誕生会~華やかな不穏~
扉を隔てた大広間は、既に楽団による素敵な演奏が始まっていた。
それに混じって人々のガヤガヤとした話し声。
私は数えきれないほどの瞬きを繰返し、バクバクと苦しくなるほど打ち付ける鼓動に耐えていた。
「サクラ、あんた大丈夫?」
私の顔色に振り返ったオルタナはギョッとした。
「う、うん。平気」
コクンコクンと小さく何度も頭を振り答えるも、そのぎこちなさに更にオルタナはため息を吐いた。
「いや、どこが平気なのよ?カッチンコッチンじゃない」
「だって!」
緊張で泣き出しそうになりながら、私はオルタナを見上げた。
「緊張するんだもん!こんな華やかなパーティーなんて来たことないし」
「あんたが参加したいって言ったんじゃないの」
「でも、だって…いざここに立つとなんか…私やっぱり場違いなのかなって」
「龍の巫女様が場違いなわけないでしょうが」
「けど、私なんかが龍の巫女だなんてわかったら、皆……ガッカリしないかな?」
「しないしない。ってかあんたの噂なんてここに招待されてる連中にはとっくに届いてるから平気よ」
「だけど、だからこそだよ。ここに来てる人は皆身分の高い人なんだし、私みたいな一般人……話し合うわけ」
「あんた……国で一番偉いルイス様と普通に話してるじゃないの」
「ルイスは私に合わせてくれるから。けど、そんな人ばっかりじゃないもん」
「………他には?」
「えっ?」
最終的に俯き気味になった私の頭上で、オルタナは優しくそう問いかけてきた。
「あとは何が不安?」
「何がって」
「あんたの不安を今ここで全部吐き出しちゃいなさいよ。全部あたしが速攻で解決してあげるから」
「………オルタナ」
「それにっ」
グッとオルタナがクラウドの腕をひく。
「んぉ!」
何やら扉の近くの兵士と話していたクラウドは、バランスを崩しながら私の方へと押し出される。
「こいつがあんたにはべったりくっついてんだから。困ったことがあったら、こいつを楯にしときなさい」
「は?なんの話だ?」
すぐ隣に突然登場させられたクラウドは訳がわからない顔をしている。
その横顔を盗み見ながら、私は自然とオルタナに頷きを返していた。
彼が側にいてくれるなら。
私の視線に気付いたのか、怪訝そうにこちらを見ながら彼は首をかしげた。
「なんだよ?」
「っ、なんでもないっ」
「ちょっ!あんた」
グワッと勢いよく首を元の位置に戻すと、オルタナが焦ったように声を上げた。
「さっきもそうだけど、今日の髪型崩れやすいのよ?それに、着てるのもいつもと違うんだからもう少し慎重に動きなさい!」
「あっ、ごめんなさい」
さっきクラウドに頭を触られただけで、その後オルタナに手直しされたのをすっかり忘れてしまっていた。
慎重に、おしとやかに。
そう頭の中で繰り返す。
「お前が緊張する必要ねぇだろ」
私達の会話を知ってか知らずか、クラウドはめんどくさそうに口を開いた。
「主役は陛下だ。皆興味本意でお前のこと見てくるだろうけど、そんなもん一々相手する必要なんてねぇよ。」
「………うん。わかった」
わかってる。今日の主役はルイス。私はそれをお祝いにいくだけ。例え好奇の目を向けられても、ルイスの為に来てるって自信をもっていればいい。
「あたし達もついてんだから。平気よ」
パチッとオルタナは片目を瞑ると、私の顔にようやく余裕がうまれた。
「うん。ありがとう二人とも」
「よしっ、じゃあ行くぞ」
キリッと表情を険しくし、クラウドが大広間の扉を開けさせた。
耳から、目から、肌から、いやもう五感全てから、その華やかな空気が一気になだれ込んできた。
「…………素敵」
