客観的に見てみましょう
オゥル視点です
ひとによっては蛇足かと…
幼少期~ロビンのお迎えまで
少しですが痛そうな描写が…前話にもあったのに注意忘れていましたね
注意書き追加して来ます
もし読んじゃって痛かった!と言う方がいらっしゃった申し訳ありませんm(_ _)m
痛そうな描写がありますので
苦手な方はご注意下さい
目の前の人間の血の紅さを、おれたちはどうして忘れてしまうんだろう。
頬に触れたその子の手は、おれと変わらず温かかった。
長の養い子、そう言って面通しさせられたのは、同じ人間とは思えないくらいに愛らしい子どもだった。
夜空を紡いだみたいな、どこか青みがかった黒髪。深い水底のような、紺碧の瞳。蝋を固めたみたいな肌はどこまでも白く澄んでいて、触れれば溶けて消えてしまいそうだった。
精霊の落とし児。影で語られるその噂が真実味を帯びるほど、人間離れした容姿。
守るべきもの。ろくに言葉も理解しないような歳ながら、無条件にそう判断していた。
その、扱いが、彼女を壊すだなんて、気付いていなかったんだ。
おれたちは、長の娘を、それはそれは大切に扱った。
生きるために必要な最低限の労働ですらなかば以上奪い取り、傷ひとつ付けないように、大事に大事に、守っていた。
まるで、そう、迂闊に触れれば壊れてしまう硝子細工の人形でも扱うみたいに。
傷さえ付けなければ問題ないと、いや、傷ひとつ付ければ彼女は壊れてしまうのだと、信じ込んでいたんだ。
彼女はそんなおれたちに文句も言わず、ただ黙って従っていた。だから、いや、言い訳はやめよう。
愚かにも、おれたちは忘れていたんだ。
目の前にいるのが、血の通った、ひとりの、幼い女の子だってことを。
風見の民の子どもは、自身の適性に合った能力を重点的に伸ばして行く。
おれが適性を持っていたのは探索系と潜入系の能力…言わば、隠密向きの能力だった。
おれは疑いもなく適性に合った能力を伸ばして行き、だから彼女がいなくなったとき、おれも捜索担当に振り分けられたのは、当然の流れだった。
少なくとも彼女よりは外を知っていたおれは、心配で仕方なかった。
美しく、か弱い彼女が、なにか恐ろしい目に遭ってはいないか、恐ろしいひとに捕まってはいないかと。
…まあ、本人は気楽なもんだったけどな。
必死で捜し回ったおれは偶然にも、いちばんに彼女を見つけた。
そこで、たぶん初めてまともに言葉を交わした彼女は、想像したよりも普通で気さくで、けど、どうしようもなく壊れていた。
幼心に自分たちの失敗に気付いて、ぞっとする。
大切で守りたいと思う存在を、自分の手で、壊していた。
「ロビン・コック」
彼女の手を掴むのも、名前を呼ぶのも、初めてのこと。
こんなザマで、どの面下げて、守る、だよ。
無垢で、素直で、なにも知らないまま生きて来た子。
「帰るぞ」
「わかった」
ロビンを連れてだと、時間が掛かるな。最悪、おぶってでも…。
そんなことを考えていたのに。
「え?」
詠唱が耳に入り、ぎょっとする。
「ちょ、ああっ?」
一瞬の浮遊感ののち、景色が変わる。
見慣れぬ土地から、見慣れた土地へ。
「瞬間、移動…」
風の中位術式だ。便利な能力だが消費する魔力がそれなりに掛かるため、同年代で使える人間はいなかった。
っだって言うのに目の前のロビンは、それがどうかしたかとでも言いたそうにけろっとしている。
ああ、守りたい、なんて、どれだけおこがましかったのか。
その気持ちは、その後さらに高められる。
長に殴られた頬に触れる、温かい手。
腫れた頬に触られたら痛いだろうところなのに、逆に消えていく傷み。
治癒魔法。無詠唱の。
「ごめんね」
謝るのは、こっちだと、思った。
ちゃんと痛みを感じる、意思もある、ひとりの人間だったのに。
「えへへ」
精霊に向けて頬笑む顔はどこまでも無垢で、精霊への信頼に溢れていて、魂を奪われるくらいに愛らしかった。
