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「君とは契約結婚だ。君を愛するつもりはない」「左様ですか。でも私はあなたを契約相手として大切にします」「えっ」  作者: ミント


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29/62

落ち着いたサラ

「……それで旦那様は、おめおめデイジー様を置いて帰ってきたということですか」


 心なしか引きつった表情で、サラは静かにそう問いかける。


 伯爵もデイジーもいない間、なんだかんだその場の流れで屋敷の留守を任されたらしいダリアは気づかわし気な表情でそれを見守っていた。伯爵が王城から持ち帰った汚れた皿と割れた皿、欠けた皿と最後に付け足された綺麗な皿。四枚の皿を前に、サラの目はどこか冷たいものを宿していた。いつも飄々としていて、どこか人を食ったような態度の彼女にしては珍しいことだ……と同時に、今の彼女がいかに心揺さぶられているかが見る者に伝わってくる。


 やたら刃物やら凶器やら振り回しているサラだが、彼女はあくまで「デイジーの専属侍女」なのだ。ただ自分が仕える主というだけでなく、唯一の理解者でもある存在。その思いの強さは、伯爵との新婚初夜でも「お嬢様を思う気持ちだけなら誰にも負けません」とのたまっていたことからも見て取れるだろう。


 そのデイジーが実質、王城に軟禁されたとなればさぞかし辛いだろう……女好きの伯爵でなくとも想像しうるだろう、サラの胸中にダリアも使用人たちもみんな言葉を失くす。


 妻を守れなかった伯爵への怒りか、理由もわからず主君を奪われた不条理への嘆きか。何であれ、サラが不満を爆発させ暴れ出しても仕方がない。今までさんざん、凶行に及んできたサラだ。この非常事態に、何をするか――これから起こる展開に周りの人間は不安や緊張、いくばくかの期待を抱きながらサラを見据える。だが、さすがに当事者である伯爵だけは焦った様子で視線を彷徨わせている。学習能力など皆無に見えそうな伯爵だが、さすがに今回ばかりは「本気で殺されるかもしれない」と考えているらしい。若干の気まずさを感じながら、それでもサラの手元を気にして身構えている。


(……見たところ目立った武器は持っていないようだが、コイツはいつも手品みたいにどこからともなく刃物を取り出したりする……クソ、結局デイジーだけが王城に残された理由もわからないし王弟殿下の行動も謎だ。僕は、僕は一体どうしたらいい……!?)


 八つ裂きにされるかメッタ刺しにされるか。それとももっと、酷い事態が待ち受けているか――サラなら、どれでも平気でやりそうだ。

 まずい、このままではデイジーが大好きな死霊どもの仲間入りをしてしまう――そうして屋敷内の緊張が臨界点まで突破した時。サラは――




「――承知いたしました、旦那様」


 サラはすっと無表情になると、落ち着いた声音でそれだけ告げた。




「……えっ」


 思わずそう呟いてしまったのは、伯爵だけではない。

 ダリアも、使用人たちも、野次馬根性で駆けつけてきた庭師も。みんな、拍子抜けするほど落ち着いたサラに肩透かしを食らっていた。しかし、サラは伯爵から受け取ったお皿四枚を丁寧に重ねるとぺこりと頭を下げる。


「……私の直接の主はデイジーお嬢様でございます。そのお嬢様がいないのであれば、私は不要ですね……少し、休憩してまいります。……失敬」


 ところどころ言葉に詰まりながらも、淡々とした口調でそう語るサラ。そこでさっと足早に伯爵の前から立ち去ったかと思えば――屋敷内が混沌に包まれる。


「え、嘘。これで終わり?」

「サラ姉さんなら伯爵ぶっ殺すと思ったのに……」

「いつもデイジー様の話ばっかりしてたのに、こんなもんなのか?」


 一瞬、使用人にあるまじき物騒な発言が聞こえた気がしたが伯爵はそれどころではなかった。呆然として、立ち尽くす彼にダリアがそっと寄り添ってくる。


「ブルーノ様……その、王弟殿下に出会って色々としつこく聞かれたのは本当なんですか?」


「あ、ああ……なぜだか首に手を当てられて、至近距離でじっくり見つめられてな……何がしたいのか全くわからなくて正直、困ったよ」


 伯爵のその言葉に、ダリアの表情が一瞬曇る。かと思うと、しばらく何か考え込むような素振りを見せ……「少し、詳しく聞かせてもらえますか?」と尋ねる。


「王弟殿下は伯爵の首筋に手を当て、顔を覗き込んだんですか? こんな風に」


 言いながら、ダリアはそっと伯爵に手を差し伸べる。その仕草はまさしく、王弟殿下が行ったそれと同じであった。驚きつつ、美しいダリアにそうされて伯爵はだらしなく鼻の下を伸ばしたがダリアは相変わらず怪訝な表情をしていた。どうしたのかと尋ねれば、ダリアは「実は……」と切り出す。


「前に嘘つき対決……どちらがより上手な嘘をつけるかという勝負をすることになったので、私は『実は他国の王族の一人と繋がりがある』と言ってみせたのですが、その時にデイジー様から同じことをされたんです。なんでも、相手の脈拍や瞳の様子を見て嘘かどうか判断する方法なのだと……王弟殿下は、同じことをブルーノ様になされたのでしょうか」


 ダリアの言葉に、伯爵も驚いた様子を見せる。


「そんな対決までやっていたのか」というツッコミはさておき、今のダリアの話が本当であるならデイジーは王家の人間が用いる嘘発見方法を知っていたことになる。しかもよく噂や都市伝説として語り継がれる「王家秘伝の〇〇」とか「王族のみに許された××」とかのような不確かなものと違い、確実にそれが「嘘を見破る方法」だと理解した上での行動だ。偶然とは思えない……そうであるならデイジーが今、王城に囚われたことと何か関係があるのだろうか?




(デイジーの奴……なぜそんなことを知っているんだ?)




 今更な話であるが、デイジーは普通の令嬢ではない。異国のことに詳しい、伯爵に愛されないことは受け入れつつ「伯爵夫人」という立場にはこだわる。そして――もうギャグだとしか思えないほどの身体能力を誇る、専属侍女のサラ。


 一つ一つはメチャクチャだが、この状況ではその裏に何か壮大な背景があるように思えた。同じことを考えたのか、ダリアは不安げに伯爵の服の裾を握っている。いつもはあざとく振舞っている彼女だが、今回ばかりは本心から伯爵のことを心配していた。自分でブルーノ様の最愛というだけあって一応、このアホ男への愛情はあるのだ――そんなダリアの存在に少しだけ落ち着きを取り戻した伯爵は、サラを呼び戻そうとする。


 だが、それより先に使用人――デイジーとダリアの肖像画対決で画家としての才能を開花させた彼が血相を変えて、伯爵の方へと走り寄ってくる。




「――旦那様、大変です! サラの姉貴、じゃなかった、サラ様がいなくなりました!」


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