そう呟く私の声さえも、その場の空気にのってまるで踊っていくようだった。
初めて足を踏み入れる、王宮の大広間。
そこは今までのどの部屋よりも広く、明るく、そして優美だった。
壁一面に装飾品が飾られ、吹き抜けになっている頭上高くには見たこともないほど大きく輝くシャンデリア。
キラキラと部屋中に光の粒が撒かれているように、ガラス細工が吊るされ、大きな窓からは月の光を浴びる見事な中庭が見える。
そして、その場にいる全ての人が笑顔を浮かべルイスのことを祝っていた。
「どう?緊張は解けた?」
キラキラ眩しいその光景に、オルタナは得意気に私を見てきた。
「うん!……あ~本当はまだ少しだけ。けど、すごく綺麗」
「そうね。今年は特に華やかな気がするわ」
フフっと笑うオルタナもこの場にとても似合っていた。
綺麗。全てが綺麗。
テーブルの上に置かれたグラスも、それを取り囲む人達も。
部屋の至るところに飾られた花も、それを揺らす楽団の演奏も。
この空間全てが、映画のワンシーンのように私の心を踊らせていく。
私はもう一度だけ、自分におかしなところがないかチェックをすると、ピンっと胸を張った。
私が気付かないところでその様子を優しく見ていたクラウドが視線を広間へ戻したとき、少しだけ焦ったように口を開いた。
「もう陛下へのご挨拶始まっちまってるな」
「あらやだ、本当」
「ご挨拶?」
私も二人が見つめる先を追ってみる。
それは広間の中央、玉座へと続く階段に作られた長い長い列に向けられていた。
「あっ、ルイスにお祝いの言葉をしに行ってるってこと?」
遠くて見えないが、おそらくあの玉座に今日の主役ルイスが鎮座しているのだろう。
そこへ来場者は挨拶へいき、招かれたお礼と彼への祝いの言葉を述べるのだ。
「そっ、でもまぁあたし達はいいんじゃなくて?この前もう言っちゃったし」
「そういう問題じゃねぇだろ」
ヘラっとするオルタナにクラウドは堅物そうに眉をしかめた。
「本来俺らみたいな騎士はしなくてもいいが、こいつの場合そうもいかねぇだろうが」
クイッと私を顎で指すと、オルタナも私を見下ろした。
「ん~、そうかしら………そうかも~………」
「今回こいつも一応立派な招待客だ。それを招かれといて挨拶もなしってわけには」
「そうねぇ……じゃあサクッと並んじゃいましょ」
「えっ、挨拶ってどうするの?」
私を置き去りにして話が進んでいく。
「適当でいいんだよ」
「そっ、聞いてるのはルイス様とソウマ様くらいなもんだから」
「思った事を言え」
「思ったことって…」
ん~とその場で考えてみても、ありきたりな言葉しか浮かんでこない。
「ほら、行くぞ」
「あっ、うん」
急かされるように私は前を歩くクラウドとオルタナの背中を追いかけた。
考えても浮かんでこない言葉達は、とりあえずルイスを目の前にしたときに思った事を口にしよう。
それからドレスのお礼と、それから……あとは……。
頭の中でグルングルンとそんな事を考えながら人混みの中を歩く。
あとは、感想?
すごく素敵な場所にこれて嬉しいっていうもの伝えないとね!私が見てみたいって言ったのも今日開いてくれた一つの要因な訳だし。
それと……あとは………。
そこで私はハッと思い出した。
あの時、ルイスが言った言葉を。
『もう逃げるのはやめたよ。』
『私の側で、私のことを見ていてくれないか。』
あれって今日の事を言ってたんだよね。
でも一体、何を指していたんだろう。
逃げるって…一体?
私は顔を上げると、まだ見えてこない玉座へと視線を向けた。
ルイス、こんなにも皆があなたのお祝いに来ているのに、あなたは一体何から逃げていたっていうの?