『この子は人の子だし、大丈夫な内はそっちに任せとくけど、もしも扱いがあんまりなら、貰っちゃうからね?』
我が子のようにロビンを自慢し、愛おしむ精霊に言われて、反論は思い付かない。
ロビンがまだ笑えるのは、間違いなく精霊のお陰だ。
でも。
奪われたくなんか、ない。
そう、強く思った。
血の通った、温かい手を握る。
もう絶対に、間違えたりしない。今度こそ、ちゃんと、守る。
心の中で誓ったおれをきょとんと見返した後で、ロビンは小さく、微笑んだ。
その後はなにかと、ロビンの側で生活していた。それでもひょいと、精霊にさらわれてしまうことはあったけれど、精霊たちはきちんとロビンを“家”に帰してくれた。
なかば精霊に育てられたようなものだからだろうか。ロビンは変わってこそいるがとても無垢で、真っ直ぐだった。
同年代の女の子が少ないなか親しく接する子がいれば、惹かれて行くのは自然な流れで、まして相手が見た目も中身も可愛ければ、そんなの恋に落ちないはずがなかった。
でも、それは周りも同じで。
そして、一方的な思いだった。
表面上は、仲良くしてくれる。
けれどどうしても、ロビンとおれたちのあいだには溝があった。
ロビンが周囲を、蚊帳の外から眺めているような状態は、変えられなかった。
自業自得。そう言ってしまえば、それまでの。
負い目からか、周囲への遠慮か、だから誰ひとりとしてロビンにそう言う話を持って行くやつはいなかった。
いや、違うな。
いたんだ。ロビンにそう言う話を持って行こうとしたやつが。
でも、明らかに避けられて、怯えられて。
そのさまを見て、みんな怖くなったんだ。
“友だち”や“仲間“でいさえすれば、そばにいられる。笑顔を向けて貰えて、親しくもして貰える。
けれど、一度関係を切ってしまえば、そこまで。
だから、関係を壊す勇気を持てなくなった。
…ついでに言うと、親馬鹿な長の守りも堅かった。鉄壁だった。
そうして、親しくも一線は越えられないまま時が過ぎ、それが、届けられた。
ロビンへの、召集令状。
寝耳に水であったろうそれをロビンは反論のひとつもなく受け入れ、別れがたさなど感じさせない態度で集落を出て行く準備をし始めた。
慌てたのは、むしろ周りだ。
大事に、大事に大事に大事に育てた、風見の民の宝。それが戦場なんて危険な場所に、連れ去られようとしている。しかも、風見の民の掟で、風見の民が別の風見の民の表の顔に近付くことは、許されない。どんな危険な目に遭おうと、守ることすら、出来なくなるのだ。
ましてロビンのあの態度。
もしやもう戻る来などないのでは?とすら感じさせた。
危惧しつつも打つ手を思い付けないおれたちの中で、唯一動いたのがアロウだった。
「ロビンと、婚約する!?」
「はぁ!?どうやって?」
ロビンと婚約したいから手伝って欲しいとアロウから言われたとき、おれとリネットはとんきょうな声を上げて目を見開いた。
困惑するおれたちを後目に片目をすがめて頬を掻いたルークが、アロウを見下ろして問う。
「手伝うって、具体的には?」
「四人と、ロビンで結婚することにするんだよ」
「長の許可は」
「取ってある」
「「ええっ!?」」
すでに難所をひとつ突破していることを示すひとことに、おれとリネットは唖然とする。あの親馬鹿を、いったいどうやって納得させたんだ…。
「絶対に風見の民から離れないことを誓う代わりに、ロビンとの婚約を許して欲しいと頼んだんだよ」
「…なるほどな」
「そう言う、こと」
ルークとリネットが納得したように頷くが、おれは意味がわからない。
「どう言うことだよ?」
「ロビンは約束を破らないってことだよ」
「は?」
リネットがヒントをくれるが、ますますわからなくなるだけだった。
ロビンは約束を破らない?それは、そうだけど。だからなんだって言うんだ?
