望まれぬ
日にちは進むが、未だにアロクロは帰ってこず、ミーシャは自室の寝台で横になって、ぼーっと天井を眺めていた。
手持ち無沙汰な指で髪をくるくるとまわす。
(すぐに帰って来るって言ってたけど、まだかな……)
変わらない日常のはずなのに、一日がとても長く感じる。
それが歯がゆくて、たまらなかった。
すると、扉が叩かれ、その音だけで誰かわかってしまうミーシャは飛び起きて扉を開いた。
「リズ! どうしたの?」
「建国祭のことなんだけど、ミィはどうするのか聞きたくて……」
ミーシャは、不安な顔をしたエリザベスを部屋の中に招き入れて、お互い椅子に座る。
「建国祭は知っているけど、お城でお祝いでしょ? もちろん、出席しないよ」
「えぇ、それはいいのだけど……ほら、建国祭は他国からも貴族や王族が来るでしょう?」
「一年で一番の祝いの席だっけ? そりゃあいろんな人が招待されるよねー」
「もう、呑気に言っているけど、殿下もいらっしゃるのよ」
「でん……わっ! そうか、そうだよね……すっかり忘れてた!」
ミーシャは、フンゴル王国の王子からプロポーズされていたことをすっかり忘却の彼方に押しやっていた。
ミーシャは、苦笑いを浮かべる。
「で、でもあたしがここにいること殿下は知らないし、あたしも部屋から出ないようにすればいいよ!」
「まぁ……そうね。でも、なんだか嫌な予感がして……」
「リズは考えすぎ! そもそも、殿下にはきっちりお断りをしたし、その時は、少しはわかってくれたみたいだから、大丈夫だよ」
「……考えすぎ……うーん、そうね。ミィのことを知っている人にはできるだけ根回ししておくけれど、気を付けてね」
だが、エリザベスがあまりにも心配するので、ミーシャに不安が移ってきてしまう。
更には、アロクロが傍にいないので不安がじわじわと増加してきた。
「う、うん、そうだね、わかった……あたしも騎士団の人たちには言っとく」
ミーシャの元気が見るからにしおれてしまって、エリザベスは自分で忠告したことだが、申し訳なくなってきた。
「ごめんなさい、あなたを不安にさせたいわけじゃなかったのだけれど……」
「ううん! 心配してくれたのはわかってるし、リズのせいじゃないじゃん!……なんか、アロクロがいないからさ、余計に不安になっちゃって」
一瞬だけ元気は戻ってきたが、またすぐにしょんぼりしながら窓の外を眺める。
「アロクロ様は領地に向かわれたのよね。いつお帰りになるか………そうだ! ミィ、わたしの部屋に建国祭が終わるまでしばらくお泊りしない?」
「えっいいの? お邪魔じゃない?」
「何言っているの? ミィがお邪魔になるわけないじゃない。ルクス様にはしばらく別々でお休みしましょうと提案しておくわ!」
エリザベスは、ミーシャとのお泊りがよほど楽しみになのか、頬を上気させて身体がそわそわと上下している。
遠慮したほうがよいと頭ではわかっているものの、ミーシャもアロクロが部屋にいないのは寂しかったし、なによりエリザベスと一緒にいられるのは嬉しい。
(リズ、うきうきしてる。確かに家では部屋はずっと別々だったから、一緒に寝るのはあまりなかったなぁ……ルクスさん、ごめんなさい!)
「わかった。じゃあ、お邪魔しようかな……ふふっ、パジャマパーティーとかしたいなぁ」
「ぱじゃ?」
「あ、と……お友達同士とかで寝間着でごろごろして、お話しして、お菓子なんかも食べたりするの。やったことないんだよね……」
ミーシャが寂しさと照れが混じった笑みになった。
エリザベスは、聞きなれないそのパーティとミーシャの様子に、やったことがないそのパーティが前世のことなのではと気付いた。
(ミィが前世のこと話してくれた……!)
エリザベスはミーシャの前世に触れないでいたのだが、ミーシャが話してくれたことになんだか嬉しくなった。
「えぇ、えぇ! やりましょうね、パジャマパーティー! ごろごろにおしゃべりにお菓子ね、ふふ、楽しみだわ」
二人が楽しみだと微笑み合ったが、一番割を食うのはルクスであった。
・
・
・
揺れる馬車の中から、外の景色をため息をついて眺める男性が一人。
(ミーシャ……あぁ、愛しのミーシャ、君はオレを置いていったいどこに行ってしまったんだっ!)
(それもこれもあの男のせいだ! 一時的に道を過ってしまったミーシャがその過ちに気付くのを待っていたというのに……まさか、オレとミーシャを引き離すとはっ!)
王子の外面の良い顔がアロクロへの燃え滾る嫉妬で歪む。
フンゴル王国の王子は、結婚を望んでいたミーシャの行方が分からなくなってしまい、絶望に打ちひしがれた日々を送っていた。
しかし、いくら心がすり減ろうともやらなければならないことが多く、今もアトラン帝国の建国祭に参加するために馬車で移動をしている。
(あの者のせいでディーワ公爵家も取り潰す羽目になって、その後処理は大変だったし、ミーシャはいないし……)
「オレはっ、なんと不幸なのだ……あぁ! こんな時、愛らしいミーシャがオレの傍にいてくれたら!」
王子は、きらりと光る涙を浮かべながらため息をつく。
自身の不幸を嘆いているものの、傍から見れば、不幸な自分に酔っているような気配さえある。
そんな一人芝居を続けていると、帝都の滞在先でもある城に到着した。
(はぁ……面倒なのが、エリザベスに会わねばならんとは……しかも、皇帝は銀狼族の血をひいていて……先代皇帝を暗殺しただとか、人を睨むだけで殺したとか、殴り殺したとか……)
王子の足が生まれたちの小鹿のように震え始めた。
「びびってない……びびってなどないぞっ」
震える足で馬車から降りると、エリザベスとルクスが出迎えた。
エリザベスとルクスは、にこやかに形式的な挨拶して迎え入れてくれたが目の奥が二人とも笑っておらず王子の背筋に悪寒が走った。
特にルクスは、にこやかなのも初めだけで、本当に睨むだけで人を殺めてしまいそうなほど視線が冷たい。
「ようこそいらっしゃいました。殿下」
「あ、あぁ……元気そうでなによりだ」
「長旅でお疲れでしょう。部屋にご案内いたします」
エリザベスは他人行儀で、無駄話もない。
王子は、見たことのないエリザベスの態度に生唾を飲み込んで、びくびくしながら二人について行くしかなかった。




