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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第2章 カーテン・フォール編

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108/111

108[2-42].沢山の嘘の中に、一つの真実がある《ライズ・アンド・トゥルース》②

苦手な戦闘パート。。長いです。

分割しようかと思ったけど、一気に話を進めるために、1つにまとめました。



 俯いていた顔を、ユーサはゆっくりと上げた。

 頬には、まだ乾ききらない涙の跡が残っている。


「もう……ここからは、家族じゃないから……本気で行きますよ」


 震えた声だった。

 けれど、その震えは弱さじゃない。


 怒り。

 悲しみ。

 踏みにじられた幸せ。


 その全部が、同じ喉を通っただけだった。


 ユーサは乱暴に涙を拭い、そのまま地を蹴った。


 一直線(いっちょくせん)に、ヘディへ殴りかかる。


「――っ!」


 ヘディが身を捻る。

 拳は空を裂く。


「……かすった」


 エヂヒカが息を呑んだ。


 ペイシンとエヂヒカでは、当てることすらできなかった。

 残像みたいに消え続けたヘディの身体に、ユーサの拳が、ほんのわずかだが触れていた。


「流石っすね、ユーサさん……! あの悪魔人の速さに追いついてる!」

「……そうだね。ただ、速いだけじゃない」


 エヂヒカの目が細まる。

 ユーサの拳筋を追いながら、違和感を拾っていた。


 ただ速さで追っているだけじゃない。

 かすった、その瞬間。何かが“仕込まれている”。


「速い……いや」


 ヘディが一歩引く。

 眉を寄せた。


「オレが……遅くなったのか?」


 違和感は脚だけじゃなかった。

 瞼が妙に重い。呼吸もわずかに鈍い。視界の端が、薄く滲んでいる。


 ユーサの拳が、また掠める。


「……まさか」


 ヘディが、ぼそりと呟いた。


「これは……確か、ク・エル、……天使長を倒したという情報の……睡眠【魔法】か」

「す、睡眠!? 【魔法】!? ク・エル天使長を倒した!? ユーサさんが!? すげぇっす!!」


 ペイシンが顔を上げる。


 だがヘディは、驚きより先に分析していた。

 紙一重で避け続けながら、かすかな接触を警戒する。


「……触れた者に眠気を宿すのか。……通りで、動きが鈍るはずだ」


 言っている間にも、拳が迫る。

 袖を裂く。頬を掠める。髪を散らす。


 その“かすり”が、少しずつ、確実に増えていく。


「それなら――」


 ヘディが胸元へ手を伸ばした。

 取り出したのは、細いペン。


 躊躇なく、それを自分の腕へ突き刺す。


「痛っ!!? ったそうっすね!!!」

「アイツ……何してんだ?」


 ペイシンとエヂヒカが思わず声を漏らす。


 ヘディは顔をしかめながら、ゆっくり息を吐いた。


「ふぅ……目が覚めたぜ。面倒なことさせやがって」


 ペンを抜く。

 血が垂れる。

 だが次の瞬間には、傷口が魔力で塞がり始めていた。


 眠気を、痛みで叩き起こしたのだ。


 そして――


 ー 「……」 ー


 呟きのような“詠唱”。

 胸元の血まみれのペンを押さえ、何かを確かめるみたいに指を滑らせる。


 橙の月が、熱を帯びて見えた。


 次の瞬間。

 ヘディの周囲で、橙のオーラが跳ね上がる。


「うっそだろ!? 俺達が戦った時より、人数が多いっすよ!?」

「しかも……ただの幻影じゃない」


 エヂヒカが低く言う。


「一人一人に、魔力反応が均一にある」


 ヘディが八人に分かれていた。


 路地を囲むように。

 逃げ道を塞ぐように。

 八人が同時に呼吸し、同時に笑う。


「「「さぁ、どうする、ユーサ」」」


 八つの指先が揃う。


