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第100話「中堅戦」

「ニャハ〜、やっぱりバルトルトみたいにはできなかったな〜。」

血を左手から垂らしながら、ヴェルニャは魔王軍側の観客席に戻った。

「そうね。でもヴェルニャ、よく勝ってくれたわ。左手を出して?」

「はいは〜い。」

フィリアルが労いの言葉をかけながら、回復魔法を発現させ、光でヴェルニャの左手を包む。一瞬で流血が止まり、傷も塞がった。

「素晴らしかったよ、ヴェルニャ。」

「ニャハハ〜、プラグマにほめられるとは珍しい。」

頭をポリポリとかきながら、恥ずかしがるヴェルニャ。


「次は、俺の番だな。」

「ゼベルト様、アニアは信じております。」

立ち上がるゼベルトの手をアニアが握った。

「ありがとう。」

あえてゼベルトは勝つとは言わなかった。ただ自分は全力を出すのみ。心に決めていた。

「頑張ってね〜、ゼベっち。お相手さん結構強いから。」

「わかった。」

「ゼベルト。君なら勝てるさ。」

「ああ。」

ヴェルニャとプラグマからもゼベルトは言葉を受け取る。

「ゼベルト。危なくなったら逃げてもいいのよ。」

フィリアルが冗談めかして言った。やはりフィリアルはゼベルトを姉のように心配していた。

「大丈夫。俺は死なない。」

それだけ言って、ゼベルトはフィリアルの顔を見つめる。そして、仲間たちに背を向けて、決闘場に向かった。


・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・


「申し訳ありません。父上。」

「良かったぜ、シャルロット。良い死合だった。」

敗北した娘を、父であるジェラルドは責めなかった。

「相手がほんの一枚上手だっただけであるよ。怪我は大丈夫でござるか?」

リュウシンもシャルロットを責めない。優しい声音でシャルロットの体を心配した。

「大丈夫だ、治療もいらない。」

返事をして、近づいて来ていた治療術使いを制止するシャルロット。

「この首の傷は、敗北として刻んでおく。」

「拙者としては想い人の身体に傷がつくのは少々、辛いのだがな。」

「私は武人だ。そんな私を、リュウシンは、あ、愛したのだろう?」

「そうでござるな。じゃあ、行ってくる。」

抱き合い、離れ、リュウシンも決闘場へ向かう。

「リュウシン。この決闘、俺らが勝ったらシャルロットと結婚しろ。」

「な、父上!?」

「…承知、絶対に勝ってくるでござる。」

勝利と愛を誓って、リュウシンは決闘場に足を進めた。


・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・


「武闘国家オーディロダム。中堅:『剣豪』リュウシン。」

「はッ。」

国王の呼び声に剣豪が応えた。作務衣のような服に身を包み、腰に刀だけを下げたリュウシン。鎧は何一つ付けず、刀身一体をその身で表していた。


「魔王軍。中堅:『樂剣』ゼベルト。」

「ハッ!!」

魔王の声に応える騎士。リュウシンの前にその姿を表す。魔獣の素材で作られた騎士服を着て、腰に『魔喰らいの剣』を下げる。命の取り合いに慣れきった様相。


ゼベルトの紺色の髪とリュウシンの焦茶の髪が風に揺れる。一人の剣豪。リュウシンは程よい脱力を身体に現し、刀に指をかける。一人の騎士。ゼベルトは柔軟をしながら、その紺眼に相手を映す。決闘場にて、鬼族の剣豪と魔族の騎士が睨み合う。風は止んでいない、それでも、その時は来た。


『ドォオオオンッ!!!!!』

銅鑼が響く。それは開戦の合図。国と国を賭けた決闘が再度始まった。



「ゼベルト殿。」

二人が最初に交わしたのは剣撃ではなく、言葉だった。

「何だ?」

警戒をしながら、名前を呼ばれたゼベルトは返答する。

「負けてはくれまいか?」

「は?」

「いや何、貴殿は相当の使い手と見える。戦わずして勝たせてもらえるのなら、それに懲りないと思ったでござるよ。」

「…ならそっちが負けてくれよ。」

呆れながら、ゼベルトは言い返す。二人を珍妙な空気が包む。


「いや、魔族は人族を虐殺するのだろう? それはさせまいよ。」

少し、リュウシンの黒眼が鋭くなった。

「虐殺する奴に頼んでるって、わかってるか? アンタ。」

「確かに、お笑い種であるな。ははは。」

軽快に笑うリュウシン。

「まあ、別に俺たち魔王軍は虐殺も支配も望んじゃいないけどな。ただアンタらと友好的外交ができればそれでいいんだよ。」

「なんと、そうであったか。魔王も友となると言っていた。そういうことであったか。」

「わかってくれたなら嬉しい。負けてくれるか?」

「それはできん。」

キッパリと、改めてリュウシンはゼベルトの問いに答えた。

「そうか、それは何でだ?」

「好いている女子の前で、男が負けるわけにはいかまい。」

「…それもそうだな。」

「お。お主も拙者と同じか。ならば真剣に死合おうぞ。」

二人は言葉を交わし終わり、お互い共に剣と刀に指をかけた。



(『起こり』が全く見えないな…。)

