あとがき、その2
あとがき——その2
この物語ができるまで
(と、なぜ3種類もあるのか)
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
もしあなたが「え? 初めての閲覧でここに来たよ?」という方なら……是非、振り出しに戻って、もう一度最初から「観て」みてください。
この物語は、そういう作りになっています。
そして、もしあなたが「通常盤(時系列型)を読んで、ここに来たよ」という方なら——お気づきでしょうか。
この完全版が、あの時読んだ物語と、どこが同じで、どこが違うのか。
その“読み比べ”もまた、この作品の楽しみ方の一つです。
なぜ三つも同じような物語があるのか。その話を、少しだけさせてください。
― ある書道家の遊び心から生まれた物語
この物語は、ある日突然、卒園証書を書いているときに生まれました。
桃から生まれ、一気に成長し、三匹の動物を家来にして鬼ヶ島に乗り込む。
次から次へと鬼を倒し、土下座させ、金銀財宝を持ち帰る。
……これ、どう考えても盗賊じゃないか?
ツッコミ所満載の桃太郎に、いてもたってもいられなくなりました。
調べてみると、桃太郎には実在モデルがいるらしい。
その名は宇喜多秀家。
……待て待て待て。
貴族様が桃から生まれて老夫婦に育てられるわけねーだろ?
― 考察の始まり
そこで当時の歴史を調べてみました。
飢饉が繰り返し起こり、多くの命が失われていた。
桃は魔除けの象徴。
川はこの世とあの世を結ぶ境界。
神頼みのように、桃を川に流す文化もあった。
飢えに苦しみ、身売りすらできない家は、
埋葬のつもりで箱に桃を敷き詰め、赤ちゃんを川に流したのかもしれない。
桃の木箱から拾い上げられた子どもが「桃太郎」なら、辻褄が合う。
この考察から、第2話「血と泥の子守唄」が生まれました。
十兵衛が光を川に流すあの場面です。
― 犬、猿、雉
次に、三匹の動物たち。
家来は三人で、忠義に陽気に隠密。
……これ、水戸黄門だな。
ってことで、動物は人間に設定しました。
こうして生まれたのが、衛門(犬)、弥助(猿)、そして——もう一人。
最初は「雉」をどうするか悩みました。
空を飛び、高所から全てを見渡し、影から獲物を狙う。
それなら——くノ一しかない。
こうして生まれたのが、時雨です。
― 書いているうちに、勝手に動き出した
……ここまでは、まだ“桃太郎の物語”のつもりでした。
でも、書いているうちに、時雨が勝手に動き出したんです。
· 復讐だけを生きがいにしていた時雨が、きび団子を食べて「目を見開く」
· 失敗した団子を桃太郎が「美味い」と言って食べる
· 復讐を遂げた時雨の手に残る、虚無だけ
· それでも前に進むことを選ぶ
気づいたら、桃太郎がどんどん小さくなっていて、時雨がどんどん大きくなっていた。
これは“設計”じゃなかった。“キャラクターが勝手に生き始めた”だけです。
(読者のみなさん、途中まで桃太郎が主人公だと思ったでしょ? 私もそう思って書いてたんです)
― そこで生まれた、三つの顔
結果的に、この作品には三つの顔ができました。
通常盤(アルファポリス・小説家になろう)
時系列型。本編12万文字程度
桃太郎が主人公だと思わせて、6話で時雨が登場する“ミスリード”構造。
これは「読ませる」ための設計でした。
結果、アルファポリスで歴史部門6位、小説家になろうでヒューマンドラマ、デイリー13位と評価していただきました。
カクヨム盤
倒叙構成。本編12万文字程度
「観る小説」を目指し、通常盤の最終章を1話に持ってきました。
時雨が主人公だと最初から明かし、過去を振り返る設計。
そして最終話は1話と同じシーンから始まりますが、全ての主要キャラが全員集合して、より感動的な真のエンディングを迎える仕組み
プラットフォームを変える事でエンディングが変わる。
ゲームで言えばマルチエンディングを小説に使った感じです。
でも——カクヨムでは全然読まれませんでした(笑)
今現在連載中だけど、PVはほぼ稼げてない。
読者の目にすら止まっていない残念な状況(笑)
通常盤にこの全員集合エンディングに書き換えてしまったら、桃太郎の死に際の「膝を借りる」の描写の伏線が消えてしまうから、それは出来ない
通常盤は通常盤で完成度が高いので時系列型として触りたくない。
アルファポリス完全版
※いずれ、小説家になろうでも連載予定。
