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第106話「封魔」

 湯気の立ち上る大理石に囲まれた空間。ハンネローレは幾日ぶりかに大浴場に来て、全身に溜まった油を、皮脂を、埃を、湯で流していた。

「ふぅ…。」

息が一つ漏れる。大浴場は数年前にハンネローレの設計によって改良されていた。赤色魔用石と青色魔用石を効率的に使い、湯が冷めないようにされていた。そのため、今のような星が輝く真夜中でも、温かい湯に浸かれるのだった。


「今日は新月ですね。」

「へっ!?」

いつの間にか白肌を湯に浸らせる少女がいた。

「あ、アニアさん。ひ、久しぶりですね。」

「はい、お久しぶりです。ハンネローレさん。」

頭の上で結ばれた黒髪と白髪がゆらめく湯面の腕並んだ。

「研究はどうですか? ハンネローレさん。」

「悪くない、と思います。」

「そうですか、それは良かった。今はどんな研究を?」

「銃の研究をしています。魔素を持たない兵の大幅な強化が見込めます。銃があれば、バルトルトさんも死なずにすんだかもしれません…はは。」

無理矢理に笑うハンネローレ。漂う悲壮感と湯気がアニアには重なって見えた。


「左足のそれは義足ですか?」

湯の中でハンネローレの左足は銀色の輝きを放っていた。

「は、はい、魔素によって動く魔導機械義足です。研究中どうしても車椅子だと移動が面倒で、義足を自分で作ったんです。」

「自分で、足を切ったのですか…?」

ハンネローレの両足は自身の白色魔法と今は亡きバルトルトの最後の硬化魔法で固まってしまっていた。ただ外傷はなく、そのまま形を残してハンネローレの体についていたはずだった。

「つ、痛覚遮断魔術を使って、自分で。だから痛みはなかったですよ?」

「そうですか。右足は切らなかったのですね。」

「は、はい。バルトルトさんを感じられる気がして…。」

愛おしそうに、ハンネローレは硬化した自身の右足を撫でた。


湯気の中に息を一つ吐いて、アニアはハンネローレを真っ直ぐに見つめる。

「ハンネローレさん。理由を聞かずに、私からの開発依頼を受けてくださいませんか?」

「…理由を聞かずに、ですか?」

「はい、ことが終われば、話すことが出来ます。しかし、極秘のことですので、今は依頼内容のみしか話すことが出来ません。」

「…。」

無言になるハンネローレ。研究者の端くれとして何に使用されるものかわからない依頼を受けるべきか、迷っていた。


「私が愛している人、ゼベルト様のためなのです。どうか、よろしくお願いします。」

頭を下げるアニア。彼女の誠意に溢れた表情が湯面に映った。

「…わかりました。お受けいたしましょう。」

ハンネローレは依頼を受理した。愛している人と言われ、バルトルトの姿が彼女の脳裏に浮かんだ。湯を浴びた後、ハンネローレはアニアが自分と同じ思いをすることがないようにと、他の研究を投げ打って、アニアの依頼に没頭するのだった。




プラグマ、ゼベルト、アニアの待つプラグマの自室にハンネローレはやってきていた。その手には布に包まれた二つの武器を持っていた。

「お久しぶりです。ハンネローレさん。」

「は、はい。お久しぶりです。」

ゼベルトは久しぶりのハンネローレに挨拶をする。

「改めて僕からも感謝するよ、ハンネ。依頼理由を聞かずに、依頼を受理してくれて。」

「い、いえ。私にはこれくらいしかできませんし…。」

俯くハンネローレ。バルトルトを失ってから、彼女はまた自己否定的な性格に戻ってしまっていた。

「それが、依頼したものですか?」

アニアがハンネローレの持つ布の被った二つの武器を見る。

「はい。こ、これがそうです。」

机の上で、ハンネローレは二つの武器に被った布を開く。

「こちらが私の開発した『魔銃』です。そしてこちらが、勇者の魔素を封印するべく作った『封魔の呪弾』です。」

短剣ほどの大きさの真っ黒でへの字型に折れた武器、それが魔獣。そして禍々しい気を揺らめかせる先の鋭利な弾が机の上で顕になった。


「なるほど、これが銃ですか。」

「は、はい。弓よりも高威力かつ精密性の高い武器です。使うのにもそれほど鍛錬は入りません。ゼベルトさんなら、三日ほどで使いこなせるようになると思います。」

言って、ハンネローレはもう一つ懐から小箱を取り出し机に置く。

「れ、練習の際はこちらを使ってください。『封魔の呪弾』には幾重にも魔封じの魔術や呪術、毒薬などが重ね合わされています。素肌に触れた時点で魔素を練ることが不可能になるので、取り扱いには十二分に注意してください。」