今彼がどんな気持ちで、どんな表情でそこにいるのか。
私はこの場に似つかわしくない胸騒ぎを感じた。
「おいっ」
「えっ?」
突然クラウドが私の腕をギュッと掴んだ。
「ボーッとすんな」
どうやら考え込んで数秒そこに立ち止まってしまっていたようだ。
人混みに紛れる前に気付いたクラウドが、慌てて私を掴まえてくれた。
「ごめんなさいっ」
「ったく、ほら順番すっ飛ばしてさっさと挨拶させてやるから付いてこい」
「うん」
クラウドはそのまま私の腕を掴んで人混みを歩き出す。
掴まれた腕がやけに熱い気がして、私はそれを直視できず視線を周りに無理矢理向けた。
すると、さっきまで気が付かなかったものが見えてきた。
皆、私を見ている。
遠巻きに、ではあるがその場にいる沢山の視線が私に向けられていた。
けど、それは私が気にしていた『それ』とは違い、とても温かなものだった。
皆初めて見る『本物の女』というものに、興味の色はあるものの決してそれだけではなく、『見守る』という言葉がしっくりとくるような目をしていた。
時折、私と目があった人達は頭を下げてくれる。
それにつられて私もクラウドに引き摺られながらも慌てて頭を下げる。その光景を見て、その隣の人も私に頭を下げてくれる。
私はカクンカクンと頭を上下させながら、その場を後にした。
カツカツと私達は足早に階段を登った。
中央にそびえる階段にはまだ長い長い列が連なっている。私達はそれを横目に、玉座へと伸びる端の階段を登っていた。
「オルタナが先に行って話をつけてるはずだ」
私の前を歩くクラウドがこちらに振り向くことなくそう告げる。
「いいのかな?並んでる人たくさんいるのに」
チラッと順番を待つ人々を見る。
皆楽しそうに周りの人達と談笑しながら、時折その歩みを確認するように視線を上へと向けていた。
「平気だろ。」
依然として前だけを見据えたままクラウドはそう言う。
「だけど…」
私はもう一度視線を横へと向ける。
その視線をチラッと気にすると、クラウドは鼻で笑うような声で私を一瞥してきた。
「まっ、お前がどうしてもあの中で待っていたいってんなら引き返してやるぞ?」
「…………お言葉に甘えとく」
あの中。
一瞬だけならまだしも、長い間同じ集団に囲まれていては誰かに話しかけられるのは時間の問題のような気がする。
それを想像すると居たたまれない気持ちになりボソッとそう答えると、クラウドはおかしそうに笑った。
「だろうな。まっ甘えとけよ」
不本意ながらも私は彼のその言葉に頷くしかなかった。
それにしても………。
私は視線を下げ、今も尚繋がれたままの腕へと移した。
否、繋がれているなんて可愛らしいものではないか。掴まれたままのというのが正解だ。
グローブを着けてはいるが、私の手首をギュッと握ったままの彼の手を私はジッと見つめる。
なんとも思っていない、のかな?
この行為を彼はなんてことなくやっている。
一方の私は、彼の行動に一々赤面したり硬直したり、果ては慌てふためいて周りからおかしな目を向けられたりしている。
彼はそんな私とは反対に、何をしたって平気な顔。
私が意識しすぎているだけなんだろうな。
そう思うと途端に虚しさが込み上げてくる。
クラウドの考えてることなんて、分かるはずがない。
これまでだって何度それを悩んできたことか。
けど、それは普通に考えればごく当たり前のことだ。
彼は私じゃないし、私も彼じゃない。違う人間なんだから。
今この瞬間、目の前に姿は見えているのに、その内側に広がる彼の思いは掴まれた腕からは伝わってくるはずがない。
こんなにも近くで触れているのに、なんで私はこんなにも………
寂しいんだろう。
「ん?」
階段を登り終えようというとき、前を歩くクラウドが何かに気が付いたのか声を漏らした。
私も咄嗟に俯いていた顔をあげる。
「あっ、やっと来たわね」
そこに立っていたのは、何やら不機嫌そうな顔をしたオルタナだった。
「オルタナごめんなさい。私がボヤッとしてたせいで」
その不機嫌の原因なんて、また私のドジの他あるまいと先回りに謝るも、一瞬「なんのことよ?」というような顔をしただけで彼は片手で私の謝罪をパタパタと打ち落とした。
「あんたがボヤボヤしてるのはいつものことでしょ。それより、中ちょっとめんどくさいことになってるみたいなのよ」
げっそりとした顔をしながら、オルタナは派手な装飾のついた扉を指差した。
と、その時丁度タイミングよくその扉がゆっくりと開かれていく。
「失礼するよ」
扉を開けた使用人にそう告げながら出てきたのは、仕立てのとても良い服を身に纏った青年だった。
「ゲッ…」
その彼が優雅に己が髪をハラリとかきあげながら歩みだそうとすると、私の目の前にいた二人が同時にあからさまに嫌そうな声をあげる。
「ん?」
青年が私達に気が付く。
金髪の美しく長髪が、どことなくルイスに似ている。
彼と目が合ったように感じた瞬間、彼の瞳が大きく輝きを放った。
「あぁ、麗しの我が君!!」
叫ぶようにそう言うと、彼は両手を広げてこちらに駆け寄ってくる。
「えっ!?」
誰っ!?
