お似合いの二人
互いに踏ん張り、引っ張り合った反動からウサギと共に伯爵とダリア、サラが一斉に倒れこむ。対するガーベラ王女と仮面の女は、少しぐらついたものの踏みとどまって立ち尽くしていた。
渦中のウサギはというと――自分の手を掴んで離さない、伯爵に腕を取られたまま横向きにごろりと転がっている。
一瞬、顔を見合わせたガーベラ王女たちは「やれやれだぜ」と言いたげに肩をすくめてみせた。
「これは、これは。完全に私たちの負けですね。……とりあえず、起き上がれますか?」
こちらを見下ろすガーベラ王女に、ダリアが慌ててスカートを直す。
立ち上がるどころか最初から少しも動いていなかったかのように、いつの間にか直立不動の姿勢に戻っていたサラはダリアへ手を差し伸べた。特に何ということもない、有能な侍女らしい冷静な佇まいをしているサラだが――その口元は確かに誇らしげな笑みを浮かべている。続けてサラは、伯爵にも手を差し伸べた。
「伯爵――旦那様は大丈夫ですか?」
問いかけるサラは、ウサギの下敷きになっている伯爵にも目を向ける。
美形なこと以外は何もいい所のない空っぽのゴミの中のゴミ箱、中身はないくせに見栄だけは一丁前のクズでアホの大まぬけ。それでも「女好きのプレイボーイ」という不名誉な称号だけは誰にも譲らない大馬鹿者――伯爵は、あくまで紳士を演じながらウサギ自分とウサギの態勢を立て直す。
「怪我はないか?」
「……あれだけ引っ張っておいてそれはないでしょう」
デイジーとダリアに引っ張られた時よりマシだ、と言い返したくなる伯爵だったがそれはぐっと飲み込む。実際、人数による負荷を考えれば伯爵よりこのウサギの方がよほど苦痛が大きかったはずだ。それを慮りつつ、ウサギと共に立ち上がった伯爵は――無駄に整った顔をさっと手櫛で整えると、改めてウサギに向き直り「さぁ」と口を開く。
「そのウサギの面、取ってもらうぞ」
「……」
伯爵の言葉に、ウサギは答えない。白い毛に、血走った目のウサギは何度見ても不気味で伯爵のビビり癖がほんのちょっと刺激される。だがそれでもウサギを真っすぐに見据え、目を逸らそうとしない伯爵を前に――ウサギはそっと、自分の面に手をつけた。
「――お久しぶりです、伯爵」
ウサギの下から現れたのは、茶色い髪に茶色い瞳のどこにでもいる普通の令嬢。平々凡々な顔立ちで、伯爵がさんざん「地味」と零したデイジーのものに間違いなかった。
「……不思議ですね。こうして顔を合わせるのは、なんだか一年ぶりくらいな気がします……」
「そう、だな。大した期間は空いてないはずだが……契約結婚とはいえ、夫婦がここまで顔を合わせないこともそうないだろう」
感動の再会、運命の引き合わせ。そんなドラマチックなものはこの二人に存在しないが――それでもデイジーと伯爵は、確かにこうして相まみえることができた。静かに頷くサラとダリアも、その姿を感慨深げに見つめている。
「さぁ、夫婦の顔合わせはここまでにして……モンターニャ伯爵が確かにウサギの、デイジーの手を取ることができたのは認めましょう。しかし、デイジー嬢はどうします? 私としてはこのままあなたを手離すのは惜しいし、どうしてもと言うのならそれなりの対価を頂きたい、デイジー嬢、あなたはこれからどうしたいですか? そこのスケベ伯爵との契約結婚を続けるために、何を差し出します?」
割り込んで入ってくるガーベラ王女の方を、デイジーがゆっくりと振り返る。
「……私は、このまま自分の国に戻ります。ただ鱗粉大爆発、マーガレット・パールを近づけた責任は取らせていただきましょう……今後、私はガーベラ王女に我が国の情報を報告するとここに誓約いたします」
デイジーのその発言に、伯爵たちが息を飲む。だがサラは心のどこかでそれを覚悟していたのか、努めて冷静だった。ガーベラ王女もまた、さして驚いた様子はなくデイジーを真っすぐに見つめている。
要はデイジー自ら「二重スパイになる」と宣言したのだ。母国への裏切り、重篤な背信行為。両国どちらにとっても信用されない、厄介者のその立場は歓迎されないものだろう。だがそういった諜報関係の事情に一番近い、デイジーとサラは意外にも淡々としておりガーベラ王女もあっさりその状況を受け入れている。
「まぁ、落としどころとしてはそれぐらいがいいですね。何をしたってデイジー嬢が我が国に情報をもたらしたことは、あの王弟殿下にとって想定内でしょうし……よろしい、デイジー嬢とサラにはこの私、ガーベラにも忠義を尽くすということで決着をつけましょう」
それだけ言うとガーベラ王女は「ですが」とデイジーから目を逸らし、代わりに伯爵とダリアへ目を移す。
「ここまで来た以上、あなた方にも協力していただきますよ。社交界でも人目を惹くあなた方からは、有益な情報が数多く引き出せます。美男美女はいつの時代も情報収集活動には欠かせませんからね……しっかり働いてもらいますよ」
含みのある笑顔に、ダリアはなんとなく「恐ろしい女に捕まってしまった」と察し慄くが能天気な伯爵は美男子扱いされて嬉しいようだ。満更でもない様子で了承する伯爵に、ガーベラ王女はさらに続ける。
「何にせよ、これからもデイジー嬢とモンターニャ伯爵には契約結婚を続けていただきますよ。別に不平不満はないでしょう? 伯爵はデイジー嬢を取り戻すために、王家へ直訴して我が国にまで乗り込んできた。デイジー嬢はなんでもないような顔をしながら、心の中では伯爵のことを引きずり私の元へ来る時には伯爵の服の袖を持ち歩いて手放さなかった。あなた方、お似合いの二人じゃないですか。契約結婚によって結ばれた者同士としてはこれ以上に、恵まれたことはないですよ」




