第107話「勇聖学園」
天を覆う世界樹の下で、人族の少年が剣を振っていた。
「ハッ!!」
金髪に碧眼、まさに美少年。
「ハッ!!」
少年の名はユーリ。辺境の街から勇聖学園に連れられてきた勇者の卵。彼の左手の甲には七星のアザがあった。
「ハァーッ!!!」
12歳という年齢にしては高い身長。成長期の健康的な筋肉に覆われた彼の肢体が汗を流す掛け声も美しい少年の声だった。
「ユーリ!! まだ鍛錬してたのね。」
そんな少年に一人の少女が声をかけた。
「セリア…。七星のみんなも死んじゃって、オーディロダムも魔族の手に落ちちゃっただろ? だから、速く僕が勇者としてみんなを救えるようにならないとって思ってさ。」
汗を拭って、ユーリは決意を言葉にした。彼はもうすでに勇者として生きる覚悟を持っていた。
「そうね。ミリセントさんの作ったケーキ、食べたいわ…。」
「うん。ミリセントさんのケーキ美味しかったもんね…。」
二人は地面に隆起した小さな世界樹の根に並んで座った。
「ドミニクさんの昔話も、もう聞けないんだよね…。」
「ラファエルさんのお祈りも、クロエさんとのお昼寝も、セザールさんとのイタズラも、サイラスさんとの稽古も、もうみんなできなくなっちゃったわ…。」
涙を浮かべるセリア。そんな彼女をユーリは優しく抱きしめる。世界樹から木漏れる月光と小さなランプの灯が二人を照らす。
「…僕が勇者になって、みんなの敵を討つよ。」
「…私も、七星の一番になって、みんなの無念を晴らすわ。」
「約束しよう。二人で強くなるって。」
「うん。約束。それで世界が平和になったら、ユーリと…」
「ん?」
「な、なんでもない!!」
ユーリに顔をまじまじと見られ、セリアは恥ずかしくなりそっぽを向いた。
「そうだ、セリア。わざわざここに来たってことは僕に伝えたいことがあったんでしょ? 何かあったの?」
「あ、そうだった。勇者様!! アリスさんが帰ってきたの!!」
「え、そうなの!? 速く会いに行こう!!」
「ええ、食堂にいるわ!!」
二人は学舎の中の食堂にかけて行った。残されたランプが一人で灯を揺らしていた。
「アリスさん!! おかえり!!」
「アリスさん!! 抱っこしてー!!」
「アリスさん、お土産はー?」
「アリスさん、アリスさん!!」
食堂にユーリとセリアが着くと、子供たちにもみくちゃにされるアリスの姿があった。
「みなのもの、落ち着け!! み、土産ならそこの机に置いてある!! 皆で食べるのじゃ!!」
土産という言葉に釣られて、子供たちは机に群がる。金髪碧眼の少女の容姿をした齢60を超えた勇者が子供たちから解放された。
「アリスさん!! おかえりなさい!!」
「おかえりなさい!!」
二人もアリスに抱きつく。
「おうおう、ユーリにセリア、元気にしとったかの?」
「はい!! 元気いっぱいです!!」
「私も元気です!!」
「それはよかった。」
元気よく応える二人の頭をアリスが撫でる。
「アリスさん、今回はどこに行ってたの?」
「武王に稽古をつけてきたのじゃ。敗北し命を落としたと聞いたがの、悲しいことじゃ…。」
「そうなんだ…。」
「残念だね…。」
アリスの報告にユーリとセリアは悲しい顔をする。
「何、二人とも心配することはない。魔王なぞ、わしが倒してやるからの!!」
「うん!!」
「はい!!」
アリスが笑みを見せる。ユーリとセリアも返事をして笑う。
「アリスさん、僕セリアと約束したんだ。僕が勇者になったら、みんなの敵を討つって。」
「そうなんです。七星の皆さんの無念を晴らすんです!!」
「…そうか、そうか。」
二人の宣言にアリスは遠い眼をした。その眼は少しの悲しさがあった。
「良いか、二人とも。」
「はい、なんですか?」
アリスの真面目な声。アリスがユーリとセリアの眼を真っ直ぐに見つめる。二人とも真剣な表情になって、アリスの言葉を待つ。
「愛と、勇気じゃ。勇者になっても、七星になっても、この二つを忘れてはいかん。この世の全てに、たとえ魔族に対しても、愛と勇気を持って臨むのじゃ。わかったかの?」
「はい、わかりました。」
「絶対に忘れません。」
深く頷くユーリとセリア。
「よし。二人も土産を食べると良い。オーディロダムの海老煎餅じゃ。跳ぶぐらい美味いでな?」
「「はーい!!」」
ユーリとセリアも土産の置かれた机に向かう。その姿をアリスは愛おしく感じ、優しい眼で眺めていた。
「ゆ、勇者様!!」
「どうしたどうした、そんな慌てて。」
教員の一人が焦りを顔と体、全身で表してアリスに駆け寄ってきた。
「ぷ、プラコ公国が魔王軍に襲撃されました…!! 宣戦布告がなかったため、プラコ公国には現在、戦力がありません!! 勇聖教会に緊急の救護申請がきています…!!」
「わかった。わしが今から行く。処理はわしの勝手にすると教会の者たちには伝えよ。」
「わ、わかりました。よ、よろしくお願いします!!」
「"TEREPORT”」
下げた頭を教員が上げた時、そこにはもう勇者アリスはいなかった。