「「「これだけの数だ。どうやって防ぐ?」」」


 全員が同時に、太陽光線を形にし始める。

 逃げ場はない。


 ――絶体絶命。


 だが、その瞬間だった。


 ユーサの赤い秘力が、怒りを燃料にしたみたいに跳ね上がる。

 稲妻のような気配が、その身から弾けた。


「……コイツ!? まだ力が上がるのか!?」


 ヘディの一体が太陽光線を撃ち出す、その一瞬前。

 ユーサは横へ跳んだ。


 壁際へ。


 拳が唸る。


 ヘディが避ける。

 ユーサの拳が、石壁へめり込んだ。


 轟音。


 石壁が砕け、瓦礫が崩れ落ちる。


 次。

 今度は反対側。


 また避けられる。

 拳が別の壁へ沈む。


 亀裂。崩落。砂塵。


 それが一度、二度では終わらない。


「……馬鹿力め。そんな遅い(テレフォン)パンチ、当たるかよ」


 ヘディが呆れたように笑う。


 だが、ユーサは息を乱さない。


「それはそうですよ」


 淡々と、返す。


「……当てるつもりはないから。そんな得意気に言うことじゃないですよ」


「……なら、何してんだよ。こんな狭い場所で、猪か? 馬鹿か?」

「敵に種を教える馬鹿はいませんよ」


 挑発に、ヘディの眉がわずかに動いた。


 その間に、路地の形が変わっていた。


 砕けた壁。

 積み上がる瓦礫。

 崩れた石が道を塞ぎ、並びを変え、八人の隊列を知らぬ間に揃えていく。


 ユーサはエヂヒカとペイシンを背にした。

 守る位置。

 背負う位置。


 横には瓦礫の山。

 砂塵が舞い、視界が揺れている。


 その状態で、ユーサは腰の薬袋を放った。


「……っ!? 回復薬……?」

「あざっす!! 助かるっす!!」


 ヘディが鼻で笑う。


「ふっ。雑魚どもを回復させて、三人なら勝てるとでも思ったのか?」

「同じことは言いたくないけど……敵に種を教える馬鹿はいませんよ」


 ユーサは視線を逸らさないまま言った。


「それに――これは、僕の戦いだ」


 声は低い。


「手出しは無用だよ。ヘディさん。貴方は、僕だけで倒します」


 挑発。

 いや、宣言だった。


「ほう……お前一人で勝てると思ってるのかよ。傲慢な野郎だ」


 ヘディが乗る。

 八人分の魔力が一気に膨れ上がる。


「さぁ、どうする、ユーサ。これだけの数だ。どうやって防ぐ? 蜂の巣になるぞ」


 八つの太陽光線が、一斉に放たれようとした、その瞬間。


「蜂か……」


 ユーサが小さく呟く。


「それなら、防ぐよりも――さっさと害虫駆除しましょうかね」


 パチン。パチン。パチン。パチン!


 メリケンサックが消え、別の武器が闇から滑り出す。


 【秘術:黒曜石の十三種手札(ラック・ジャック)


 一度出せば、次に呼べるのは一日後。

 下手に切れば、手札は尽きる。


 だからこそ、用途で選ぶ。


「害虫駆除は、埋めるのが一番」


 ユーサの手に現れたのは――黒曜石の()()()だった。


 海でもない。

 川でもない。

 こんな路地裏には、あまりにも場違いな長物。


 八人のヘディが、揃って笑う。


「ははは。何を出しているんだ、ユーサ。間違ってないか? ここは海じゃないぞ?」


 余裕。

 光の手が、わずかに緩む。


 その傲慢が、仇になる。


 ユーサは何も返さない。

 ただ、真顔のまま瓦礫へオールの先を差し入れた。


 長さを活かす。

 支点を作る。


 「 《 ー 僕を生かせるのも 殺せるのも 自分次第 ー 》 」


 左手から全身へ、赤色の神秘オーラが走った。


 《神秘術:人間の現界を超える領域(レッド・ゾーン)


 重心を乗せる。

 テコの原理。


 持ち上げるのではない。

 ――跳ね上げる。


 壁の破片が、投石台から放たれた岩みたいに飛んだ。


 橙の月光を裂き、一体のヘディへ、一直線(いっちょくせん)に叩き込まれる。


 ドゴォン!!!


