第112話「龍 対 勇者 -決着-」
龍と勇者の接近戦。両者が拳を、脚を、体を動かすたびに、世界の色は入れ替わる。獰猛な赤と黒、神々しい金と碧。何度も何度も世界は色を変えた。しかし絶対に一方の色で止まることはなかった。
「龍式斬尾ッ!!!」
四肢ではなく、尻尾。五つ目の武器をフィラウディアは勇者アリスへと振るった。うねりながら迫る龍の尻尾。大地を割るソレを生身で受けることは不可能。しかし、勇者アリスはまた抜刀すらしなかった。
「"BREAK”」
勇者アリスが迫る龍尾に手刀を添えた。
「ギャァッ!?」
それだけで、フィラウディアの尻尾が弾かれる。それどころか尾の骨が折れた。崩落にあっても傷一つつかないはずの龍の体。それを勇者は手刀一振りで叩き折った。
「龍よ、何故私と戦う。」
「友達のため。フィリアルの、ためッ!!!」
フィラウディアは痛む尻尾に力を入れ直し、術も法も用いず、魔素で強引に骨折を治癒した。それは龍の有り余る魔素を用いた無理矢理な治療。
「そうか、友のためか…。ならば戦いを終わらせ、ゆっくりと話を聞かせてもらおう。」
ついに、勇者が剣を抜いた。純白の鞘から解き放たれた、紺碧装飾のあしらわれた黄金剣。それは『神剣』。代々勇者に継承される魔の王を殺す剣。『神剣』はあらゆる魔を崩壊させる。つまりは人族が魔を祓うための剣。
フィラウディアの本能は剣の持つ力を直感していた。そして次の一撃が勇者の本気。自分は龍人、獣族といえど、魔素を元に攻防を繰り出している。今まで勇者にかすり傷さえ与えることのできていないフィラウディア。次の一撃で全てが決まると本能が言う。
「―。」
身体を大きく反らして、大気を臓腑に溜め込むフィラウディア。彼女の全身に魔素が満ち満ちていく。それに呼応するように、フィラウディアの周辺が赤黒く変色する。禍々しい赤と黒だけが残った世界。世界そのものが龍の一動に備えていた。
「龍式極咆。」
最小の息でフィラウディアは魔詞を唱えた。そして世界を塗り尽くす龍の咆哮が響いた。
「ガァ゛アアアアアアアアアアアアア!!!!!」
世界が禍赤黒で塗り尽くされる。大気から、大地から、自身の命から、溜め込んだ魔素をフィラウディアは咆哮と共に顎から解き放つ。その禍赤黒の奔流は大河が如く流積。星と月の輝きすら飲み込む禍赤黒の魔素の豪流が勇者アリスを塗り殺さんと夜空を超流していく。
「”JUDGMENT”」
勇者アリスが、『神剣』で禍赤黒の豪流を斬る。黄金と紺碧の光束が禍赤禍黒の世界に閃く。それは、キリア神に剣を授かった勇者がキリア神の代理人として下す『神の審判』だった。
「…がはっ。」
咆哮を放っていたはずのフィラウディアの顎から吐かれたのは真紅の龍血。首から腹にかけて深い剣傷が走っている。龍鱗、龍肌、龍体を以てしても、勇者の剣撃には敵わなかった。
「あ、あ…。」
世界が元の色を取り戻す。夜空から龍少女が緩やかに降下して、大地にその身体を預けた。
「生きておるか?」
尋ねる勇者アリス。汗が一粒、額に垂れていた。
「………。」
勇者アリスの問いにフィラウディアは答えられない。身体から、口から真紅の血液を垂れ流すのみ。剣傷からは臓器が見え隠れし、今にも溢れ出そうになっている。龍の生命力が臓器を急速に治し、大きすぎる傷に蓋をしようとしていた。フィラウディアの状態。それはまだ、かろうじて命が身体に引っかかっている状態。あと数瞬経てば命を落とす。そんな状態だった。
「”RECOVER”」
勇者が唱えた。時を戻しているかのように、フィラウディアの傷が塞がっていく。溢れ出ていた血が、溢れそうな臓腑が元通りの位置に戻った。
「けほっ、けほっ。」
喉に詰まっていた血を吐き出しながら、フィラウディアが立ち上がる。
「さあ、龍人の少女よ。何故、プラコ公国を襲撃したのか答えよ。」
勇者アリスの声色は優しかった。しかし、『神剣』は一切の揺れなくフィラウディアの心の臓に向けられていた。
「さっき、言った。友達のため。フィリアルのためだって。」
「フィリアルというのは、現魔王のことであっておるか?」
「うん、合ってる。」
「そうか、ならなぜプラコ公国を襲撃することが魔王のためとなる?」
「それは…。」
フィラウディアが黙る。『魔王が新たな勇者に殺されるから。』これは誰にも言ってはならない。そうヴェルニャたちに言い聞かされていた。
「どうしたのじゃ? 答えられないか?」
「…。」
口を両手で塞ぐフィラウディア。隠していることが丸分かりになる。
「そうか、ならば無理矢理聞くまでじゃ。」
「"CONFE」
「極・呪裂斬ッ!!!」
アニアの声。勇者アリスに極大超速の呪いの斬撃が襲いかかった。
「ほっ。」
反射的に勇者アリスは一歩後退して呪斬を避ける。その一瞬をヴェルニャは逃さない。
「フィラウディアっ!!!!!」
フィラウディアの手を取り、ヴェルニャが一瞬のうちにアニアの元へ戻る。
「そうじゃった。2人、仲間がいたの。」
一連の出来事をただ勇者アリスは眼に映していた。
「レオンさんっ!!!」
「はいはーいっ!!!」
紫色の魔法陣がアニアたちの足元に出現し、レオンが現れた。4人で勇者の前から撤退するべく、魔詞を唱える。
「空間」
「“OBSTRUCT”」
「転移。」
レオンの転移魔法は発動しなかった。勇者アリスから放たれた黄金と紺碧の七星の波紋が魔法陣を、レオンの転移魔法を砕き壊した。そして4人は逃げることを封じられ、勇者の前にその身をただ晒すことになった。




