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「君とは契約結婚だ。君を愛するつもりはない」「左様ですか。でも私はあなたを契約相手として大切にします」「えっ」  作者: ミント


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はい、さようなら

 人気舞台『怨霊の叫びを聞いてくれ』のスタッフの中に、サラの古い知り合いがいる。


 言われてみれば、そんな話をしていた気がする。ダリアとデイジーがまさかのダブルブッキングを果たし、女同士の激しい争いの末に伯爵の袖が引きちぎられた忌まわしい一連の騒動の発端。それも今となっては、王家の影に関わるものだったのかもしれないが……デイジーがオカルト好きなことは事実だ。さすがにそれだけは、王家の密命や陰謀と関係ない彼女個人の趣味な気がする、そうじゃなければ、あの目の煌めきはありえない。サラの言う通りデイジーは本当に、ホラーや怪奇現象の類が大大大大大好きなのだろう。


 自分の好きなことに関わって生きていける……それはとても幸せなことのはずだ。知識も好奇心もある、それを活かして趣味と仕事を両立させる。誰もが望む、憧れの生活――だが、それは「王家の影」という強大な力で押し付けられるものだろうか。


 一度、王家に目をつけられてしまったら二度とそれから逃れられない。監視の目がある以上、行動は制限されるし不用意なことも口に出せないだろう。そのような制約がある中でも、好きなものに囲まれていればデイジーは幸せだろうか。伯爵との契約結婚も己の行動も全て決められた上で、その後の「幸せ」まで決定づけられることは本当に「幸せ」なのだろうか。


「それじゃあ、デイジー様は振り回されっぱなしじゃないですか」


 ダリアが、独り言のようにそう口を開く。


 小鳥の囀りのように可愛らしいダリアの声、だが俯く彼女から放たれるその言葉には決して明るいものではない。感情的で勝気な面もあるダリア、しかし今の彼女の声音に含まれたそれは一言で言い表せるようなものではなかった。嘆き、哀れみ、怒り、反発。渦を巻き、それを自分でも整理できないかのような彼女はサラへと問いかける。


「ブルーノ様の愛は私のものです。それをデイジー様に譲る気は毛頭ありませんし、ブルーノ様を一番幸せにできる女性は私だけだと思っています。けれど……いくら王家の影とはいえ、デイジー様がこのまま周りの人間に振り回されっぱなしの人生を送るなんて、その、可哀想、なんじゃないですか……?」


「……そうですね。伯爵はどう思いますか?」


 肯定とも思案とも取れる言葉を零したサラに、いきなり名指しされた伯爵は間抜けな表情を返してみせる。美形だが何も考えてないようにしか見えないその顔、だが――伯爵だって、クズなりに考えることがないわけではなかった。


 デイジーを女性として愛しているわけではない。それは紛れもない、胸を張って断言できる揺るぎない事実だ。だから本当は、この井戸に来る必要だってなかった。デイジーなんて所詮お飾りの妻なのだ、王家の揉め事に巻き込まれたのならそれから尻尾を蒔いて逃げ出したって別に良かったのである。契約妻なら、また新しい令嬢を適当に見繕えばいい……それでもダリアの提案を飲み、ポッツオ伯爵家に来たのはなぜか。デイジーを愛するつもりはないのに、なぜ――




「……このままデイジーに……いや、デイジーに関わることで翻弄されるなんて、僕は御免だ」




 伯爵の回答に、ダリアが息を呑む。それでも伯爵はゆっくり、ジワジワと差し迫るように自らの言葉を紡ぐ。


「僕はデイジーを愛していない、これから愛するつもりもない。けど……さんざんこの僕を悩ませておいて、このまま勝手に『はい、さようなら』なんて許せるものか。お飾りの妻としての役割も果たしていないくせに、僕を置いてけぼりにするなんて……認められるものか」


 口に出した言葉に、伯爵は自らの胸のわだかまりが解けていくのを感じる。


 伯爵とデイジーの婚姻は、あくまで契約結婚だ。女好きで、スケベで、アホで、クズで、やっぱり女好きの伯爵が辛うじて貴族としての面子を守るため結婚したにすぎない。プライドだけは高い伯爵が、外野に面倒なことを言われることを嫌って結ばれただけの関係だ。




 だが、そんな伯爵にも――というかそんな愚かな伯爵だからこそ、捨てきれない矜持もあった。




「この僕が、仕方なくとはいえ結婚した女を放っておくなんてしない。ここまで来て、引き下がったらモンターニャ伯爵の名が廃る。……取り返すぞ、デイジーを」


 精一杯、虚勢を張る伯爵は見た目がいいだけの中身のないスカスカ男だ。しかし、そのハリボテでもサラは満足したのか――ダリアとサラは、どことなく満足げな雰囲気を醸し出していた。


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