ロビンが約束を破らないのは、周知のことだ。精霊が一度した約束を破ることはなく、そんな精霊に育てられたロビンも、きちんと結んだ約束は守って当たり前と思っている。
でも、約束を破らないことと婚約に、なんの関係が?
苦笑したルークが答えを言う。
「婚約も約束の一種だろう?婚約は将来結婚するって言う約束。結婚は、帰る場所を相手の隣にすることだから、その相手が風見の民なら、結果として、風見の民に必ず戻ると言う約束をしたことになる、ってわけだ」
「…ああ」
ルークの説明でようやく理解したおれに、もうひとつ、とアロウが指を立てる。
「間違いなくロビンはモテるから、奪われないようにあらかじめ囲っておく、って言う意味もある」
「ロビンがモテるって、なくねぇか?」
眉を寄せたおれに、アロウは首を振った。
「…幼い女の子が好きな男も、いるんだよ」
「…変態かよ」
今度こそ思いっきり、顔をしかめた。
ロビンは美人だ。性格だってちょっと変わったところに目をつむれば、優しくて素直な良い子だ。
そんなロビンがモテないと断言したのには、理由がある。
風見の民は、老いるのが遅い。
その傾向は身体の完成した成人後ほど顕著になるが、子どものうちでもないわけでなく、赤子はおよそ一年半かけて、幼児はおよそ二年かけて、少年はおよそ三年かけて普通の子どもの一年分成長する。
つまり現在二十歳のロビンは、風見の民以外から見れば十歳程度にしか見えない、と言うことになる。そして、周囲が十二歳から十八歳まで成長する間に、ロビンの外見は二歳ほどしか育たないのだ。
周囲がどんどん女らしく成長していくなか、いくら美人でも幼いままのロビンに惚れたりしないだろう、と、思ったんだけど…。
幼女好きの変態がいると言うなら、ロビンだって危ない。
「婚約する目的はわかった。んで、俺たちに声掛けた理由と、ロビンを頷かせる方法は?なにか、作戦があるんだろう?」
頷いたアロウが口にした作戦は、おれから見れば成功するとは思えないものだった。
「ロビン」
ロビンが出発する数日前。集落の端で夕焼けを眺めていたロビンに、声を掛けた。
「オゥル」
にこっと微笑んだロビンが、首を傾げる。
「どうしたの?」
綺麗、だな。
夕日以上にその笑顔が眩しくて、そして、その笑顔を見られなくなることが辛くて、目を細めた。
これからすることを思えば心臓が大暴れし、顔に熱がたまっていく。
アロウのやつ、なんでおれなんだよ。
緊張やら不安やら悲しさやらなにやらがごちゃ混ぜになって、口を開けば泣いてしまいそうだった。
震えそうになる身体をどうにか落ち着けて、気力で言葉を振り絞る。
「結婚しよう。ロビン」
ああ、言ってしまった。
吐き出してしまった取り返しのつかないひとことに、頭も心もぐるぐると渦巻いた。ロビンは唖然とした顔で口を動かしているが、その言葉も耳に入らない。
言ってしまったからにはやり通そうと、夢に見るほど繰り返し練習した言葉を放つ。
「ああ、結婚っつっても、すぐじゃねぇよ。とりあえず、婚約だな。おれと、アロウと、ルークとリネット。この四人の妻になるって、約束してくれ。…長の許可は、もう貰ってある。だから、頼むよ」
「え、いや、ちょ、は?」
アロウに話を持ち掛けられたときのおれよりも混乱した顔で、ロビンがこめかみに手を当てる。
「いきなり、なんでそんな、四人も、婚約?」
その表情に拒絶を感じ取って、胸を刺し貫かれた心地がした。
おいアロウ、ほんとうに、だいじょぶなんだよな?
