すれ違う
にぎやかな祝賀会場を外側から窓を通して見張る二人の影の姿があった。
「はぁ、貴族の宴ってのはこんなぎらぎらしてんのな」
「町の人にきいたら、結婚式の祝賀会だって………くそっ、エリザベスが本当に結婚する前に助け出してあげたかった!」
ミーシャが心底、悔しがっているのを宥める様にアロクロが頭を撫でる。
「ま、今から助け出すのも遅くないさ……それで、どいつだお前の姉は?」
「桃色の髪に、青い瞳で、この会場で一番美人の………あっ! いたっ、いたよ! リズ………エリザベス……」
ミーシャがエリザベスの姿を見つけると、窓に食い入るように見つめる。
エリザベスは笑顔だったが祝いの場だというのに、元気がないようにミーシャには見えた。
「リズ……元気がない。あの隣が皇帝……あいつ、リズにあんな顔をさせるなんて! やっぱり噂通りのヤバい奴なんだ……」
ミーシャが怒りをふつふつと燃やしている隣で、アロクロは会場の作りや人々を眺める。
「さて、どうやって攫うか……いっそオレが姿を変えて……」
「っ!?」
変なところで言葉が終わったアロクロを不思議に思い、ミーシャが振り向く。
すると、アロクロが見たことがないほど瞳孔が開いて、息が荒くなっていた。
「どっどうしたの、アロクロ……?」
心配するミーシャの声もアロクロには届いていないようだった。
誰かを一身に睨みつけているが、ミーシャにはそれが誰かわからなかった。
「なんで、なんであいつが……生きているはず……」
「そもそもっ、なんで姿が変わっていないんだ……あいつは人間じゃなかったのか?」
何かぶつぶつと呟いていて、どう見ても様子がおかしい。
そして次の瞬間には、何の予告もなしに窓を蹴り破っていた。
「アロクロ! 急に何を!?」
「……あいつを殺さないと」
「こ、ろすって、誰を……? 待ってアロクロ!」
窓を蹴り破ったアロクロは、ミーシャの制止も聞かず会場に飛び入っていってしまった。
窓が割られてから会場はざわつき、貴族たちは混乱していた。
さらに、飛び入ったアロクロが角の生えたドラゴンのような姿に変わり、会場に舞い降りたことでさらに会場は混乱を極めた。
(なっ! どうしてアロクロはこんなこと!?)
「っ! リズ!」
混乱のせいでエリザベスにまで危険が及んでしまうと、ミーシャは急いでかぎ爪のついた縄を窓枠にかけて下ろし、会場に降り立った。
突如現れた魔族に貴族たちは混乱し、悲鳴をあげて逃げまどう。
兵士たちが早急に貴族たちを避難誘導し、魔族を取り囲み始める。
狼の姿となった戦闘態勢のルクスがエリザベスを抱き上げて、魔族から遠ざけた。
「あれはっ……まさか魔族!?」
「エリザベス、兵士に従って今すぐ避難をするんだ」
「なら陛下も」
「オレは戦う。心配するな……オレは頑丈にできているから」
「ですが……」
「ぐああああア! 逃げるナ! クソ野郎がぁ何度でも殺してやル!!」
魔族が尋常ではない怨念のこもった叫びを上げながら、貴族の集まっている場所に突進していく。
エリザベスの心配も聞かずにルクスは四つ足で狼のようにかけて、魔獣に飛び掛かった。
「邪魔するなァ! あいつをあいつを殺させロ!」
「ぐっ……」
魔族が手でルクスを払いのけようとしたが、それをルクスが受け止めてがっちりと掴んで動きを止める。
エリザベスはその光景を見ているだけで気絶してしまいそうだった。
「いや……あれでは陛下が無事ですまないわ」
「エリザベス様っ!」
「ルーニャ!」
ルーニャが群衆や散らかった会場を身軽に乗り越えて、エリザベスの元までやってきた。
「ルーニャ! 陛下を助けないとっ」
「……エリザベス様、皇帝陛下はお強いです。今は信じて避難なさってください」
「……………わかったわ」
エリザベスが避難しようと歩き出したその時、悲鳴しか聞こえなかった会場で懐かしい声が耳に届いた。
「リズー!」
「っ! そんなっ、ミィ? ミィなの!?」
振り返ると、ルビーの瞳に涙をためたミーシャが走ってくる。
エリザベスは、こんな状況が現実なのかと驚く気持ちと、大好きなミーシャに会えて嬉しい気持ちが同時に溢れてくる。
ミーシャは思い切りエリザベスを抱きしめると、エリザベスもミーシャをぎゅっと抱きしめ返す。
ミーシャは嬉しさのあまりエリザベスにほおずりまでして、エリザベスはそれがくすぐったかった。
「リズっ、リズ、リズ!」
「ミィ、本当にミィなの? あぁ、ミィ……」
久しぶりの大事な人のぬくもりを全身で味わって、夢心地になっていたがそうもいっていられない状況だ。
エリザベスがミーシャをはがして、手を握る。
「ミィ、今は一緒に避難しましょう。まさか、こんなところに危険な魔族が現れるなんて」
「アロクロは危険じゃないよ!……いや、確かに今は様子がおかしくなってるけど、でもあたしたちの味方だから!」
「どういうこと? あの魔族のことを何か知っているの?」
「わけは後で話すから、とにかく今は一緒に逃げようっ! 暴れているのはどうしてかわからないけど、結果的にあの悪い皇帝を引き留めてくれてる今の内だから」
「悪い」だなんて言われてエリザベスの頭に血が上ってしまう。
「っ! 陛下は悪い方じゃないわ! とてもお優しいのよ!」
「まさかあの皇帝がリズを唆したの? リズは優しさの基準が人よりも低いからそう思うだけだよ!」
「ミィだって、あんなに暴れてる魔族が味方だなんておかしいわ! ミィこそ騙されているのよ!」
ミーシャは感情を露わにすることは今まで多かったが、今はルクスに危険が及んで心に余裕がないエリザベスまで怒りに感情を任せてしまい、どちらも後を引かず、熱は高まっていくばかりだ。
お互いのすれ違いから言い合いが激しくなっていく。
「リズ! 今は一緒に逃げてよ! きっと離れれば目が覚めるから!」
ぐいっとミーシャに手を引っ張られるが、エリザベスは頑なに動かない。
やりとりを見ていて、しびれを切らしたルーニャがミーシャを睨む。
「妹様ですよね? エリザベス様は困っていらっしゃいますから、これ以上はおやめください! 妹様は心配なさっていますが、陛下はエリザベス様を大事にされていますよ!」
「大事に……? リズを政略結婚の材料にして、親を暗殺したって言われてるような人がリズを大事にしているって言うの!?」
パチンッ
乾いた音が会場に響いた。
エリザベスがミーシャの頬を叩いていた。
ミーシャはじんわりと頬が痛く、こんなことに慣れていないエリザベスも手がじんじんと痛かった。
「陛下を……ルクス様を侮辱しないで……彼は、わたしの……」
「わたしの大事な人なの」
ミーシャは、黙ったままエリザベスと視線を重ねる。
その瞳には、驚きと困惑と、悲しみが表れていた。
エリザベスもミーシャの瞳を見ると、我に返り後悔に蝕まれた。
「………ごめん」
「ミーシャ、ごめ……」
エリザベスの謝罪を聞かずに、ミーシャは手を離すと走り去って行ってしまった。
「ミーシャっ待って!」
エリザベスに、どうしようもできない後悔が心に重くのしかかった。