ゼベルトのリュウシンに対する第一印象。一の太刀、起こりを見抜いて、先の先でゼベルトはリュウシンを即殺しようと思っていた。しかしその起こりが一向に見えなかった。

「…。」

「…。」

無風、無音、無言。静寂をさらに深めた静寂。ゼベルトとリュウシン。互いに互いの一の太刀を見切ろうとしていた。ゼベルトの耳に聞こえるのはリュウシンの脈拍のみ。いくら耳を澄ませても、眼を凝らしても、『起こり』は感じ取れなかった。


 何秒か、何瞬か経って、ついにリュウシンが動いた。細身の曲剣。刀がゼベルトに振るわれる。

「ッ!!!」

ギリギリ、ゼベルトは抜刀し剣で刀を防いだ。その斬れ味は今まで戦ってきたどんな敵よりも鋭かった。

『キィンッ』

甲高い金属音が響いた後、二人は再度離れてお互いに距離を取った。

(危なかったな。先の先に意識するあまり、俺が取られそうになってた。)

甘く見ていたわけではない。ゼベルトの見立てより、リュウシンは何段も強かった。シャルロットは筋肉一部位ごとに魔素強化を施すほどの練度だった。しかし、リュウシンはその段階よりも上、血管一本ごとに魔素強化を施し操り、刀を振るっていた。


(今のを防ぐか…。)

驚いていたのはリュウシンも同じ。彼の剣は刀。素早く、一刀のうちに斬ることに特化した武器。その刀による抜刀剣撃。抜刀術をゼベルトは防いでいた。

(存外、拙者も舐めていたということか。)

リュウシンもゼベルトの力量を見直す。刀を抜刀したまま、それを上段に構えた。

「…。」

「…。」

すると、ゼベルトは剣を水平に構える。それを見て、リュウシンは刀を下段に構え直した。それに応じるように、ゼベルトは剣を垂直に構える。それを見てまた、リュウシンは刀を中段に構え直した。それに応じるようにまた、ゼベルトは剣を斜めに構える。


 互いが互いの構えに合わせて、構えを変える。そんなやりとりが何合も繰り返される。観客たちは黙ってそれを見届けていた。その構えだけで、二人は死合という会話をしていた。その会話を誰も邪魔できなかった。刀と剣による命を賭けた会話。


(そうか、お主。楽器をしていたのだな。)

言葉を交わさずとも、リュウシンはゼベルトがピアノを弾いていることを感じ取った。その戦いの調子が、音頭が、リュウシンに楽器を彷彿とさせたのだった。


(アンタ、農民だったんだな。)

ゼベルトもリュウシンの出身を感じ取った。その深く硬い腰つきと発達した両椀。畑仕事により培われた身体の基盤がゼベルトには見えた。


 そんな二人の言葉無き、刀と剣による会話は終わりを告げた。


「ハッ!!」

先手を取ったのはまたしてもリュウシン。俊速の刀撃がゼベルトの左体に迫る。

「くっ。」

剣撃は間に合わない。そう判断したゼベルトは何とか身体を右方向に跳ばす。しかし、ほんの一瞬遅かった。

『ザシュッ。』

ゼベルトの左脇腹から血が流れる。致命傷ではないが、長期戦は不可能。一気にリュウシン優勢となった。


(チッ。クソっ。また『起こり』が見えなかった。)

脇腹の痛みを堪えながら、ゼベルトは剣を構え直す。少しでも油断を見せたら斬られる。そんな斬気をリュウシンからゼベルトは感じていた。

(俺は、負けるのか?)