不安しか感じられなくて、今にも目が潤みそうだ。恐い。こわい。
泣いてすがり付きたい気持ちを押し留めて、呟いた。
「…嫌か?」
見つめたロビンの瞳が揺れる。嫌だ、と、答えたら傷付けるとわかって、答えを帰せないのだろう。
この、優しい少女を、騙すのか。
それでも、たとえこの無垢な少女を騙してでも、おれはロビンが欲しかった。
信じる、からな?
アロウに仕込まれた通りを、演じる。
「そう、だよな。こんなこと、頼むのは…ロビンならわかってくれるなんて、虫が良過ぎる、よな」
ここで、事情を訊かれなかったら失敗だ。アロウはそう言った。そう言って、けれどロビンなら、と続けた。必ず、事情を聞こうとしてくれるだろうと。
「なにか事情があるなら、聞くよ?どうかしたの?」
アロウが予測した通りの展開に、思わずぱっと顔を上げてしまう。
あっ、違う。そうじゃなくて、えっと、えっと。
すぐに話すんじゃなくて、ためらって、深刻そうに見せる、だよな。
顔を下ろして、練習した言葉を出す。
「いや。冷静になってみたら、許される話じゃねぇな。あんまりにも、お前に失礼過ぎた」
首を振ったおれの顔を、ロビンが覗き込んで来た。
「大丈夫だよ。怒らないから、話すだけ話してみなよ」
「…でも」
「良いから」
あんまり優しくしないで欲しい。良心の呵責に圧し潰されそうになるから。
純粋に案じる目をしたロビンに、謝ってほんとうのことを話したくなる気持ちをぐっと圧し殺し、たどたどしくなりつつも説明する。
おれ、アロウ、ルーク、リネットの四人が、それぞれ惹かれ合っていること。
ずっと一緒にいたいけれど、このままだと、ドーヴの夫とサァムの夫として、引き離されてしまうこと。
それを避けるために、四人まとめてロビンの婚約者になれば良いと考えたこと。
大嘘だ。全部、アロウのでっち上げ。
だって、おれもアロウもルークもリネットも、愛しているのはロビンなんだから。
こんな話をされて受け入れるやつなんているのか?
作戦を聞いたときも思った疑念に囚われつつも、やりきるしかないと話し続けた。
「…ドーヴやサァムと違って、ロビンなら理解してくれるんじゃねぇかって。でも、よく考えたらそんなの、非道過ぎるよな。ロビンだって、年頃のおん、」
「良いよ」
「え?」
「そう言うことなら、良いよ。婚約者でも妻でも、なってあげるよ!」
本気で、言っているのか?
