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時雨の焼印【特別盤】  作者: 太幽


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告知!

新シリーズ予告




「……ここで、私は死んだんだ」


春が、静かに廃墟の中に立っている。


かつて十兵衛と春が暮らした家は、もう影も形もない。

焼け落ちた柱が黒く朽ち、土間だった場所には雑草が生い茂っている。


あの日…彼女が必死に守ろうとした食糧庫は、崩れかけた土台だけがかろうじて残っていた。


夕暮れの光が、廃墟を赤く染めている。風が吹き抜け、枯れ草が音を立てて転がった。彼女は、ゆっくりと歩き出す。


その足取りには、かつて畑を耕していた頃の力強さはない。


ただ、失われた時間を確かめるように、一歩、また一歩と、土を踏みしめていく。


食糧庫の前で、彼女は立ち止まった。

地面に、かすかに残る黒い染み。雨に打たれ、風に晒され、それでも消えなかった——自分の血の跡。

春は、ゆっくりとしゃがみ込んだ。

その指が、震えながら、乾いた血の痕をなぞる。ざらりとした土の感触。

そこにはもう、あの日の熱も、痛みも、何も残っていない。


…腹の底から震えるくらいの熱い感情が湧き上がった


彼女の声は、風に消え入りそうなほど小さかった。


「食糧庫を守ろうとして、鍬を握って。お腹の子を守ろうとして、ただ必死で。でも——何も守れなかった。私の死は、光が鬼退治に行く『きっかけ』になっただけ。それで、終わり」



血の痕をなぞる指…彼女の中指にはかつての自分が味わった苦しみがしっかり残っている。


両手を胸の前で組み、祈るように、縋るように、『正面』を見つめた。


その先には、活字で構成された物語を、今まさに観ているも者がいる。


春の顔には涙が光っている。

だが、それは悲しみだけではない。

深い「理不尽さ」への怒りと、それでも何かを信じたいという、切実な願いが混ざり合っていた。


「——読者の皆さん」


画面の向こうで様々な反応があった


完全に無関心な者、一瞬戸惑う者、春の過去を思い出し涙する者、一気に下までスライドしてさっさと読み終える者


だが、それでも彼女は声を震わせながら訴えた。


「理不尽すぎると思いませんか?」


彼女の手が、ぎゅっと握りしめられる。


「兄ちゃんの死は、光の旅を支えた。父ちゃんの苦しみは、光との再会で報われた。でも、私は——私は、ただ死んだだけ。お腹の子も、守りたかった家族も、何も残せなかった。これって、あんまりじゃないですか?」


彼女の声が、涙で詰まる。それでも、彼女は言葉を紡ぐのをやめない。


「私だって、母ちゃんみたいに、強く生きたかった。この子を、この腕で抱きしめたかった。なのに、私だけ——私だけ、何も——!」


彼女の声が、嗚咽で途切れた。その瞬間——


「——その通りぃぃぃぃぃぃ!!!」


ドガァッ!!


廃墟の陰から、椿が勢いよく飛び込んできた。

その目は爛々と輝き、口元は怒りと興奮で歪んでいる。彼女の手には、見覚えのある分厚い原稿の束が握られていた。


「春!あんたの言う通りよ!私もずっとそう思ってた!太幽ってば、なんで春だけこんなに報われないの!?宗助は『ちゃんと兄貴やれてたかな』で泣かせて、十兵衛は『父上』で泣かせて——なんで春だけ!?食料庫の前で、鍬握って、それで終わり!?ふざけんなってのよ!」


「え、えっと……椿、さん……?」


春が、涙でぐしゃぐしゃの顔で、困惑しながら椿を見つめる。椿は構わず続けた。彼女は手に持った原稿の束を、春の目の前でバサリと広げてみせる。


「でもね、春!あんたのその『理不尽』、私が全部受け止める!『作者への反逆』で、あんたの代わりに戦ってやるわ!太幽が書いた『最も残酷な死に方』を、私が全部書き換えてあげる!途中大きな挫折もあったけど…」


「……え?」


春の目が、大きく見開かれた。椿はにんまりと笑い、春の肩をポンと叩く。


「大丈夫!あんたが守れなかった宗助も、託せなかった光も、抱きしめられなかった『未来』も——全部、変えてあげる!私の現世の命に変えても!だから——」


椿は春の目をまっすぐ見つめ、静かに、しかし力強く言った。


「——あんたの身体、いや意識の一部を貸してくれる?今度はあんたが、自分の『理不尽』を、自分の手で『希望』に変えるの。私と一緒に、こっちの世界で——私の知識も活用して、もう一度戦おう」


春の目から、涙が一筋こぼれ落ちた。それは、もう「理不尽さ」だけの涙ではなかった。彼女は、腹の子を抱きしめるように、両手を胸に当てた。


「……私、今度こそ、ちゃんと戦います。お腹の子のためにも——自分のためにも」


「あー!ごめん!私、推しがいるからその縁談の未来も無いから、そこんとこよろしく!」


「はぁ?何それ!私の幸せは?希望は?」


「その選択が、『私たちの幸せ』になるの!いいから任せなさい!」


「…聞く耳持たず、か…」


春は半分諦めながら微笑んだ。


椿はそれを見て、満足そうに笑うと、再び画面に向き直った。彼女は手に持った原稿の束を高く掲げ、声高らかに宣言する。


「——ってことで、皆さん!『時雨の焼印』は終わったけど、私たちの物語はまだまだ続くから!太幽が、また新しい『仕掛け』を用意してる。私はその『仕掛け』の中で、今度はこっちの世界の『影』として生きていく。そして——今度は、この『最も理不尽に死んだ女』が、自分の『悔しさ』を、自分の手で『希望』に変える番よ!」


彼女は隣に立つ春の肩を抱き寄せ、ニヤリと笑った。


「覚悟しといてね。今度は私たち二人で、この時代の『鬼』を、裏からぶっ壊してやるんだから!」


春が、涙を拭い、小さく笑った。その手は、もう震えていない。画面が、ゆっくりと暗転していく。夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばしていた。


「…椿さん、」


「何?」


「兄が死ななければ…ほんの少しでも未来は変わってたかもしれない…あの後、数日間みんな無気力で食事すらも出来なかった…余計に母は衰弱したと思う。」


「そうね、でも、あの死が無ければ私が生きてる時代も悪い方に変わってたかもしれない。宗助の死はそれほどまでに影響が大きい」


「あなた、さっきまで大丈夫って!」


椿は人差し指を春の口に当てた。


「宗助も『私』も死なせない。ただ…『母ちゃん』だけはもう私の時代の知識を持っても多分助けられないかもしれない…だけど、歴史を変えずに中身だけ可能な限り変えていきたい!」


「…それでもいい、『私』が帰る世界、ほんの少し変わるだけでも大きな変化になる!お願い!来るなら兄の死を防げる時に!」


椿は腰に手を当て、肩から腕にかけまっすぐ春に伸ばした。

親指が真上にしっかりと伸びていて、力強かった。


「任せて!でもそのタイミングへのお願いは…」


ふたりは真上を見上げた。

「「太幽に言って!」」


ふたつの声が重なる…


「「時雨の焼印!ここまで見てくれてありがとう!次は『私』が主役よ!」」


これは、ふたりが1人として意識が融合し、歴史を変えずに足掻く物語。


『作者への反逆~転生したので、春の運命を書き換えてみせます~』


著:太幽

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