もう一度、尋ねよう
「僕……ブルーノ・モンターニャは我が国と深い交流関係にある隣国の第十二王子の前に、かつて恋仲であったマーガレット……今のパール子爵夫人を連れて行きました。そこで……彼女の機嫌を取るために、シン王子へ『彼女は美しい』といった旨の言葉を引き出すようにした、のがまずかったから、でしょうか……」
「よろしい、『現国王の弟である私がなぜ、今こうやって貴殿の話を聞きに来たのか』。その回答は、それで正解と言えるだろう。では、次の問題だ。『なぜ、それが問題になったと思う?』」
屈強な兵士たちに囲まれ、拷問めいた方法で激しく追及されるのかと思えば狭苦しい部屋に押し込められた。そこに表れたのは険しい目つきの捜査官や、悪鬼のごとき表情を浮かべる拷問官ではなく――がっしりした逞しい体つきではあるものの、穏やかで紳士的な態度を崩さない中年の男性であった。彼は伯爵のように多くの女性たちから秋波を 送られるようなタイプではないものの、どこか凛々しく整った印象を与える顔立ちをしている。若い頃は大層な美男子であっただろうが、今は加齢によって「酸いも甘いも嚙み分け、経験してきた」という貫禄が滲み出た渋みを感じさせる出で立ちの男だった。
彼は現国王の異母弟であり、その立場ゆえ幼少期は大変な苦労をしたという。その中で上手く立ち回り、時には優れた頭脳を発揮させ、時には黒い手段をも辞さなかったというが今では「王弟殿下」として陛下の相談役や宰相たちとの仲介役もこなす重要人物だ。そんな彼に狭い部屋で向き合い、値踏みされるかのように全身を見回された伯爵は最初こそ目を白黒させぎょっとしたような表情をしていた。
しかしそこから王弟殿下の凄まじい言葉の攻撃――直接的な暴力はおろか怒鳴り声さえも上げないが、一つ一つの言葉選びにいちいち悪意を詰め込んだハラスメントに次ぐハラスメントの「質問」に、伯爵は既にこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。だが、自分は伯爵で相手は現国王の弟として国政への助言やサポートを行うような人間。女性相手には自分の美貌をフル活用し、すぐにフォーリンラブする伯爵もさすがにこの場を上手くかわすことはできなかった。王弟殿下はそれをわかっているのか、にこやかに見える笑みでさらに伯爵へと詰り寄る。
「そもそも、既に妻のいる来賓に対して例えどのような経緯があったにせよ『自分の元恋人を褒めろ』などというのはとんでもないマナー違反だ。シン王子が穏やかで、かつ妻であるガーベラ王女がこの国出身であったから大目に見てもらえたが……それだけじゃない。さて、貴殿も聞いているかと思うが今マーガレット・パール子爵夫人のやらかしたことで王城は少しざわついている。さぁ、それは何だと思う?」
口調だけは丁寧、しかしその裏にある威圧的なオーラは相手が伯爵でなければ誰もが同情するだろう。蛇に睨まれた蛙、見ているこちらがハラハラするぐらいの逼迫した状況。それでも伯爵はなんとか、口を開いてみせる。
「……彼女が、何か罪を犯したのでしょうか」
「ほう、心当たりがあるのか。では、それは一体どんな罪だ?」
それを聞きたいのはこっちの方だ。
そう言い返したくなったものの、王弟殿下の凄まじい圧力を前に口にできるはずもない。ただ伯爵は身を固くし、俯きながらダラダラと嫌な汗をかく。
伯爵とマーガレットの関係は互いに婚姻前のことなので、モラルはどうあれ不義密通にはあたらない。マーガレットが生活に窮した様子や、何か思いつめたように思えたこともなかったようだ。
だが――この世にはさして貧しくないのに盗みを行うものや理由なき犯罪に手を染める者が少なからず存在する。マーガレットは美人だし、少なくとも伯爵の目から見て危険思想の持ち主であったり感情や倫理の欠如があるような人間だとは思えなかった。とはいえ、自らの本性を隠し猫を被る人間なんて掃いて捨てるほどいることはいくら愚かな伯爵でもよくわかっている。
(一体、マーガレットは何をしたというんだ……やっぱりデイジーと結託して、僕を嵌めるつもりなのか……?)
伯爵が相変わらず自己中心的な被害妄想を繰り広げていると、すっとその首筋に指を当てられる。はっと伯爵が顔を上げれば、そこには至近距離でこちらを見つめる王弟殿下の怪しげな笑みがあった。
……これが恋する二人なら胸がときめくラブシーンなのだが、伯爵はもちろん王弟殿下だってその気はないだろう。しかし、だからこそ伯爵は王弟殿下が何をしようとしているのかがわからない。そんな伯爵の混乱をも全て見透かした上で、王弟殿下はゆっくりと唇を動かす。
「――もう一度、尋ねよう。ブルーノ・モンターニャ伯爵。貴殿はかつての恋人であるマーガレット嬢が、何かまずいことをしたかもしれないという心当たりはあるのか?」
一言、一言を確認するかのような王弟殿下の言葉に伯爵は咄嗟に正直な言葉を返す。
「わっ……わかりません。彼女が何か罪を犯していたとしても、僕は何も知りません……思い当たる節も、全くないです……!」
……咄嗟に自己弁護が出てくるあたり、やはり伯爵はクズである。
王弟殿下はそのゲスさを咎めることなく、しばらく伯爵の首に手を当てたままじっと彼の顔を見つめていたが……一人、何かに頷いたような顔をすると「ふむ、いいだろう」と伯爵から距離をとる。
「どうやら、貴殿は本当に何も知らないようだな。となれば、すぐ帰りの支度を始めてもらおう。何、疑われて不快に感じたことはあっただろうが、その埋め合わせは後できちんと行う。まぁ、シン王子とガーベラ王女の件についても色々と説教してやりたいところではあるが……貴殿も消耗しているようだし、また別の機会にしてやるとしよう」
とりあえず、手土産の一つぐらいは用意してやろう。
そう言い残すと王弟殿下は席を立ち、伯爵に背中を向ける。
(……た、助かったのか……?)
それまでかけられていたプレッシャーから一気に解き放たれ、脱力する伯爵はやっとそう考える。
マーガレットが何をしでかしたのかはわからないが、とりあえず「外国の要人に自分の元妻を紹介し、褒めそさせようとする」という行為が非常識であることはこの色ボケ馬鹿まぬけ伯爵にもようやく理解できたようだ。問題はそこだけではないのだが、とにかく伯爵は自分がこの場から解放されるらしいという事実に安心しきってしまっており……「あぁ、ただし」と振り返る王弟殿下と目が合うと慌てて背筋をぴんっ、と針金のように伸ばした。
「貴殿の妻であるデイジー・モンターニャ伯爵夫人には二、三日ほどこの王城で過ごしてもらうよ。何、手荒な真似はしないし決して傷物になるようなことはしたいとここで宣言しよう。だが――これは既に国王陛下も承認済みの決定事項だ。貴殿は不服申し立てなど行わず、大人しく従っておいた方が身のためだからな」