失血でゆらめく視界で、ゼベルトは思った。

(負けらない。)

歯を食いしばり、ゼベルトは剣を強く握りしめる。


(『制限突破』って言うのかな。極限状態で最大の力が溢れるんだよね。)

ヴェルニャの声が聞こえた。ゼベルトは『制限突破』は最初の一度きりしか成功させていない。それでもやるしかない。

(『先の先』。相手の前隙を狩る技術ですね。)

バルトルトの声が聞こえた。先の先にばかり集中していたら、最初のように一の太刀の速さで負ける。じゃあどうしたら。

(ゼベルト様は魔素において、零の存在なのです。)

アニアの声が聞こえた。零の存在。零って何だ? 零は零だ。万は愚か、千にも百にも1

にだって勝てやしない。

(ゼベルト殿。聴覚に頼りすぎてはいけません。)

ヴェンデルの声が聞こえた。ゼベルトにはそれくらいしかなかった。よく聴いて、よく見て。先に動き出さなければ、魔素強化された肉体に追い越されてしまう。


『ゼベルト、勝って。』

彼女の声が聞こえた気がした。魔王の声。友人の声。好きな人の声。フィリアルの声。


 今までのゼベルトの全てがその瞬間に集約した。それはまるで走馬灯のようにゼベルトの頭を巡り、突如として現れた。

(『起こり』は見えない。でも、起こり以外の全ては見えている、聞こえている。なら『起こり』だって見えるはずなんだ。)

ゼベルトの視界がはっきりとする。

(俺は零。なら何をかけても零にできる。制限なんて最初から無かった。先の先も、後の先も、何も関係ない。ただ、世界を眼に映して、世界を耳で聴いて、世界を肌で感じて、世界を鼻で嗅いで、世界を舌で味わって。)

ゼベルトの身体がゼベルトの意志に呼応する。

(ああ、全部みえる。)

リュウシンの筋肉が膨れ上がる。魔素がリュウシンの四肢を強化する。刀が魔素を帯びて鋭さを増す。リュウシンが一歩踏み込んだ。


 静寂。刀と剣が空気を裂く音。

そして、二人は交錯し、互いの背後にその身体を止めた。

「ぐはっ。」

ゼベルトが血を吐いて、膝をついた。右脇腹が斬られ、さらなる出血をする。しかし、ゼベルトは死んでいない、そして負けていない。そう勝ったのはゼベルトだった。

「見事。」

それだけ言って、リュウシンは倒れた。否。上半身と下半身が水平に真二つに斬れて、上半身だけが地に落ちたのだった。



「ゼベルト様っ!!!」

「ゼベルトっ!!!」

「リュウシンっ!!!」

ゼベルトとリュウシン。二人を愛する者。アニア、フィリアルとシャルロットが決闘場に殺到する。

「ゼベルト様、嗚呼、ゼベルト様…。」

ゼベルトの脈を測り、膝をついたゼベルトに息があると知ったアニアは、その手を強く握りしめた。

「ゼベルト、今、治療するわね。」

フィリアルも冷や汗をかきながら、黒色の魔素を操り、回復魔法をゼベルトに発現させた。ゼベルトの斬られた両脇腹の傷が治っていく。暖かい黒に包まれ、ゼベルトは眼を開いた。

「フィリアル、アニア、ありがとう…。」

「嗚呼、ゼベルト様…。」

手だけではなく、ゼベルトの体をアニアは抱き締めた。

「良かった…。」

フィリアルも胸を撫で下ろし、心底安堵する。涙が少し、眼尻から溢れていた。


「ああ!! そんな、リュウシンっ!! リュウシンっ!!」

シャルロットの悲痛な叫びが決闘場に響く。上半身と下半身の別れたリュウシン。まだかろうじて息をしていたが、死ぬのは時間の問題だった。回復魔術では治せない、致命的な状態。そう、回復魔術では治せない。ただ、魔法ならば。

「我が治そう。」

魔王然としたフィリアルがシャルロットの隣でリュウシンの体に触れた。二つに分かれたはずの体が一つになる。黄色と緑色。幼い頃、ゼベルトとフィリアルが見た母親エリザベトの回復魔術と同じ光がリュウシンに降り注いだ。


「ぁ…シャルロット?」

「リュウシン!!」

眼を覚ましたリュウシンをシャルロットが抱き締めた。決闘場に抱き合う二組の男女。アニアとゼベルト。シャルロットとゼベルト。彼らは、命がそこに在る事実に幸福を痛感した。



「魔王、助かったぜ。リュウシンは俺の娘婿になる男だからな。」

「そう、ならよかったわ。」

決闘場に国王ジェラルドもやってきた。背中には銀の大剣を背負っていた。

「ただ、これで決闘をお開きにするわけにもいかない。」

「ええ、そうね。死合いましょう。」

二人の王の会話を聴いて、男女二組、ゼベルトとアニア、リュウシンとシャルロットは自身らの観客席へと戻った。二組とも女が男に肩を貸しながら。

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