旦那様は嬉しいですか? 悲しいですか?
『怨霊の叫びを聞いてくれ』のドレスを身に纏った令嬢が二人、伯爵家の屋敷内で向き合っている。
言わずと知れた伯爵の契約妻であるデイジーと、「伯爵に最も愛されているのは自分だ」と食ってかかる愛人ダリア。燃え上がるような赤色のドレスはそんな彼女の闘志を表しているようで……ずっと「どーすんのコレ」と固まっていた伯爵は密かに息を飲んだ。
前に伯爵が図らずも『怨霊の叫びを聞いてくれ』の衣装を身に着けた時、デイジーは「サラの見立ては間違っていなかった」とその姿を絶賛していた。全く心に響かなかったので忘れていたが、おそらく一連の「誰にどの服を着せるか」を決めた大元はサラだったということだろう。自分が忠誠を尽くすと決めた主・デイジーを差し置いてクライマックスの衣装をダリアへと贈るのは本来、褒められた行為ではないのだが――それも致し方のないことだと思うぐらい、赤いドレスはダリアによく似合っていた。
怨霊たちの怒りと恨み、そして最初は怯えているだけだった『怨霊の叫びを聞いてくれ』の主人公の成長が見られる自己主張の激しいデザイン。それは一歩間違えれば派手でけばけばしいとも取られかねないが、ダリアの華のある顔立ちはそれを感じさせない。むしろダリア自身の見る者を引き付ける美しさと、人目を惹く赤色のインパクトが見事に融合し艶やかな美しさを描き出すことに成功している。デイジーの紺色のドレスも似合ってはいたが、もともとダリアの方がデイジーより美人なのだ。際立ったその美しさに、ヘタレの伯爵はもちろん使用人やサラ、デイジーたちまでもがうっとりと見惚れてみせる。
「ダリア様、そのドレス本当によくお似合いですわ。似合うだろうとは思っていましたが、私の想像以上です……」
「な、何よ。そんなお世辞、私には通用しないからね。私はブルーノ様の愛を一心に受ける身ですもの。美しいのは当然なんですからね……!」
「ごもっともです。でも、私は本当にダリア様が美しいからそう口にしているだけで……できれば今の姿を絵に映して部屋に飾っておきたいぐらいです。きっとドレスも、ダリア様のような方に着られてとても喜んでいるでしょう。ドレスは女性の戦闘服ですから、今のダリア様はきっとどこに行っても戦える最強の令嬢です……」
最大級の賛辞を送っているのはわかるが、「最強」という単語の登場にダリアが少し戸惑ったような顔をする。後半の戦闘服の下りはダリアの知らない話なのだ、ドレスと戦いを結びつけることなど普通は考え付かないのだろう。とはいえ一応、デイジーなりの賛辞を述べたことは理解できたらしく得意げな顔をしてみせる。だが、だからといって「勝負」をやめるつもりはないらしい。びしっ、と人差し指を突きつけるとダリアは「だったら、次はポージング対決よ!」と宣言する。
「隣国のシン王子が絵画好きということは、あなたでも知ってるわよね? ブルーノ様のハートを掴み、それを支えるためにも私たちのどちらが最高のモデルになれるか勝負よ!」
どういう理屈だ?
そんな伯爵の疑問符に応える者など、いるはずがない。使用人たちは「おーっ!」と歓声を上げながらそれぞれキャンパスや絵筆を用意しにかかる。……伯爵は取り立てて芸術家というわけでもないのに、なぜ使用人たちの分の画材が存在するのだろう。こうなることを予測してたのか? 冷静に考えたら不自然なその状況だが、そんな伯爵を置き去りにして使用人たちはそれぞれ自らが応援する相手のスケッチを始める。技巧の差はあれど、屋敷内は大量のダリア・デイジーの肖像画で埋め尽くされることになった……
◇
「……そういえば、ダリア様はシン王子とガーベラ様のことをご存じなのですね」
「当たり前よ、この国の貴族なら知らないはずがないでしょう。今度のパーティーにはご夫婦揃ってお越しになるそうだし、私もそのパーティーには顔を出す予定なんですから」
それぞれ、本人たちが最も美しいと思っているらしいポーズで硬直している最中。
デイジーのさりげない問いかけに対し、ダリアはさも当然とばかりにそう答える。美しいドレスを身に纏った令嬢二人とはいえ、その光景はなかなかシュールだ。しかし、デイジーはそのままダリアとの会話を続ける。
「そうですわね。パーティーには子爵家に嫁いだマーガレット様もいらっしゃるそうですし……私も、もちろん旦那様と出席いたしますわ」
唐突に現れた名前その三に、伯爵はびくりと体を震わせる。
マーガレット、それはこの国ではよくある名前だ。そして――つい先日、伯爵と別れた浮気相手の一人である令嬢の名前でもあった。
「そういえば、そうでしたわね。マーガレット様はまだ結婚なさったばかりでしたけど……けど、それがどうしたって言うのよ?」
不思議そうに尋ねるダリアに、デイジーは「いいえ、別に」と穏やかに言葉を返す。ダリアはマーガレットのことなど知らない――伯爵がプレイボーイであることはわかっているが、自分以外の愛人と本妻であるデイジー以外の女性関係まで詳しく把握しているわけではないのだ。しかしデイジーはしっかりポーズを取ったまま、歌うように言葉を続ける。
「マーガレット様は背が低くおっとりしたタイプの女性で、金髪のツインテールがお似合いの可愛らしい方でしたね……結婚してからは落ち着いた様子でポニーテールに髪型を変えたようですが、それもまたお似合いのようです。ふわふわした雰囲気の方で、ダリア様とはまた違った種類の魅力がございましたね……」
淡々と、この場にいないマーガレットの話をするデイジー。ダリアは別にその内容に興味がないらしく、適当に聞き流すと「でも、一番美しくブルーノ様に愛されてるのはこの私よ!」と胸を張る。ただ事情を知る伯爵だけがデイジーの言葉に戦慄し、気まずい思いをしながら妻と愛人のスケッチ大会を見つめていた。
(デイジーの奴……僕の女のことは知り尽くしているとでも言いたいのか……?)
沈黙したまま、戸惑う伯爵。その様相は奇しくも、先ほど冷や水を被ったダリアとデイジーと同じように青ざめていた――そんな彼に追い打ちをかけるかのごとく、デイジーがふと目線を伯爵の方へ移す。
「本当に、そうですね。……旦那様は嬉しいですか? 悲しいですか?」
いきなり話題を振られ、伯爵は「ふぁっ!?」と変な声を上げる。
何も知らないダリアに怪訝な目を向けられ、伯爵は目を白黒させた。かつての愛人が別の男と結婚することを、どう思うか――さしもの伯爵もそんなことを問われては、咄嗟にが上手いことを言えないらしい。いつもはよく回る口が、今は空回りしかせず……微妙な沈黙は、使用人たちの走らせる絵筆の音で搔き消されていくのだった。




