第114話「夢か、それとも走馬灯か」
暗黒に包まれ、禍炎に焼かれる勇聖学園。世界樹の足元にある、小さな世界では子供、大人、男女の性差なく人族の死体が地に横たわっていた。そんな世界を作り出した張本人、プラグマ。彼は魔杖を掲げ、魔術を維持しながら、小さな血塗られた世界を眺めていた。
「プラグマ、もう結界は解いて大丈夫だ。」
プラグマの元へ、1人の魔族がやってきた。彼の腕には灰色の髪となったユーリが、新たなる勇者となるはずだった人族の少年が抱えられていた。
「ゼベルト。上手くいったみたいだね。」
魔杖を下すプラグマ。暗黒が晴れ、禍炎が消えた。星と月が2人の魔族と1人の人族をささやかな光で照らす。
「これで…。」
「ああ。魔王様は殺されない。レオンを呼んで、魔王城に戻ろう。」
プラグマが右手のひらの魔法陣で、レオンを呼びかけようと息を吸ったその時だった。
「"TEREPORT”」
夜空から一筋の光柱が立った。
「…勇者となる少年を攫うとはな。貴様ら一体どこまで知っている?」
ゼベルトとプラグマの前に現れたのは、勇者アリス。金髪碧眼、紺碧の装飾のなされた黄金の剣。純白の衣に少しの血液を滲ませた勇者が現れた。
「どこまで、か。」
「全てと言ったら?」
ゼベルトはユーリを抱え直し、ゆっくりと後退する。プラグマは魔杖を再度右手で掲げ、左手で魔素を練り始めた。
「別に、貴様らを殺すつもりはない。ユーリを、その子を、まずはわしに返せ。」
勇者アリスは『神剣』に指すらかけていない。片手を前に出し、ただユーリを返すようゼベルトとプラグマに言った。
「それはできない。」
「そうか、ならば…。」
勇者アリスが眼を伏せて、開いた。
「がはっ。」
一瞬、たった一瞬で勇者アリスはその右手でプラグマの喉を掴み、跪かせた。
「さあ、その子を渡せ。殺すつもりはないと言ったが、殺意がないわけではない。貴様らの行った虐殺。わしは怒りで我を失いそうじゃ…。」
左手で勇者アリスはプラグマの握っていた魔杖をへし折った。プラグマの耳には、勇者アリスの煮えたぎる殺意と憤怒が響いていた。
「ゼベルト…、僕を置いて、逃げ、ろ。魔王様の、ためだ…。」
首を絞められ、意識を失いかけながらも、プラグマは犠牲になるゼベルトに伝えた。
「っ…。」
迷う。ゼベルトは迷う。最愛のフィリアルのためにユーリを勇者アリスに渡すことはできない。ただプラグマを見捨てられるほどの冷酷さはゼベルトには無かった。
「が、か、ぁ…。」
プラグマはもう言葉すら絞り出せない。喉が軋み、今にも潰れそうだった。
「わかった。この子を渡す。だから、プラグマを離してくれ。」
ゼベルトはどうしようもないほど優しいのだった。朦朧とする意識の中で、プラグマはゼベルトに対する罵倒を心の中で吐いた。
「先にその子を渡せ。」
「わかった。」
ゼベルトは勇者アリスのそばに行き、ユーリを地に下ろした。プラグマの体の音が今にも止まりそうだった。
「ほっ。」
勇者アリスはプラグマを捨てるように地面に放った。地面に転がるプラグマにゼベルトが駆け寄る。かろうじて失神で済んでいた。
「うむ、意識を失っているだけか。ならば…。」
「"DISENCHANT”」
黄金と紺碧の波紋がユーリを包む。
「ア、リス…さま…?」
ユーリが眼を覚ました。しかし彼の魔素は戻らない。開いたユーリの眼は未だ『封魔の呪弾』に侵され続けていた。澱んだ黒の瞳に勇者アリスの姿が映る。
「もう大丈夫じゃ。」
優しい声、優しい手つきで勇者アリスはユーリの頭を撫でる。
(一体いくつの呪い、魔術、毒を混ぜたのじゃ…。わしの『神術』でも解けぬとは、これを解くには時間が…いや解除可能なのか?)
無意識に吐きそうになったため息を、勇者アリスは無理矢理に飲み込む。
「何故、このような虐殺をした。魔族の者よ。」
「フィリアルの、魔王のためだ。その子が成熟したら、殺されてしまう。」
ゼベルトは抵抗せず、素直に勇者アリスの質問に答えた。
「だから、先に無力化するとは。よくそんなことを、いや、そもそもなぜこの大陸の『循環』について知っている?」
「最初は、俺が魔王と賢者の話を盗み聞きした…。あれが始まりだった。」
ゼベルトは答えながら、この窮地を脱する方法を考えていた。なんとかして隙を作り、レオンの転移魔法を発現させる。この際、勇者の誘拐は諦める。
「盗み聞きだと?」
「ああ、言葉の通りだ。」
「魔王と賢者が言葉を交わす時は、真実が漏れぬよう、神術もしくは魔法で秘匿されているはず…。なぜ貴様は盗み聞きができた?」
「魔素を持ってないからかもな…。」
何気ない説明。その一言で勇者アリスの表情が憤怒から驚愕へと変わった。
「魔素を持っていないだと? 一切、持っていないのか?」
「あ、ああ。そうだ。」
勇者の碧眼がゼベルトを睨む。一時の沈黙が流れた。
「そうか。ならば貴様を殺さねばなるまい。」
「え?」
隙を作るどころか、ゼベルトは勇者アリスに自身の殺害を決心させてしまった。勇者アリスの言葉に嘘はない。それは勇者アリスの体の音を聞いているゼベルトが一番よくわかっていた。勇者アリスが『神剣』を抜刀し、ゼベルトに向けた。
「名前を聞いていなかったな。」
「…ゼベルト。」
答えて、周りを見る。何もない。耳を澄ませる、何も聞こえない。ゼベルトは『魔喰らいの剣』を抜刀することもできない。勇者の本気の殺意に当てられ、体が硬直する。
「さらばじゃ、ゼベルト。遺言はあるか?」
「…無い。」
降る雷雨を避ける術はない。揺れる大地から逃れる術はない。災害とはそういうもの。勇者とはそういうもの。
「”BLADE”」
ただゼベルトは迫る死を受け入れるしかなかった。
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時々、夢を見る。
冬の夜。暖炉の炎で暖かい家の中。
父さんと母さんがピアノを連弾して、俺とフィリアルが2人で踊る。
フランツ兄さんが果物を切って持ってきて、大きな机の上に並べる。
「楽しいね」、「美味しいね」って、それだけをみんなで言う。
剣も魔法もそこには無くて、ただ幸せを5人で味わう。誰も死なない、誰も殺さない。
穏やかな暖炉の灯りが照らすそれぞれの笑顔を見つめ合う。
果物の匂いとフィリアルの匂いだけが俺の鼻に香る。
夜が更けたら、フィリアルと一緒のベッドでお互いの熱を分け合って眠る。
そんな日々がずっと続いていく。
時々、そんな夢を見る。
俺はフィリアルが好きだ。
『世界を平和にする曲』なんて、俺には作れない。
何度、白と黒の鍵盤と向き合っても、何度、5本線の描かれた譜面と向き合っても。
俺は君を想った曲だけしか作ることができない。
ああ、俺はやっぱりフィリアルが好きだ。
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