第105話「魔族の少女、人族の少女」
「やあ、ゼベルト。」
オーディロダム王城、ジェラルドの死んだ食卓室でゼベルトとプラグマは集合することになっていた。しかしそこにもう一人の魔族の少女が入室する。
「アニアがここに来たということは…、教えたんだね。君は真実を。」
「ああ、教えた。」
「教えていただきました。」
「そうか。まあ、どのみち二人では力不足だったから、丁度いいよ。アニアなら、君のために秘密を漏らしたりしないだろうしね。」
すんなりと受け入れたプラグマ。彼の顔には酷いクマができていた。
「ありがとう、後始末を全部任せて悪い。」
ゼベルトはそんなプラグマの顔を見て、謝った。
「いや、大丈夫だよ。偽装工作に証拠隠滅。そういう頭を捻らすものは僕の分野だ。まあ、代わりと言ったらなんだけど、これからどうするかは全く考えられていないよ。」
「珍しいですね、聡明なプラグマさんが。」
アニアは素直に驚いた。
「君からの評価が高いみたいで嬉しいよ。ただ、僕は万能じゃない。真実を渇望していたのに、知ったらどうすればいいかわからない。腹を空かせて、いざ豪勢な食卓を見たら、それから食べたらいいかわからなくなってしまった、みたいにね。」
「珍しいな、プラグマがそんな例えを言うなんて。」
ゼベルトも素直に驚いた。
「ははっ。僕だって例えぐらい言うさ。」
プラグマはひどく疲弊していた。
「プラグマ、アニアの計画を聞いてくれ。アニア?」
「はい、アニアです。新たな勇者が勇者として成熟する前に殺しましょう。プラグマさん。」
キッパリと少し笑みを加えて、アニアは言い放った。
「なるほど…。確かに可能だね、その計画は。早速、新たな勇者がどこに匿われているか、探す必要があるね。」
疲弊していても、プラグマの頭の回転は速かった。
「話が速くて助かる。ザリグルクの学長さんに話を聞くのがいいと思うんだが、どう思う? ジェラルドと同じやり方なら、話してくれるだろう。」
ゼベルトにもはや情けなど無かった。
「ああ、それで行こう。道中のドゥナロープでダヴィドにも一応話を聞こう。」
「馬車の用意はもうできています。私たちは外で待っていますね。」
「ああわかった。僕は急いで準備してくるよ。」
こうして、3人は武闘国家オーディロダムから連合国ドゥナロープ、そして魔導国家ザリグルクを目指すのだった。
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「こんばんは。私はアニアと言います。お名前、教えていただけますか?。」
「モニカ・モルヴァン…。」
魔導国家ザリグルク。魔導学園の中庭廊下にて、魔族の少女と人族の少女が出会っていた。
「ああ、あなたが天才と呼ばれている。モニカさんですか。」
「一応…。」
アニアの赤い瞳がモニカの桃色の髪を映す。
「私、魔族領辺境の貴族なんです。今回、旅行ということでゼベルト様とプラグマさんについてきたんです。」
「そうなんだ。」
「今頃、学長さんとお話をしているはずです。」
「…。」
アニアは会話をする意思はあっても、モニカには無かった。
「魔族はお嫌いですか?」
「魔族が好きな人族なんていないわ。」
「確かに、その通りですね。」
月光が二人の少女を怪しく照らす。
「私、両親を人族に殺されてるの。だから、馴れ馴れしくしないで。」
強く、拒絶するようにモニカは言った。
「私も、両親を人族に殺されています。おそろいですね。」
ふふっと笑うアニア。対照的にモニカは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「おそろいじゃなくて、お互い様の方が正しいでしょうか?」
「知らないわよ、そんなの…。」
ほんの少しだけ、モニカは罪悪感を感じていた。ただ謝りはしなかった。
「私たち魔族の王、魔王フィリアル様は人族と友になることを目指しています。だから、私と友達になりませんか?」
冗談半分、本気半分でアニアは言った。