あっさり了承されて、騙されているのかと思った。これはアロウとロビンの仕掛けた策略で、騙されたおれを笑い者にしようとしてるんじゃないかと。
でも、とっさに探った周囲に、ひとの気配はなくて。
「え、でも、そんな…」
「オゥルたちは恩人だもん。それくらいなら安いものだよ。と言うか目の前でいちゃいちゃして貰える位置なんて、むしろ役得…、あ、いやいや、なんでもない」
ぶんぶん、と首を振ってから、ロビンがにっこりと笑う。
表情にも、言葉にも、嘘は見えなかった。
「とにかく、そう言う話なら喜んで受けるから。逆に、オゥルたちはわたしで良いの?」
「おれもほかの三人も、ロビンなら理解してくれそうだからって」
どうにかそう返したが、信じられない。これで釣れるはず、と言うのが、アロウの作戦だったんだけど、
「まさか、ほんとにこれで釣れるのかよ…」
無意識に呟いてしまって、慌てて口許を押さえる。ロビンは、聞き逃してくれたようだ。
少し考えたあとで、問うて来る。
「掟だから、最低ひとりは子どもを授からないとだけど、それは平気?」
むしろ大歓迎なんだけど。
ここで嘘がばれたら台無しと、平静を装った。
「あ、ああ。おれらは平気、だけど。本当に良いのか?ロビン」
「ん?わたしは平気だよ?そうと決まれば、ちゃんと五人で話し合って、じいさまに伝えないとね!」
「お、おう…」
内心、本当にこんな流れで、トントン拍子に進んで良いのか?と思いながらも、頷く。
アロウの策略、恐ぇ…。
一度決めてしまえばロビンの行動は早く、たちまちにおれたちの婚約は締結された。同年代の男どもには嫉妬されまくりだったが、ほかからは大歓迎される。みんな、ロビンが帰って来ないことを、心配していたから。
そうして、ロビンは旅立った。
たとえ婚約しようと、表に向かった風見の民との接触は許されない。手紙の一通でも、だ。
会えない苛立ちや寂しさで荒れたりもしながら、おれたちはロビンの帰りを待ち続けた。本人には気づかれないようにだが、こっそりようすを覗きに行ったりもしていた。
…アロウの予想通りモテまくっていたロビンに、周囲の男への殺気を抑えるのが大変だったが。
じりじりしながら四年を待ち、軍学校を卒業したロビンが新兵卒として出陣した戦場。
危険はないと知りつつもみな心配でなにも手に付かなくなっていた。そんななか、届いたのは、最悪の報せ。
ロビンが敵兵を助けたために国家反逆者として捕まり、投獄された、と言う報せだった。
「助けに、」
「駄目だ」
報せを受けて駆け付けたおれたちに、長は取り付く島もなくそう言った挙げ句告げた。
「ロビンからここのことが漏れるかもしれん。集落を、移すぞ」
「そんな、」
「それが掟だ!」
「だからって!」
「オゥル」
おれを留めたのは、アロウだった。
アロウが視線で示したところを見て、言葉を失う。長の手は固く握り締められ、そこからはぽたぽたと真っ赤な液体が滴っていた。はっとして見やれば、唇も紅く濡れている。
気持ちは、一緒。いや、ロビンは彼の娘なのだ、おれたち以上に、助けたい気持ちが強いだろう。それでも、救えないのだ。それが風見の民の掟で、彼が風見の民の長だから。
「ロビンは、死なない。精神さえ無事ならば、たとえ身体が失われても、死ぬことはない。ゆえに洗脳を受けるくらいなら死ねと、そう教えてある。ロビンはいま、風見の民を救うために、洗脳に抗っているはずだ。その気持ちを、無駄には出来ん」
血を吐くような表情で長に言われ、もう反論は出来なかった。
「集落を移る準備をしろ。捕まるわけには、行かん」
全員が暗い顔で、圧し黙って移住の旅を始めた。
精霊の落とし児がいないならば、そう言って旅の途中、何人もの仲間が一行から離れて行った。
風見の民は旅の民。本来ならば大勢が集まって定住するような集団ではない。ロビンがいたから、こんなに集まっていたのだ。
なにかわかれば連絡する。それだけ伝えて、長は去るひとびとを送り出した。
やがて辿り着いたのは、深い森の奥。
