第118話「"RAID"」
「俺は無力化した勇者を連れてくる。えっと後ろの方にプラグマが転がってるはずだから、起こしてやってくれ。」
「ええ、わかったわ。」
向き合っていたゼベルトとフィリアルは背を向け合う。ゼベルトはユーリ、フィリアルはプラグマのところへ足を進める。その時だった。
「"RAID”」
何者かの声が響いた。でもそれ以外の音は一切ゼベルトの鼓膜を打たなかった。一瞬で周囲に対する警戒をしても、ゼベルトは何も感じ取れなかった。
「ゼベルトッ!!!」
フィリアルが名前を叫んで、ゼベルトを突き飛ばした。
「っ!!!???」
ただゼベルトは眺めていた。黒装束に包まれた何者かが、ナイフでフィリアルの体を貫いた。血飛沫が迸る。ゼベルトの視界が血に染まった。そして真っ赤な視界から、黒装束を着た何者かは消え去った。存在すら元々無かったようにこの世界から消え去った。
「フィリアルっ!!!」
消え去った何者かはどうでもいい。ゼベルトはフィリアルを地面に寝かして、その傷の具合を確かめる。時間が経てば失血多量で死ぬ。ただ、魔法を使えるフィリアルならば。
「フィリアル!! 魔法で、回復魔法で自分を…!!」
ゼベルトがフィリアルに呼びかける。しかし、フィリアルは浅く乱れた息を繰り返すのみ。
勇者アリスとの戦闘で、フィリアルは魔素を使い果たしていた。
「待っててくれ。今プラグマを連れてくる!!!」
手持ちの回復魔術薬をありったけフィリアルにかけて、ゼベルトはプラグマの元へ走る。
「おい!!! 起きろ馬鹿野郎ッ!!! フィリアルに速く回復魔術を使えッ!!!」
「な、ゼベルト? 一体何が…?」
ゼベルトはプラグマを叩き起こし、そのまま体を担いでフィリアルの元へ走った。
「速く!! プラグマ!! 回復魔術だ!!!」
「わかった。」
腹に穴の空いたフィリアルの姿を見て、プラグマは状況を理解した。
「血輪の再循。」
速度重視で発現させた回復魔術。しかし、その魔術は赤い光を少し放った後、短くなった蝋燭のように、その光を失った。
「は? なんで….。」
「…ゼベルト、この傷は魔術じゃ塞がらない。」
「は? 何言ってんだよ、速く治せよプラグマ!!!」
ゼベルトはプラグマの胸ぐらを掴み恫喝する。無力感。幼きあの日、家族を失ったあの日と同じ無力な自分。ゼベルトはそれを認めたくない。
「理由はわからない。でも魔術じゃ魔王様の傷が塞がらない…。」
「レオン!! 聞こえてるか!! 今すぐ俺たちをハンネローレさんのところに送ってくれ!!!」
プラグマの手を無理矢理掴んで、ゼベルトは魔法陣を通してレオンに呼びかけた。
「ゼベルトさん!? と、とにかく緊急そうだからとりあえず…『空間転移』!!!」
フィリアルを抱きかかえたゼベルトとプラグマが紫色の光に包まれる。3人の姿が世界樹の麓から消え去った。
「ハンネローレさん!! 頼む、フィリアルを治してくれ!!!」
「へっ!? …わ、わかりました。最善を尽くします。」
突如、研究室に現れた3人にハンネローレは動揺する。しかしフィリアルの腹に空いた穴を見て状況を理解した。フィリアルを研究室のソファに寝かせ、怪我の具合を確認する。しかしそれは怪我という範疇を超えていた。確実に着実にフィリアルの命を蝕む不治の致命傷だった。
「氷結晶の癒し。」
溢れ出るフィリアルの流血をハンネローレは凍らせ癒そうと試みる。無数の雪の結晶がフィリアルの腹傷に降る。ハンネローレが魔法で治療を試みる間に、ゼベルトとプラグマは研究室と魔王城にある魔術薬をかき集めた。
「ゼベルト様!! 何があったのですか!?」
研究室に紫色の光が灯り、アニア、ヴェルニャ、フィラウディア、レオンがやってきた。アニアがゼベルトに駆け寄る。そしてフィリアルの姿を眼に映し、言葉を失う。ハンネローレが白色魔法を発現させても、なおも流血の止まらないフィリアルの姿がそこにあった。
「これは…。」
「フィリアっち…。」
「し、死なないよね。」
エレン、ヴェルニャ、フィラウディアも三者三様に動揺を表す。研究所にあるすべての魔術薬を使っても、フィリアルの流血は止まらなかった。魔王フィリアルはやがて命を落とす。ここにいる誰もが直感した。
「フィリアル。」
名前を呼んで、血に染まることも厭わず、ゼベルトは瀕死のフィリアルを抱きしめた。
「…べる、と、…き。わたしも、あな、たが…すき。」
フィリアルが言葉を絞り出した。その言葉が終わると共にフィリアルの漆黒の瞳から光が消えていく。
「うん、俺も、俺もフィリアルが好きだよ。だから…。」
『死なないでくれ』ゼベルトの想いは届かない。フィリアルはあっけなく死んだ。最期に、ゼベルトに愛を伝えて。魔の王は魔を持たない者に愛を伝えて。