カクヨム版の倒叙構成を維持しつつ、中身を12万字→18万字に増量。
「通常盤と読み比べると、どう変化したか探す楽しみ」もある——はず。
― なぜ、三つも作ったのか
簡単です。悔しかったから。
カクヨム版は、自分でも「これは面白い」と思って書いたんです。
倒叙構成で、第1話から時雨を出して、過去を振り返る——この作品の“観せ方”として、これが一番しっくりくると思った。
でも、全く読まれなかった。
「読まれない」んじゃない。「観られる」ことすらなかった。
それで、「だったら、もう一度、読まれる場所で、今度こそ」と思ったんです。
カクヨム版で完成させた“観る”ための構成を、
“読まれる”場所に持ち込む。
それだけのことです。
― 「読む」小説ではなく「観る」小説へ
この物語は「読む」ものではありません。「観る」ものです。
· 心情は“語られ”ません。代わりに“映像”が描かれます。
· 伏線は“回収”されません。代わりに“生き続け”ます。
· 物語は“終わり”ません。代わりに“あなたの手”に渡されます。
通常盤を読んだ方は、もう一度この完全版を“観て”みてください。
同じ登場人物なのに、見え方が全然違うことに気づくはずです。
なぜ時雨が6話まで出てこなかったのか。
なぜ倒叙構成にしたのか。
その“仕掛け”が、今度は最初から“見える”。
― 最後に、作者からのお願い
この物語に登場する「鬼」は、決して生まれついての悪人ではありません。
飢饉、貧困、理不尽な搾取——そうした時代の闇が、人を鬼に変えたのです。
秀家が桃太郎のモデルと言われる以上、この時代設定は大きく間違っていないと信じています。
武器を持ち、人を斬ることが日常だった戦国。
栄える街がある一方で、虐げられ、呼吸をするだけで命を奪われかねない村があった。
年貢の強要、身売り、口減し——壊滅的な生活状況の中で、人はただ生きるために殺し、盗んだのかもしれません。
そもそも、正義と悪の物差しが違うのです。
殿に逆らう者が悪。それ以外は正義。
そんな世界で生き抜くために、彼らは切羽詰まっていた。
では、今を生きる私たちはどうでしょう。
子どもの頃、虐められている光景が「当たり前」になっていませんでしたか?
日常に溶け込んだ理不尽は、見えなくなる。
そして気づかぬうちに、私たちもまた、誰かを鬼に変えてしまっているかもしれない。
この物語の中で、頭領は言いました。
「鬼とは、人を苦しめながら、それに気づかぬ者のことだ。」
どうか、自分の常識という物差しだけで、正義と悪を決めないでほしい。
判断することは大切です。
でも、その判断の前に——少しだけ、立ち止まって考えてみてください。
― この物語が、あなたの心に灯すもの
もしあなたがどこかで、素朴な甘さのきび団子に出会ったなら。
その団子に「時雨」という焼印が押してあったなら。
あるいは、満開の桜の下で、一匹の白い犬を見かけたなら。
どうか、ほんの少しだけでいい。
彼らのことを思い出してほしい。
遠い日に、この国のどこかで、必死に生きた人々がいたことを。
この物語が、あなたの心に、いつまでも消えない小さな安堵の光を灯し続けることを願って。
― これからも
書道家として、文字を書き。
歌手として、歌を作るように物語を紡ぎ。
そして、桃太郎の話をデビュー作として書き記しました。
今後とも、音楽、書道、小説。
多方面での応援をよろしくお願いします。
活動名は全て 「太幽」 でやっております。
「時雨の焼印」 完
——これは、復讐に燃えた一人の少女が、愛を知り、母となり、そしてその想いを未来へと紡いだ物語である。
通常盤も特別盤も…こっそりと高評価してくれると泣いて喜びます。
アクセスは連載終了しても継続されてるのは嬉しいのですが、僕としてはユーザー様と交流をしたいです(笑)
引き続きよろしくお願いいたします!
って事で!また1話でお会いしましょう(笑)
…と!1話を再度読むのもオススメなのですが!
『時雨の焼印』の世界に新たな風が吹くー
ー新シリーズが始まるー
次回予告!
時雨の焼印で最も報われなかった、桃太郎の姉、春。
母の代わりに子育てに尽力するが、母乳がない事で育てられず、心が疲弊し
最後は父と共に弟を川に流した少女。
桃太郎の成長を目撃していながら弟だと気付かず、弟を流した過去に苦しみ…そして…身籠ったその身体で食糧庫を守ろうと闘うも…全て無惨に蹴散らされた女性。
春の歴史が動き出す。
ー完ー




