いえいえ
(言っちゃったよこの人……)
そう言わんばかりの静寂が、王城の庭園を包みこむ。
自分の失態ではないが、なんとなく決まりの悪さを感じる。特に何か大きな害のあるわけではないが、言いようのない気まずさがある。ある意味、ここにいる全員の気持ちが一つになった瞬間だった。普段の伯爵の素行を知る人間がいれば「ざまぁw」と笑うかもしれないが、ここは異国である。参加客は伯爵のモテ男っぷりぐらいは聞いていても、品性の下劣っぷりまでは知らない良識的な人物ばかりなのだ……焦げた焼き魚のような苦い空気の中、伯爵は酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
最初は、自分がどういう状況に置かれているのかわからずきょとんとしていた。しかし周りの人間の同情的な視線と、そこに流れる微妙な空気を察するうちに羞恥心で顔を真っ赤にし――それでも何も言えず、黙り込む。
「……人の話を遮って、勝手に話の結末を口にしてしまうのは無礼ですよ」
静寂の中、ガーベラ王女が淡々とそう言ってのける。濃いメイクの下で表情は読み取りづらいが、その物腰は穏やかで動揺は感じられない。仮面の女は「申し訳ありません」と頭を下げるが、そこに罪悪感や謝罪が込められているようには聞こえなかった。ウサギは跳ねるのを止め、所在なさげに立ち尽くしているがそれ以外に何かするでもなく……ダリアが心配そうな顔をする以外、誰も伯爵に救いの手を伸べることはなかった。
第三者から見れば些細な失敗にしか見えないが、普段は徹底的に「完璧な色男」を演じる伯爵にとって今の状況はかなり屈辱的なものだった。女たちには持て囃され、男たちには羨望の目を向けられる。ただ女たらしのクズでゲスなその所業も、伯爵にとっては通常運転であり無駄に高いプライドの確固たる地盤なのだ。それを隣国の、珍妙だとはいえそれなりに位の高い貴族たちの前で打ち砕かれては立場がない……結局、何もできない非力な伯爵に代わり殺人鬼の衣装を纏った者が口を開く。
「申し訳ございません。我々はまだまだその分野に関して素人で、王弟殿下の代理人として任命されたのも突然であったため十分なご用意をすることができず……一介の侍女に過ぎない私が申し上げるのも差し出がましいですが、曲がりも何も『王家の代理人』としてこの茶会に招待された人間です。ここに、心よりお詫びを申し上げます」
――サラの発した「王家」という単語に、またその場の空気が変わる。
そう、紆余曲折あったものの伯爵たちは『王家の代理人』としてここに来ているのだ。最高権力者である国王ほどではないものの、王弟殿下が――珍獣や大道芸を見て喜ぶような不真面目な気持ちからではあるが――自らの口で伯爵とダリア、サラを「『どきどき怪談トゥナイト』における代理人に任命する」と明言したのである。
虎の威を狩る狐、王家の七光り、便乗につぐ便乗――邪道による力の借り方ではあるが、その事実を思い出した伯爵はこほんと咳払いをしてみせる。こういう時だけは切り替えが早いのだ、見た目だけは最強の自分をより良く見せる角度で、伯爵はシャキッと背筋を伸ばす。
「いいえ、今の流れは完全に僕の勉強不足が原因です。せっかくガーベラ王女に設けていただいたこの茶会で、我が国の王家の代理人として馳せ参じたのに大変申し訳ない……これでは僕たちをご指名してくださった国王陛下にも、合わせる顔がないです」
わざとらしく、物憂げな表情を見せる伯爵。その麗しさに無関係の淑女たちがぽっと頬を赤く染め、それを扇で慌てて隠す。嫉妬のためかダリアがそれにぴくっと頬を引きつらせるが、そんな彼女以上に顔を歪めたのはガーベラ王女だった。
サラと伯爵の、謝罪に見せかけた責任転嫁。まともな神経の人間であれば「はぁ?」とブチぎれているだろうが、王女はひとまず眉を顰めて口をつぐむ。
ガーベラ王女は生粋の貴族令嬢である。元は伯爵たちのいる国の侯爵令嬢であったし、今では十二番目とはいえ隣国王家に名を連ねる立派な女性だ。そんな彼女がわかりやすく、感情を見せることはあまりよろしくない事態だが、ここでいつまでも黙っているわけにもいかない。何より相手の話を遮り、そのオチまで言ってしまうという重大なマナー違反をしてしまったのは仮面の女、ガーベラ王女側なのだ。
その仮面の女やウサギと違い、目鼻口の見えるガーベラ王女はポーカーフェイスを作り出すと代わりにこの場を収めるべくにっこり微笑んでみせる。
王家の名前を出されてしまった以上、伯爵の方に否があると言うわけにはいかない。さりとて伯爵とサラ、そして仮面の女がこの茶会の場で大勢の目を集めてしまった以上「いえいえ」という言葉だけで済ますわけにはいかないだろう。
「いえいえ。こちらこそ大変な失礼を働いてしまいました。……この茶会が終わったら正式に、きちんとお詫びいたします。……あとで城の一室に、お寄りくださいますか?」
王女の言葉に、サラが「よっしゃあ!」と小さくガッツポーズする姿を数人の貴族が見かけた。