反射的に体をクラウドの後ろへと退避させる。
そういう反射神経はどうやら体に馴染んできているようだ。
だが、どうやら彼のお目当ては私ではなかったようだ。
「寄るなぁ!!」
バコーッンと叩き付けるような音をあげながらそう声を上げたのは、城で一番の怪力…………そう、オルタナだった。
彼の声に、私はクラウドの後ろからおそるおそる顔を覗かせてみる。
目の前は、なんとも悲惨なことになっていた。
「ったたぁ。ひどいなぁ可愛い僕のお姫様」
後頭部を壁に打ち付けたのか、金髪の彼は片手で頭をさするとそれでもめげずに立ち上がった。
「誰があんたの姫よ。死ねっ」
シッシッと野良犬でも払うかのようにオルタナがそんな彼を払い除ける。
「君が僕のものになってくれるのならば、いつでもこの命君のために果てさせるよ」
「………いらないわよ、あんたの命なんて」
あのオルタナをげんなりさせるなんて、なんという強者。
私は唖然としながら彼らを見つめていた。
「…………あの、誰?」
私がようやくそうクラウドに尋ねることができたのは、オルタナがもう一発彼を殴り飛ばそうとした頃だった。
コソコソと隠れるように立つ私を見下ろしてから、クラウドはややめんどくさそうに口を開いてくれた。
「あちらはケルト公爵様だ。ここより北の地を納めていらっしゃる貴族様だよ」
「貴族…」
どこか嫌味のような言い方でクラウドがそう紹介すると、ケルト公爵はさも今その存在に気が付いたようにピクリっと眉をあげるとこちらへと振り返った。
「やけに棘のある言い方をするんだねぇ、クラウド」
「………別に」
プイッと向けられる視線から首を反らせると、クラウドは遠くを見つめた。
「君はいつ見ても不粋だね。見目麗しいオルタナとは大違いだ」
「…………お前なんかに気に入られてたまるかよ」
「ふんっ、本当は僕に認められたいくせに」
「………言ってろ」
「あぁ勿論っ、今後も君のために色々と助言させていただくよ」
今度はクラウドとなんだか険悪な雰囲気を醸し出し始めた。
このままではらちが明かないような気がして、私は勇気を出してクラウドの背後から小さく前へと踏み出した。
「あれ?君は」
ケルト公爵が私へと視線を向ける。
その視線を受けながら、私はオルタナに教えられた通りゆっくりとお辞儀をした。
「は、初めましてケルト公爵様。わ、私サクラと申します」
この世界の貴族への初めての自己紹介。
緊張のあまり完璧にどもってしまった。
「んん?まさか君が噂の」
ケルト公爵は顎に手を置きマジマジと私を見つめる。
が、その視線を遮るようにクラウドがすかさず私と彼の間に体を入れてきた。
「龍の巫女様だよ。そんなジロジロ見ないで頂きたい」
「なんだいクラウド?僕に失礼だろうが」
「あんたの方が失礼よ」
ポコッとケルト公爵の頭をこずくとオルタナは私の肩に手を置いた。
「サクラはあんまりあたし達以外には慣れてないのよ。サクラ、気使うことないわよ。こいつは貴族でもそんな気にする必要のない貴族だから」
「えっ…でも」
おずおずと顔をあげながら、私は控え目にケルト公爵を見上げた。
公爵、という爵位がどれくらいの地位なのか私には分からない。こんなことならもっと歴史の勉強をしておくべきだった。
けど、彼の出で立ちを見ればどれ程の権力があるのかは想像できる。ルイスまでとはいかないが、彼からも置かれている立場から滲み出るようなオーラを感じることができた。
「可愛い姫君、どうか怯えないでおくれ。」
ケルト公爵はにこやかに微笑むと、胸の前に手を置き綺麗なお辞儀をした。
