀裂が走るみたいに、ユーサの周囲で暴風じみた圧力が渦を巻く。
「オーっと……」
さすがの悪魔も、笑みを引きつらせた。
「それが、悪魔も恐る【安楽死を運ぶ者】の顔か。我様も驚いたよ。悪魔王様以外で恐怖したのは初めてだ。
やはり貴様――【憤怒】の悪魔だろう? 本当は」
ユーサの表情が変わる。
目が血走る。
歯が、砕けるほどに軋む。
背中から、魔王じみたオーラが噴き上がった。
立ち上がる。
もう一度、赤の秘力と黒の魔力を混ぜ合わせる。
先ほどが全力だったはずなのに、その全力をさらに押しのけるように、【憤怒】のエネルギーが上へ上へと競り上がる。
その時。
「オーっと。だが、それがどうした?」
悪魔が擬似太陽を育てながら嗤う。
「その一発を外せば、貴様の終わりだ。理解しているか? どうやって当てるつもりだ?」
「……」
「ほらほら、どうした? というか、一回で終わりか? 早漏で淡白とは、情けない。パートナーも満足できないだろうよ? AッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッーーーーー!!!!!!!!!!!」
その、最後の瞬間。
「満足できるか、できないかを――何も知らない悪魔が決めつけないで!!」
女の声。
同時に、氷の線路みたいな光線が悪魔へ向かって走った。
「ン? んんーー!!!??? なんだこれは!? 動けんぞ!!?」
悪魔の足元が、氷で埋め尽くされていた。
両足が固定される。
「あなた!! 一人で戦わないで!!」
ユーサの後ろから、ディアが走り込んでくる。
ブラック・アウトの中にいるはずなのに、まるでその影響を受けていないみたいに。
「わたしは、ここにいるよ《ラブ・イズ・ヒア》!!」
「ディア!? ……わかった!!」
その声だけで、暴走しかけていたユーサの感情が静まっていく。
血走っていた目が、洗われたみたいに澄んだ。
神秘の欠片へ触れたような感触が、意識の芯へ通る。
「ふざけるな! こんな氷の秘術が使えるなど、ありえん!!
ブラック・アウト内で、これだけ動ける者がいるとは――はっ、まさか、あの女が!?」
悪魔の目が、ディアをいやらしく舐めた。
「今日はついているな。創造神の生まれ変わりも、一緒にいただ――、GUUUッ!!!!???」
その言葉の途中で、悪魔が膝をついた。
「二人の……邪魔を……すんなよ……」
胸元のペンを咥えながら、ヘディが呟いていた。
蝙蝠の紋章が刻まれたそのペンは、橙に光りながら槍のような長さへ変化している。
その槍先が、悪魔の膝を貫いていた。
「ヘディ!!? いつから我様の呪縛を!?」
「何言ってんだ、この悪魔は」
ヘディが、血の混じった息を吐く。
「今の今まで、ずっと意識の底で隙を待ってたんだよ。完全に飲まれたふりをしてな」
その目は、もう笑っていない。
「こっちは長年、嘘をたくさんついてきたクズ野郎なんだよ。オレ様を騙そうなんざ、傲慢にもほどがあるぜ。……あ、お前、傲慢の悪魔だったか」
「き……貴様AAAAAAAAAーーー!!!」
視線が、ヘディへ向く。
その瞬間だった。
「あなた! 今よ!!」
ディアの声。
氷が足を止め、
ヘディの槍が膝を貫き、
逃げることも避けることもできない、絶対の瞬間が生まれる。
しかし、悪魔の口元が、何かを諦めたように悔しさで歪む。
「クソッ!! ――避けられないなら、……我様ごと焼き払えばいいだけだ」
右手の擬似太陽が、一気に膨れ上がる。
黒い魔力と橙の信仰力が、無理やり噛み合わされる。
「不完全でも構わない。この場の全てを消し炭にできれば、それでいい!!
我様は灰になっても、時が経てば戻れる。だが……、お前達は違う!」
悪魔が嗤う。
そして、悪魔は右手の指先を立てた。
「 《 この熱量には敵わない。冷めた引き金ひとつで、さよならだ 》 」
悪魔の指先が引き金を引くように曲がった瞬間。
擬似太陽――【全てを焼き尽くすイカれた太陽】が、空へ解き放たれる。
「ッ!!」
黒と橙を孕んだ太陽が、夜空を裂いて昇っていく。
ザキヤミ全体を焼けるほどではなくとも、この一帯を消し飛ばすには十分すぎる熱量だった。
誰の目にもわかった。
あれは、嘘じゃない。
あの熱は、本物。
――次の瞬間、自分達は消し炭になる。
その直感すら、焼き尽くしそうな“終わり”が、夜空に浮かんでいた。