「……は?」


 笑ったままの幻影が、瓦礫に押し潰されるように消えた。


 続けざまに、次。

 次。

 次。


 神秘術で強化された筋力と、人間の領域を越える速度。

 壁の破片、石、砂。

 路地を埋める勢いで、瓦礫の雨が叩きつけられていく。


 二つ。

 三つ。

 四つ。


 岩のような瓦礫が、ヘディの幻影を次々と埋めていくように飛ぶ。


 ユーサは止まらない。


「ふ、ふざけたことしやがって!!」

「大真面目ですよ。害虫駆除には埋めるのが一番です」


 顔色ひとつ変えず、ユーサは瓦礫を積み、跳ね上げ、押し潰す。


 大きい瓦礫はオールを使って弾く。

 腕だけで飛ばせる破片は、そのまま掬い上げて投げる。


 ()すために。


 路地には、雷が連続で落ちたみたいな轟音が響いた。


「夜中だぞ……近所迷惑を考えたらどうだ」

「年中迷惑な、悪魔に言われたくないですけどね」


 ヘディが避けながら、叫ぶ。


「このために……壁を壊していたのか!?」


 幻影達の足場は崩れ、隊列は乱れ、視界は砂塵で濁っていく。

 太陽光線を撃っても、瓦礫が遮る。

 撃つ前に、新しい瓦礫が飛んでくる。


「……っ、ふざけ――!」


 苛立ちが声に混ざった時には、もう遅い。


 幻影が薄れる。

 数が減る。

 残り五体。


「頃合いかな……」


 ユーサはオールを両手で握り直した。


 斬るためじゃない。

 振り回すためでもない。


 残った瓦礫へ押し当て、そのまま――薙ぎ払い、押し付ける。


 押し寄せる壁のように。


「!? クソっ!」


 幻影の“間”へ滑り込むように踏み込む。

 瓦礫と石畳を削る鈍い音。


 一人対五人。


 このままでは全滅すると悟ったのか、三人が同時に離脱した。

 押し返す力が消える。

 逃げ遅れた幻影が、圧力に耐えきれず潰れるように消えた。


「――っ!」


 ヘディが、初めて間合いを引く。


 ユーサはオールを地面に立て、息を吐いた。


「どうです? 間違ってなかったでしょう? 海じゃなくても、押し流すことはできます」


 気づけば、ヘディは三体まで減っていた。


 だが、ユーサの瓦礫も尽きかけている。

 役目を終えたオールが消えた。


「……もう、砂かけ遊びは終わりか?」

「そうですね。おかげでこっちは綺麗になりましたよ。続けます?」


 ヘディが目を細め、周囲を見る。


「……もしかして、幻影を潰すだけじゃなくて、これもか? 不燃性の粉では無理だぞ」

「なら、どうぞ。撃ってみたらどうです?」


 砂塵が舞っている。

 視界が濁るほどに。


 ここで太陽光線を撃てば――粉塵が燃える。


「粉塵爆発になったら、ユーサ。お前も仲間も一緒に死ぬかもしれないんだぞ?」

「爆発しても、()()()()()()するんですよ。……っていうか、その言い分だと、爆発は効くんですかね?」


 ヘディの顔がわずかに歪む。


「それに、飛び道具がなければ僕に勝てないんですか? 怖いんですか? 僕が」


 その挑発に、ヘディが指を鳴らした。


「……良いぜ、ユーサ。わかったよ。小細工なしでも、お前ごとき倒せることを証明してやる。召喚武器を出させる隙もないほどにな!」


 三体同時に襲いかかる。

 腕が六本、足が六本あるみたいな猛攻。


 だが、ユーサは受け止めない。


 受け流す。


 エヂヒカ達の戦いで、加護の力を“受ける”ことそのものが危険だと見抜いていた。


 そのまま地面へ手を伸ばす。


 拾ったのは、転がっていた武器。

 エヂヒカのトレイ。

 ペイシンのフライパン。


 いなし、流し、投げる。


 トレイが弧を描く。

 一体の幻影が裂けるように消えた。


 フライパンが壁を掠め、もう一体が消える。


 残るのは、本体一人。


「これでわかったでしょう」


 ユーサが低く言う。


「ギアドの武器が、どれだけの逸品か。訂正してもらえます?」

「……確か、ユーサのおかげで、ギアド・スターアストの商品は鰻登りに有名になったんだもんな」

「……よくそんなことも知ってますね」

「ははは。ユーサ君。情報屋を舐めるなよ。だから――」


 そのやり取りは、どこか昔の空気に似ていた。

 ヘディの部屋で交わした、あの距離感に。


 けれど今は違う。


 これは義兄と義弟の会話じゃない。

 命のやり取りの距離だった。


「追い詰めた気に……なるなよ!!」


 ヘディの身体が光り輝く。


 閃光。


 先ほどとは比べものにならない。

 至近距離で、威力そのものが違う輝き。


 路地が、一瞬で昼に塗り潰される。


「この光は、目を閉じても透過する! 防ぐことは不可能だ!!」


 空気ごとねじ曲げるほどの白。

 目を閉じても逃げ場のない光。


「終わりだ、ユーサ!!!」


 ヘディが踏み込む。


 ――その瞬間だった。


「な!?」


 ヘディの足が止まる。

 膝。腰。腕。


 何かに()()()、身動きが封じられていた。


「なんだこれは!!??」


 横から、気の抜けたような声が落ちる。


「ペイペイ!! お客さぁん、困りますねぇ。店の外で暴れすぎですよぉ~」

「そうだね。これは修繕費込みで、貴方に請求しますね」


 ペイシンとエヂヒカだった。


 ギアド特製の拘束秘術道具。

 店で暴れる客を二人が締め上げるための――実務用の道具。


 瀕死に近いほど体力を削られた相手を一時拘束する仕組みだった。


 ヘディの顔が歪む。


「なんでだ!? こいつらも……オレの閃光で無傷な訳が――」


 そこで、ユーサが淡々と言った。


「ディアの……()のおかげですよ」


「な……ディアの!?」

「そう。……()()