「ご紹介にあがったように、僕の名はケルト。北の地を納めている公爵だよ。今日は旧友であるルイス陛下の誕生祝いと、僕の美しく愛すべきオルタナに会うためにここまでやってきたんだ。」
スルッと自然な手付きでケルト公爵は私の手をとると、流れるような仕草でその甲に口付けをした。
「っ!!」
「オルタナにはまだ少しだけ劣ってしまうが、こんなにも可愛らしい巫女様に会えたこと、心より嬉しく思うよ」
パチンッとウィンクをする彼の仕草に、私は目眩がしてきそうになった。
なんなんだ、ここにきてこんなキャラの強い人物は。
「離せっ」
「汚いっ」
クラウドとオルタナがほぼ同時にそう言うと、私の手をとっていたケルト公爵の手を叩き落とした。
「おや?オルタナ、妬きもちかい?可愛いね」
「………はぁ~もう、どっか行け」
そんな扱いを受けながらもニコニコと微笑むケルト公爵に、オルタナは頭を本気で抱えていた。
「あの、三人は随分と親しそうですね?」
親しそう、という表現はこの場合あっているのか不明だが、爵位のある貴族のケルト公爵を騎士団長ではあるが爵位のないクラウド達がこんなにも粗末に扱っているのがとても不思議だ。
その疑問に答えてくれたのはクラウドだった。
「公爵の家系は長年うちの家業のお得意様でな。ガキの頃からしょっちゅう一緒に遊び回ってたんだよ」
「幼馴染みってやつ?」
「まぁそういうもんだ。昔っから変わった奴で、爵位なんてどうでもいいって俺らとつるんでみたり、かと思ったら突然爵位を重んじて家に尽くしてみたり。まぁー訳のわかんねぇ奴なんだよ」
「心外だなぁ。僕が爵位を継ぐことを家族は勿論、民達も大いに喜んでくれたというのに」
不服そうな顔をしたケルト公爵だけど、その顔は昔から知る相手だからこそできるような表情だった。
「公爵という立場はあるけれど、今は一人の男として愛すべき人にその身を捧げることに生き甲斐を感じているんだよ」
キラキラと放たれた言葉は、オルタナに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
「…………ケルト公爵様は」
「巫女、ケルトとお呼びください」
またもやパチンッとウィンクを打ち鳴らされた。
気を取り直して
「ケルトさんは、オルタナのことがお好きなんですね?」
こう超特急に聞いてもいいのもかとも思ったが、本人がもう全身でそれを表現しているのだ、こちらもそれに従う方がいいだろう。
「好きというか、もう愛そのものだね!」
満面の笑みを私に向けるケルトさんに、オルタナは「オエッ」と声を漏らす。
本当に珍しい物を見られた。
「それはそうと」
嗚咽を飲み込みながら、オルタナはケルトさんに向かい合う。
「あんた今陛下へのご挨拶が済んだのよね?中、どうなってた?」
「ん?中の様子かい?」
幾分声のトーンを抑えながらオルタナがそう問うと、ケルトさんはまた顎に手を置いた。
「まぁ、大体君達の想像している通りだと思うよ。ただ違うのは、あまりお祝いムードは感じられないというところかな。」
「………じゃあ、やっぱり」
オルタナの口調が固くなった。
その意図を汲み取ったように、ケルトさんはコクンと頷いた。
「残念だけど、中にはご老人達もおいでだ」
ご老人達。
その言葉にオルタナもクラウドも表情を固くした。
かくいう私も、ルイスとソウマ以外に誰か……少なくとも複数人、この中で挨拶をする者達の対応に当たっているという事実に困惑した。
固い表情の私達に、ケルトさんは続ける。
「本日は珍しくお三方揃っての参加のようだよ。僕への対応はなんらいつもと変わりはなかったけれど、あの方々がいらっしゃるってことは、君達二人は陛下への謁見は出来ないってことではないかな?」