「わかった。基本、この二つの武器は俺が持っておくよ。」

ゼベルトが『魔銃』を抱え、『封魔の呪弾』を懐にしまった。

「高威力と言っていたけど、殺傷能力は高いのかい?」

プラグマが懸念していたことを聞いた。

「た、弾自体には殺傷能力はありません。しかし、弾の重量と弾速のかねあいで、肉体を貫通します。そのため、当たりどころが悪ければ死ぬ可能性があります。腕や脚を狙って撃つことを、お、お勧めします。」

「わかった。ありがとう、ハンネさん。」

またプラグマはハンネローレに感謝の言葉を送った。

「私からも、ありがとうございます。」

「俺からも、ありがとう、ハンネさん。」

3人に感謝されるハンネローレ。しかし彼女の憂いた心にその感謝はあまり響かなかった。

「いえいえ、私にはこれくらいのことしかできません。私は、誰かを守ることも、愛することもできない軟弱者です…。え、えっと、それじゃ私はこれで。」

自己否定的な言葉を並べて、そそくさとハンネローレは退出してしまった。



「…無理をさせただろうか?」

プラグマが眼を瞑る。

「無理というわけではないでしょう。ただ、ハンネローレさんに刻まれた心の傷は大きいということです。」

「そう、だね。」

アニアの説明でプラグマは納得することにした。

「ところで、肝心の勇者を見つけるにはどうするんだ? 勇聖学園の場所は地道に探すしとして、勇者はその中の一人なんだろ?」

「それに関しては、僕に案がある。」

プラグマが魔素を指にためて、宙に文字と絵を描き始める。

「まずプラコ公国を襲撃する。そこに現勇者を誘き出す。その間に勇聖学園の周り一帯に結界を設けて出入り不可能にする。そして、そこにいる人族を鏖殺にしよう。」

あっけらかんとプラグマは言い放った。

「鏖殺ですか?」

渋い顔をするゼベルトの代わりにアニアが聞いた。

「ああ、皆殺しだ。一々左手の甲を確認するのは時間がかかる。勇者が戻ってきては意味がない。そして、勇者は魔王にしか殺されない。人族を鏖殺にしてから生き残った者が勇者だ。その者にゼベルトが弾丸を当てればいい。」

「…。」

言葉を失うゼベルト。学園という名がついている場。おそらく女子供が大勢いる。その者たちを鏖殺にする。ゼベルトには抵抗感があった。

「ゼベルト、君が優しいのは知っている。でも、やるしかない。君は魔王様が大切なんだろう? なら、やろう。本当に嫌だと言うなら、僕だけがやったっていい。」

「…いや、俺もやるよ。」

ゼベルトは決心した。そんなゼベルトをアニアは心配そうに眺めていた。

「アニア。レオンに協力を仰いでもらえるかい? 彼女の転移魔法が必要だ。」

「はい、わかりました。」

(ゼベルト様が決心したのならば)と、プラグマの頼みをすぐにアニアは行動に移す。部屋から退出して、レオンの部屋に向かった。


「ゼベルト。僕は魔王様に永遠を誓っている。キシュルネライト家の家紋はキキョウという東の異国の花でね。花言葉は『永遠の愛』。僕は魔王様を永遠に愛する。絶対に魔王様を死なせない。そのために人族を鏖殺することが必要なら、僕は躊躇いなく鏖殺にする。」

怪しく揺れるプラグマの瞳がゼベルトの紺色の瞳に映るのだった。

「そしてそのためには魔王様の友すらも利用しよう。魔王様の友の中で最強。生物の中の頂点。龍の少女『皇龍』フィラウディアのね。」

「…でも、フィラウディアは戦いを拒否してる。殺しなんてもってのほかだろ。」

「いや、フィラウディアは自己愛の化身だ。自身の愛する友のためなら戦いに対する拒絶すらも厭わないはずだ。僕らがアドナロ王国から帰ってきた時の彼女の反応を覚えているだろう?」

プラグマに言われ、ゼベルトは思い出す。フィラウディアはフィリアルの安否のみを気にしていた。その他の犠牲には一切の憂慮が無かった。

「確かに、そうだな…。」

「計画実行の直前にフィラウディアに協力を求める。緊急性で彼女の決断を急かす。そしてフィリアルに計画が漏れることを防止する。どうだい、何か異論はあるかい?」

「ない。」

「じゃあ、僕らは勇聖学園とやらを探しに行こう。」

「ああ、そうだな。」

ゼベルト、プラグマ、二人も部屋から出ていく。その背中に人族の幼子たちを鏖殺にする覚悟を携えて。

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