 ユーサは小瓶を見せる。

 エヂヒカとペイシンの手にも、同じものがあった。


 薬袋に入っていたのは、回復薬だけじゃない。


「ツェッペリンで、貴方と会う前に作ってもらっていたんです。いつ現れるかわからない、橙の悪魔人用の対策をね」


 瞳孔を調整するための目薬。

 暗闇と魔力、加護への防御の性質を含んだ――ディアの薬。


「僕には出来すぎた妻です。いつもディアには助けられてますよ」


 ユーサの脳内で、ふと、あの時の家族の会話がよぎる。


 ー「ママぁ〜。めがチカチカするよぉ〜。ゴシゴシ」ー

 ー「あぁもう。ゴシゴシしちゃだめよ、マリア。目薬で良くなるから待ってて」ー

 ー「……うん。おくすり、はいったよ。めが、なんだかきれいにみえるよ〜! すごいママ!!」ー

 ー「あ。そうだ。ディア、こういう薬は作れるかな? 時間がかかる?」ー

 ー「あなた。結構時間がかかるかも。薬とかの補充もしたいから、待ってて」ー


「『情報は武器にも防具にもなる』……って言ってましたよね?」


 ユーサの声は静かだった。


「なのに貴方は、“ディアの兄”って立場のくせに、ディアの力を見くびってた。だから負けたんですよ」


 一拍置いて、冷たく言う。


「……偽物のお兄さん」


 その瞬間。

 ヘディの瞳が、わずかに揺れた。


「そして自分で言ってたじゃないですか。エヂヒカに。『防いだのは術だけで。()()()()()()()()()みたいだな』って」


 視線は逸らさない。


「ペイシンだけがサングラスで閃光を“少し”防げた。……あれで確信した。貴方の光も、魔力だけじゃない。加護も混じってる」


 ヘディが舌打ちをする。

 自分で口を滑らせたと理解した顔だった。


「……だから、最初から閃光が来る前提で動けたのか。……壁を壊して砂塵を作ったのも、隊列を崩して並べ替えたのも――全部」


 押し殺した声で、ヘディが言う。


「……目薬を、いつ……」

「僕が戦う前。ヘディさんが、二人と戦っていた時に」


 その答えが、路地の温度を変えた。


 ー「死ねると……思うなよ!!!!」ー


 そう言いながら流した“()”。

 あれは怒りだけではない。悲しみだけでもない。


 ヘディは悟る。


「ははは……なるほど」


 拘束されたまま、ヘディが笑った。


「決め手は……ディアの目薬だったのか」


 その笑いは、今までで初めて“負け”を認める音だった。


「騙し合いは……オレの負けだったようだな。あの“()”まで、嘘だったのか」


 ユーサは、すぐに首を振った。


「……違いますよ」


 声が、少しだけ掠れる。


「本当に、嬉しかったんです。……ヘディさんとの時間が」


 拘束されたままのヘディが、目を見開く。


「だから……悲しかった」


 ユーサの頬を、また涙が伝っていた。

 目薬では隠せないほどの、()()()()


 それを見て、ヘディは理解した。


 自分は――()()()()()()()()()()のだと。


「ふっ……」


 ヘディが、小さく息を漏らす。


「ユーサ。……二人だけの戦いだから、手出し無用って言ったよな? 嘘つきめ」

「……何を言ってるんですか?」


 ユーサの目は、もう逸れなかった。


「最初に“嘘”をついたのは、()()()でしょ?」