オルタナが渋い顔をして奥歯を噛んだように見えた。
「……オルタナ?」
その表情に私が彼を見上げると、取り繕うように彼は笑って見せた。
「なによ?」
「えっ……ううん。」
「あらそう?に、しても困ったわねぇ。」
普段通りを通そうとするオルタナに、私もそれ以上今のことについて何言わなかった。
「あの、何が困ったの?」
話について行けない私は、三人を見回す。
オルタナが困ったようにこめかみを掻いた。
「それがねぇ、どうやらここに来るのが遅くなっちゃって、鉢合わせたくない連中と鉢合わせちゃったみたいなのよ」
「誰のこと?」
「前王の腹心達だ」
表情を変えることなくクラウドはそう言った。
「王の腹心?」
「あぁ。ルイス陛下でいうところのソウマのような存在だ。今は一線を退いておられるが、前王の残された功績から腹心を努めていた方々は今でも上位の地位を得られている。」
「その人達が、今ルイスと一緒に?」
「そうなるね。」
ケルトさんが頷いた。
「彼等は少し偏った考えの持ち主でね。貴族主義、というか縦の関係をとても重んじているのだよ。それでいて前王であるリカルゴ様のことを崇拝なさっていてね。今でもことあるごとにルイス陛下に」
「ケルトっ!!」
ケルトさんの言葉にクラウドは声を荒げた。
その声に私までもビクッと肩を揺らしてしまう。
「っと、すまないね。」
それを向けられた本人であるケルトさんは、言おうとした言葉を手で押さえるように唇に手を当てると、ヒュッと肩をすくませた。
「とにかく、彼等は少しばかり偏屈だ。貴族出身ではないオルタナやクラウド、果てはソウマのこともあまり良くは思っていないようなんだ。だから、ここから先この二人は入ることが許されない。あの方々がいる限りはね」
「そうなの?」
ケルトさんの言葉に、私は不安気にクラウドを見上げる。
けれど、そんな私の方に目を向けることなく彼は表情を変えることなくケルトさんを見据えていた。
「いや、俺はこいつに着いている」
「クラウドッ」
「しかしっ」
二人が慌てた様子で彼の言葉を打ち消そうとするも、クラウドは頑なに首を振った。
「俺は今こいつの護衛兵だ。どんな時でもこいつから離れたりはしない。」
ドキッと彼の言葉に私の心が反応する。
「……嫌味の矛先を自分に向けようとしているのかい?」
ケルトさんの目付きが鋭くなったような気がした。
それを正面から受けながら、クラウドはその言葉を鼻で笑って見せる。
「嫌味なんかお前やオルタナから散々言われてんだ。今更なんてこねぇよ。それに」
ポンッと彼は私の肩に手を置くと、私を見下ろした。
「陛下へご挨拶するだけだ。そんなに周りばかり気にしてたら失礼だろうが」
私を見下ろす彼の瞳が、大丈夫だと伝えてくれる。
ひどく優しくて、とても頼もしい瞳。
「………君はいつもそうだね。」
ポツリとケルトさんが呟く。
が、すぐに呆れ顔をしながらクラウドの肩をポンッと叩いた。
「もう少し、自分を大切にすべきだよクラウド。そうやって他人ばかりに気をとられているとハゲてしまうよ」
「ハゲッ」
プッとオルタナが吹き出すと、ベシッとクラウドは荒々しくケルトさんの手を払い除けた。
「っせえ。そしたらお前のその長ったらしい髪引きちぎってヅラにでもしてやるよ」
「ぷっ…」
思わぬ返しに、今度は私が吹き出す。
さっきまでの空気が一気に壊れた。
「ははっ、僕の美しい髪は君の鋭すぎる顔には似合わないよ」
払われた手をヒラヒラさせながら、ケルトさんはオルタナの腰に空いている手を差し込んだ。
