第111話「龍 対 勇者」
「勇者アリスがここに来たッ!!!」
少女の声。されど神聖さを纏う力強い声が戦場に響いた。
「プラコ公国軍兵たちよ、速やかに撤退せよ。ここは勇者アリスに任せろッ!!!」
勇者という希望が絶望する人族たちに訪れた。
「ぜ、全軍撤退いいい!!!」
「勇者様にこの場を任せる!!!」
「速やかに後退せよっ!!!」
「「「「「ォオオオッ!!!!!」」」」」
プラコ公国軍兵が魔族2人に背を見せて退いていく。軍が去った後、戦場に残ったのは純白の衣を纏う1人の人族少女。純白の鞘に収められた、紺碧装飾の施された黄金剣を腰に携えている。そして勇者アリスは、金髪を血の匂いの混じる夜風に揺らしながら、その碧眼で半魔半獣と魔族の少女を睨んだ。
「何故、宣戦布告も無しにプラコ公国を襲撃したのか、その理由を言え。さすれば命までは取らん。」
勇者アリスが剣の柄に指をかける。ヴェルニャとアニア、両者共に静止する。勝てない。龍、フィラウディアと対峙した時と同じ感覚。身動き、呼吸、拍動。全ての動きが制限される。何が相手の逆鱗に触れるかわからない。
『ガギャァァァァァッ!!!!!』
挙動を許されたのは龍のみ。咆哮を上げて、夜空から地に降りたつ。
「…龍か。」
アリスが龍を睨む。人族最強と獣族最強。
『…ァァァァァ』
地に脚をつけた龍が大気をその体に貯める。待機中の魔素をその体で世界を焦がす熱ヘと変換する。
『ガァァァァァッ!!!!!』
熱線。一直線に勇者へと迸る熱の奔流。世界に赤黒い線を描きながら、勇者アリスへとその赤黒の熱は一瞬のうちに迫る。その熱線は世界すらも赤黒く染める。勇者アリスは染められる世界の中で色を保つべく、唇を動かした。
「”BARRIER”」
勇者アリスが何かを唱える。七星の魔法陣が浮かび上がる。それは魔術でもなく魔法でもない。『神術』。キリア神から勇者に与えられた、世界に干渉する術。
熱の奔流が七星の魔法陣と激突する。七星の魔法陣は紺碧色の盾となり、黄金の光を放ちながら、世界を赤と黒に染める龍熱から勇者アリスを守護した。
「ふむ…。」
赤黒に染められた世界から色を保った勇者アリス。地面を抉り自身に近づいてきた熱線の跡と立ち上る熱煙を睨む。
「ガァァァッ!!!」
立ち上る熱煙から少女が現れた。ただの少女ではない。赤黒い龍鱗に肢体を覆われ、その背中から龍翼と龍尾を生やしている。可憐な顔の額から龍角を生やし、牙を剥き出しにして勇者アリスへと襲いかかる。
「ほう、龍人とな。」
龍の姿が変化しても、勇者アリスは驚かなかった。抜刀もせず、身捌きだけで龍人フィラウディアの突進を回避した。
「龍式裂爪ッ!!!」
突進を避けられたフィラウディア。すぐさまもう一度アリスに攻撃をする。五指の先、龍の爪をアリスに全力で振るう。鉱山さえ砕く五つの龍爪。大気を裂き、音の速度を超えた衝撃波と共に勇者を八つ裂かんと迫る。
「"BLAST”」
アリスが唱える。そしてただ正拳突きを繰り出した。黄金と紺碧の光が弾ける。
『ドォオンッ!!!!!』
爆発、爆音。龍爪と勇者の拳の衝突。空中で起こった衝突は直下の大地すら抉った。2人はお互いの攻撃の勢いで吹き飛ぶ。空中をお互いに浮遊したのち、焦げた地面に着地する。
「…。」
勇者アリスの力量を実感したフィラウディアは突進をやめ、距離をとる。
「龍式鱗弾ッ!!!」
睨み合いの状態から、フィラウディアが先に動く。龍の鱗の如く硬度の魔弾を雨のようにアリスへと放った。それは夜空に煌々と降下する赤黒の流星群。衝撃波を纏う弾音を轟かせながら、アリスへとその凶弾が迫る。
「"BULLET”」
『神術』。勇者の両の手から弾幕が生成された。黄金の弾丸が紺碧の軌跡を空に描きながら、赤黒の流星群を一つ残らず相殺した。またしてもフィラウディアの攻撃はアリスに届かない。轟音と爆発、煙が夜空に上がるのみ。
「ガァァァッ!!!」
再度雄叫びを上げて、フィラウディアはアリスに接近戦を仕掛けた。
「来い。」
龍の爪が幾度もアリスへと振るわれる。しかし、アリスは傷を負わない。身捌きのみでまたしてもフィラウディアの攻撃を回避する。体を反らせ、一歩後退し、時には跳躍をする。弄ぶようにフィラウディアの攻撃を避ける。
「グァァァッ!!!」
怒りの混じった咆哮。フィラウディアもフィリアルとの鍛錬で人型時の戦闘に磨きを駆けていた。しかし、勇者アリスは人族最強。武王の鍛錬相手にもなる勇者の戦闘能力はフィラウディアの荒削りな戦闘と一線を画していた。
「龍式熱線ッ!!!」
再度、フィラウディアは至近距離で勇者アリスに赤黒熱線を放った。
「”BARRIER”」
しかし、黄金と紺碧の盾が、七星の魔法陣が、再度勇者アリスを守る。龍の熱線が反射され、夜空と大地に霧散した。
「ガルルル…。」
「ふむ…。」
龍と勇者が睨み合う。人族最強と獣族最強、お互い無傷。戦場だけが傷を負っていた。
勇者と龍の戦闘。その余波は戦場を削りに削る。地は窪み、森は剥がされる。世界は龍の赤黒と勇者の金碧に染まり染められを繰り返す。
「傍観しか、できませんね…。」
「だね。」
戦場の後方、アニアとヴェルニャは勇者と龍の戦闘によって明暗を繰り返す世界を眺めているだけの傍観者になっていた。
「とりあえず、フィラウディアには粘れるだけ粘ってもらおう。無理そうだったら、アニアちゃんが一瞬隙を作って。私がフィラウディアを回収するから。そんでレオンちゃんに離脱させてもらおう。」
「わかりました。」
白髪と猫耳を爆風に揺らされながら、アニアとヴェルニャは勇者と龍の戦いの行く末をその眼に映すのだった。