 その瞬間、空気が変わる。


「ははは、そうだな……」


 ヘディの声が、ひどく静かだった。


「……嘘つきには、相応しい末路だ」


 まるで、その言葉を、昔から何度も()()()()()()()()()()()みたいな声だった。


「……その言葉も、態度も、本当に……“()”なんですか?」


 ユーサの問いに、ヘディは何も答えず、ただ目を閉じた。


 首を差し出すように。

 奥にある本心を、最後まで悟らせまいとするみたいに。


「……あぁ、()()()()


 小さく、言う。


「だから、お前の手で……終わらせろ」


 ユーサは一拍だけ黙った。


「……わかりました」


 パチン。パチン。パチン。パチン!


 その音とともに、召喚武器が現れる。


 短剣。

 得意武器のひとつ。

 睾丸の柄を持つ、ボロック・ダガー。


 別名、キドニー・ダガー。

 瀕死で苦しむ者に安楽死を与えるための、親切で残酷な短剣。


「……さよなら、ヘディさん」


 拘束されたヘディへ、短剣が振り下ろされる。


 嘘で塗り固めた家族ごっこを、完全に終わらせる――


「……ありがとう、ユーサ。()()()……家族を、大事にしてくれ」


 ――はずだった。


「ユーサさん?」


 エヂヒカが、かすかに声を上げる。


 短剣の刃が、ヘディの首元で止まっていた。





 何かが、受け止めている。


 黒い。

 粘ついた、禍々しい何か。


 そして。





「AッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッHッーーーーー!!!!!!!!!!!」






 狂気の叫びが、路地一帯へ木霊した。


「!? ユーサさん、離れて!!!」

「え?」


 次の瞬間、ヘディに取りついた黒い魔力が暴風のように噴き上がる。


 ユーサ達は吹き飛ばされた。


 それだけではない。

 路地裏を囲うように、黒い結界が覆い隠していく。


「!? こ、この魔力は!?」

「まさか、これは!」


 ユーサには覚えがあった。


 悪魔ザドキエルと戦った時。

 自分がデイ神社で目覚めた時。


 【黒魔法:明けない魔夜中(ブラック・アウト)


 あの時と同じ感覚だった。


 ヘディの橙のオーラに、黒い渦がまとわりつく。

 口が開く。


 だが、それはもうヘディの声じゃない。

 もっと奥にいる、別の何かの声だった。


「ヘディ……何を()()()している」


 黒い魔力が、愉快そうにざわめく。


()()()()を、まだ使っていないじゃないか」


 ユーサの背筋が凍る。


 橙の悪魔人の本体。

 その奥で笑う、悪魔の声。


「今こそ、ここで使え――、()()()()()()()()()()()()


 黒と橙が渦を巻く。

 空気が焼ける。

 結界の内側だけ、世界の終わりみたいな熱が満ちていく。


「【神の奇跡(エル・ラーク)全てを焼き尽くす(イッツ・)イカれた太陽(ジ・エンド)】を、唱えろ!!」




『作者コメント』

やっと、ずっと出したかった。

この第二章での話の核となり、能力も核となる術を出すことになります。

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