「では、巫女様がご挨拶をなさっている間僕は愛しいオルタナのエスコートをさせていただくとするよ」
「ちょっ!あんた!」
その手を引き離そうとするオルタナなんて全く気にすることなく、ケルトさんは私に向かって片目をつぶった。
「可愛らしい巫女様。今宵は楽しい一時を互いに過ごしましょう」
「あっ、はいっ!」
彼のキザな仕草とその物言いに焦りながらも、私は彼にようやく笑顔を向けた。
「サクラ、悪いわね…」
ケルトさんに抱き寄せられながら、オルタナはひどく落ち込んだ顔で私を見てくる。私は静かに首を振った。
「平気。ルイスに挨拶するだけだもん。オルタナはケルトさんのお相手をしてあげて」
「………サクラ」
「フフッ、巫女様の許可もおりたことだ。せっかくのパーティー、二人で盛り上がろうではないか」
「嫌だっての!」
「恥じらっているのかい?その表情も素敵だよ。では、巫女様ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
言い慣れないその挨拶を口にしながら、私は彼に頭を下げた。
オルタナに散々こずかれ、罵倒されながらも笑顔で彼を受け止めるケルトさんの後ろ姿を見送った。
「………なんか、すごい人だね」
独りでに彼の感想がこぼれた。
「メンタルが、強すぎ」
オルタナとクラウドにあれだけの扱いを受けていながら笑ってそれを受け止める。懐が深いというべきか、変な人だというべきか。
「まぁな。」
クラウドはそれだけ言うと、すぐさま身を翻した。
「扉を開けさせるぞ。」
「えっ、うん」
それ以上はここで話すつもりはないと言うように、クラウドは扉の開閉をする使用人達へ目配せをした。
ゆっくりと大きな扉が口を開けていく。
「いいか」
扉の隙間から中の明かりが見え始めた時、私にだけ聞こえる声でクラウドが口を開いた。
「お前は何を言われても気にするな。そばに俺がいること、忘れんじゃねぇぞ」
兵士の顔をしたクラウドは、もう私の方を見なかった。
変わりにその力強い言葉を私に向けてくれる。
そんな彼を見上げながら、私は自分に言い聞かすように強く頷いた。
「うん。わかった」
扉が開ききると、私達は丁寧に深く頭を下げる。
「失礼致します」
そう言うと、クラウドはゆっくりと頭をあげた。
それを隣で感じ、私も続いてゆっくりと頭をあげる。
「やぁ、サクラ。待っていたよ」
顔をあげた私達の前には、普段の何倍ものオーラを身に纏ったルイスが玉座に腰を下ろしていた。
初めて、彼を見た時と同じ衝撃が私を包んでいく。
「………あっ」
ボサッとルイスに見とれてしまっていた私は、一瞬遅れて現実に引き戻された。
「本日はこのような素敵な場に招待して頂き、誠にありがとうございます。陛下のお誕生日を共に祝えること、心より嬉しく思います」
固い口調で、矢継ぎ早にそう言うと私は再度オルタナから指導された通りにお辞儀をする。
「フフッ、サクラそう畏まらないでおくれ」
頭の上からルイスの朗らかな笑い声が聞こえてきた。
それにつられて顔をあげる。
「普段通りでかまわないよ。むしろ、私はその方が嬉しい」
彼の言葉に、私の視界はゆっくりと広がっていった。
玉座に腰を下ろすルイスは、初めて見る格好をしていた。
純白の木地に金の糸で繊細な刺繍を施された服を着て、肩からは真紅のマントをまとっている。
そして、まるでそれはルイスの為にこの世に存在するかのような美しい王冠を、彼の黄金の髪の上に掲げていた。
「………綺麗」
ハッと私は自分の口を手で覆った。