「友達だなんて、無理よ。そもそも出会ったばっかりじゃない。」
「それもそうですね…。」
モニカの拒絶は愛も変わらず続いた。それでもアニアは話しかけ続ける。
「私の想い人、ゼベルト様はとても優しい方なんですよ? 両親を魔族に殺されても、自身が人族を殺すことに罪悪感を覚えていらっしゃる…この前は、人族兵の墓で祈りまで捧げていました。」
「…。」
ついに、モニカは黙った。この前、剣を向けてきた男が、そんな罪悪感を持っているなど考えたこともなかった。
「手を握ってもいいですか?」
「え?」
「私、人族の素肌に触れたこと無いんです。」
アニアの白い手がモニカの手に向かって伸びる。
「ちょっと、だけなら…。」
魔族に触れるのは、モニカも初めてだった。月明かりの下で、魔族と人族の少女が手を重ねた。それは神秘的で魅惑的でおとぎ話じみた光景だった。
「あまり、変わりませんね。私たちの肌。」
「そう、ね。」
静寂を二人が包む。二人の手には異物に触った感覚があまり無かった。種族が違うのに、思考も、価値観も違うはずなのに、二人はどこかに共通点を感じていた。
「アニア!!」
ゼベルトの声が静寂を破った。声に反応して、二人は手を離す。
「聞きたいことは聞けた。帰ろう、次の計画を練るよ。」
プラグマも、ゼベルトと共に、アニアの元へやってきた。
「それでは、失礼します。」
「失礼。」
ゼベルト、プラグマはモニカに言葉をかけて、中庭から出ていく。アニアもそれに続く。
「また、どこかで会えるかもしれませんね。モニカさん。」
それだけ、アニアはモニカとすれ違いざまにつぶやいた。
「お婆様、失礼します。」
モニカは中庭から学長室に戻った。ザリグルク魔導学園学長『マリアンヌ・モルヴァン』、祖母にモニカは今日体験した不思議な感覚を話したかった。
「お婆様?」
マリアンヌがその体を机の上に投げ出していた。
「眠っていらっしゃるのですか?」
そう言って、モニカはマリアンヌの顔を覗いた。その顔にある眼は開いているのにも関わらず、何も映していなかった。
「お、お婆様?」
モニカが不自然な傷跡の残るマリアンヌの首に手を添える。
「………。」
無音、無振動。この時、マリアンヌはすでに命を失っていた。
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「どんな情報が掴めましたか?」
魔導国家ザリグルクから魔族領に帰る場所の中、手綱を握るゼベルトの隣に座るアニアはプラグマに聞いた。
「勇聖学園というのがあるそうだ。大陸の中心、世界樹山地の中心、世界樹の麓にある。そこに、将来有望な剣士や戦士、騎士、魔術使いなどが送られる。そこに、新たな勇者もいる。」
「では、そこで勇者を見つければいいわけですね。」
「ああ、でも今度は早速というわけにもいかないだろう。警備は万全だろうし、こちらも相当の準備をしなければね…。」
馬の足音と車輪の回る音が静かな夜の森道に響く。
「とりあえず、よかったと言っていいよな。俺たちはフィリアルを守ることができる。」
ゼベルトは誰にいうでもなく、というより、自分に言うように言葉をこぼした。
「ただ、厄介なのは、勇者を殺しても意味がないってことだね。」
喜びの感情を見せるゼベルトに対して、プラグマは懸念を一つ提示した。
「殺しても意味がない、ですか?」
「ああ、勇者を殺しても、次の勇者、つまり七星のアザを発現させる者がすぐに現れる。だから、殺害は意味がない…。」
「なるほど…。」
言われて、アニアが少し考える。そしてすぐに解決策を考えついた。
「封印してしまいましょう。」
「封印?」
ゼベルトは首を傾げる。
「はい、勇者の魔素を封印しましょう。」
「なるほど、魔素を持たない者が最大限鍛錬しても、魔王に勝てないことはゼベルトが証明しているからね。うん、この計画で行こう。」
「なるほどな。」
話は決まり、3人の魔族を乗せた馬車は足速に魔族領へと進んでいくのだった。