それが起きたのは、ここを新たな生活の場と決め、ひと息吐こうと腰を落ち着けたときだった。
長が首に掛けていた真っ赤な石が、強い新緑色の光を放った。
目を剥いた長が、石に触れる。どこか焦って押し殺された、しかし元気そうな声が、石から流れ出る。
「じいさま助けて!魔王に捕まった!!」
「くたばれ馬鹿者」
ひと言吐き捨てて、長が魔法をぶった切る。声だけ聞けば無慈悲なのだが、その表情は驚きと希望に満ちていた。
「いま、ロビンだったか?」
「あんな強い新緑色はロビンしかないでしょう」
答えるリネットが少し悔しそうなのは、ロビンが選んだのが自分ではなく長だったからだろうか。
「と言うか、切っちゃってどうするんですか長」
「いや、驚いてな…」
ルークに指摘されて目を泳がせた長が、頬を掻く。
長もひとの親なのだろう。驚きのあまり、変な動きをしてしまったのだ。
こちらから繋ごうかと話しかけたとき、もう一度長の石が光った。繋がった瞬間、切羽詰まった声が溢れ出す。
「このままじゃ、魔王さまに手厚く保護されて、魔族さんに愛でられちゃうかもしれないんだってば!!」
「愛でられる…?」
呟いたアロウから、凄まじい冷気が発せられた。
一瞬そんなアロウを見た長が、石に向けて言う。
「…重畳だな。達者で暮らせ」
そう言ってまた魔法を切って、アロウに言う。
「ロビンはどうやら、冷たく当たられても俺に頼るようだな」
ちょ、なんでアロウを煽ってるんですか長!?
た、頼むロビン、長じゃなくアロウに連絡を…!
おれの願いも虚しく、みたび長の石が光る。
「愛なんて要らないんだよ!!」
怒鳴るような声のあとに、ロビンのものではない誰何が響く。
男のものらしい、美声だ。
「っ、そこに居るのか?」
「ひっ」
どう考えても怯えた反応と共に、石から発せられる光が揺らぐ。恐らく、瞬間移動でも発動させたのだろう。
「無理。死ぬ。助けて!!」
もはや泣きかけの声で助けを求められて、重く深いため息を吐いた長の顔は明らかに笑み崩れていた。
「………ひとり送る」
「ありがとうじいさま大好き!!帰ったら肩もみするから!!」
「どこで育て方を間違ったか…」
ぼやくように言っているが、どう見ても嬉しそうだ。…だからそこでアロウに勝ち誇って見せんのはやめて下さいって。
「落ち着けって、アロウ」
氷点下の気配を発するアロウの肩を抱いて、ルークが苦笑する。
「それで、誰を送るんですか?」
ルークの言葉で、周囲を見渡した。暗かった一行が、すっかり明るさを取り戻している。
誰かが申し出る前にと、前に出た。
「おれが行きます。能力的にも、婚約者って立場的にも、おれが適任でしょう?状況もよくわからないし、隠密が出来る人間が行った方が良いはずです」
「でも、」
「アロウは一日頭冷やして。その状態で行ったら、ロビンに逃げられるぞ?」
みんな行きたいのはわかってるから、頑張ってもっともな理由をこしらえた。
隠密向きな自分の能力に、感謝だ。
一番の強敵であるアロウたちを丸め込むために、頭を働かせる。
「とにかくおれが行って、ちゃんと情報を得て来るよ。おれだけで大丈夫だったらそれで良いし、駄目そうならみんなを呼ぶ。交渉ならアロウが良いし、手錠でもはめられてんならルークが要る。魔法合戦になるなら、リネットが役立つ」
「オゥル」
「ああ。おれらだけで足りねぇなら、ドーヴにも頼むよ」
これでどうだと見回せば、反論は出なかった。
アロウが、言う。
「…一日で戻らなかったら行くから」
「ああ。そのあいだにちょっと、頭冷やせ」
交渉を成立させて、長を見た。
本当はきっと、自ら出向きたいだろう。
長は深々と、おれに頭を下げた。
「ロビンを、頼む、オゥル」
「任せて下さい」
おれはしっかりと頷いて、必ずロビンを助けると誓った。
向けたその背に、絶対に追い付くから。だから、待ってろよ、ロビン。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
以上で完結となります
続きを書く予定は
今のところありません