最近心の声がすぐに言葉になって外へと飛び出してしまう。
私の言葉が届いてしまったのか、ルイスはまた優しく微笑んだ。
「ありがとう。サクラもとても綺麗だよ」
さらりとそんなことを言うルイスに、私の頬は途端に色を染めた。
「殿下、こちらが?」
次第に広がっていく視界の隅から声が聞こえた。
張りがなく、けれど心なしか威圧的な声色の方へ。
ルイスの表情が少しだけ引き締まった。
「はい。彼女がラーテルの書にあった龍の巫女。サクラです。」
玉座から一歩下がった所、ルイスの影にひっそりとその身を隠すようにこちらを眺めながら立っている、三つの影。
その影達がゆらりとその姿を現した。
「ほぉ。これはまた」
「…………」
「なるほど」
私は注がれる視線に慌てて頭を下げた。
彼等が、さっきケルトさんが言っていた『ご老人達』、前王様の腹心の人達だ。
「は、初めまして。サクラと申します。」
挨拶を口にしながら、私の心臓はバクバクと鳴っていた。
顔をあげなくてもわかる。
私は今、六つの瞳で品定めをされている。
威圧感のあるその瞳が、私を舐め回すように隅々までも眺めている。
「………お初にお目にかかります。巫女」
どうにも頭をあげられずにいると、ガラガラとしわがれてしまった声が私に向けられた。
「お目にかかれて光栄です」
「生きているうちに巫女様に会えるとはな」
続けて他の二人の声が聞こえ、私は顔をあげた。
彼等は一様に笑顔を私に向けていた。
「お会いできる日を心待ちにしておりましたよ、巫女様」
一番背の低い、嗄れた声の老人が微笑みかけてくる。
「えっ、あっはい。私もお会いできて、光栄です」
不意をつかれたようなその言葉と表情に、私は固い笑顔で返してしまった。
「このような素敵な方なら、もっと早くにご紹介頂きたかったですぞ」
はははっと豪快に笑うのは、熊のように大きな男。
「予言通り、とても可憐な出で立ちでいらっしゃる」
眼鏡をかけた初老の男も私を見て目を細めている。
なんだ、思ったよりいい人達みたい。
私は無意識に溜めていた息をホッと吐き出した。
オルタナやケルトさんがあれほど言っていたから、どんな怖い人達かと思っていたけど、あくまで脅しだったみたい。
おそらく、私がいつまでもビクビクしてるから、初めに怖がらせるだけ怖がらせて、実際会ってみたらなんてことないと思わせるためだったのだろう。
その策略にまんまとはめられてしまったようだ。
私は肩の荷が降りたように表情を緩めると、その策略を仕掛けたもう一人の方へと視線を向けた。
彼は今どんな意地悪な顔をしているだろうか。
まんまとひっかかった私を近くから眺められてさぞかし愉快だったろうに。
そんな風に思いながら振り返った私は、次の瞬間困惑した。
私の隣にいたはずのクラウドは、私から一歩下がった所に移動をし、片膝をつき視線を床へと這わせるように頭を下げていたのだ。
いつからそうしていたのか。彼は私が視線を向けても一向に頭をあげる気配はなかった。
「して、殿下」
クラウドのことなどまるで見えていないのか、嗄れた声の老人はおもむろにルイスへと視線をあげる。
『殿下』?
聞き慣れない呼び方に、私は違和感を覚えた。
『陛下』や『王』と人々はルイスのことをそう呼ぶ。
だが聞き間違いでなければ、今彼は確かに『殿下』とそう呼んだ。
殿下。
つまりは『王子』と。
けれど、そんなことなどまるで誰一人として気にとめてないかのようにその場の時は流れていた。
嗄れた老人が次の言葉を紡ぐ。
「巫女殿との契りはいつ交わされるのでしょうか」
彼の言葉に、私の体は固まった。




