過去
静まり返った夜、ディーワ家の屋敷に戻ったミーシャは落ち着かなく、自室で何度目かの荷物の確認をしていた。
それくらいしか今の自分にできることがなく、アロクロのことが気になって身体を休める気にはならなかった。
(アロクロ、仲間たちを安全なところで解放するって言って出ていってしまったけれど、大丈夫かな……)
荷物の確認を終え、部屋の窓から暗くなってしまった外を見つめる。
空は月明りが優しく輝いていて、星もよく見える。
(アロクロ……一緒に来てくれると言ってくれた。一人になるだろうって思ってたから心強い)
(やっと、助けに行ける……リズ……帝国に行ってから手紙を一通もくれなかった。何かあったのかもしれない)
(リズは自分の苦痛に対して、かなり疎くて、自分でも知らずに我慢しちゃう……皇帝に辛い目に合わされていないかな……)
手首には誕生日にエリザベスと送り合ったブレスレットをいつもつけている。
このブレスレットに触れると、遠くにいても繋がっている気がして心が安らいだ。
しばらく外をじっと眺めていると、大きな黒い影が空に浮かぶのが見えた。
目を凝らしてみていると、その影がこちらに近づいてきて、影は大きな何かから人の形に変わった。
「アロクロ?」
空を飛んでいたのはアロクロだったようで、その背にはおとぎ話のドラゴンのような翼が生えている。
今は角もしっぽも隠していない。
アロクロは部屋の窓まで来ると、開けてくれとコンコンと窓を叩いて合図した。
ミーシャはこんなことまで出来るんだと驚きつつ、窓を開けてアロクロを迎え入れた。
「仲間の人たちはちゃんと解放された?」
「あぁ、お前が教えてくれた呪文を唱えたら一人残らず解放されたよ」
アロクロは、仲間が本に囚われているという苦痛から解放されたためか、どこかほっとしたような笑みを見せた。
それにつられてミーシャも安堵の笑みがこぼれる。
「本当に良かった……」
「それで、こうやって健気に待ってもらえるのも可愛いものだが、休むのはどうした? オレのような魔族はなんてことはないが、人間はそろそろ限界だろう?」
「ゔ……だってアロクロも仲間の人たちも心配で、気が休まらなかったの」
「………」
アロクロがじとっとミーシャを見つめると、ミーシャは気まずそうに視線があっちこっちにうろついた。
すると、アロクロがひょいと横抱きにして抱きかかえた。
アロクロの突然の行動に驚いて、胸を押しのけようとしたが無視してミーシャを寝台に放り投げた。
寝台に放り投げられたせいで体勢を崩し、その間に足を掴まれて靴を脱がされ、寝台の遠くに投げられた。
扱いが少し乱暴に思えて、ミーシャはむっとしてアロクロを睨みつけた。
「ちょっとっ、さすがに乱暴じゃない!?」
「乱暴?……あぁ、そうか、もっと気を遣わねばいけなかったな……すまん」
思いのほか素直に謝られてしまって、ミーシャは気が抜けてしまった。
「わ、かればいいけど……」
寝台がぎしりとなって、アロクロの気配が近づいた。
部屋が暗いおかげでアロクロの顔が見えにくいので冷静でいられるかと思っていたミーシャだったが、暗いせいで余計にアロクロの気配に意識が向いてしまう。
「な、なに?」
「何って? オレも寝るんだよ」
「ねっ!? 自分の部屋があるじゃん!」
「もう眠い。今すぐ寝たい」
「さっきは平気だって言ったくせにっ」
アロクロはミーシャの横に来るとミーシャの後ろから腰に手をまわして引き寄せ、ぎゅっと抱きしめて、寝台に埋めさせた。
ミーシャの背中がアロクロの胸にあたる状態だ。
アロクロのしっぽが足に巻き付いて来て、どんどん身動きが取れなくなっていく。
ひとつにリボンで括っていた髪は、指を引っかけられ、するりとほどかれた。
ミーシャの心臓が飛び出てしまうのではないかと、速まる鼓動が聞こえてしまわないかと不安になった。
「嫌なら……命令すればいい。オレは逆らえないからな」
「そんなことしたくないよ。もう命令なんて聞かなくていいよ………あなたを縛り付けることなんてしたくない、から」
アロクロの声が近い。
自分の声は身体は、震えていないだろうか。
(う、うぅ、確かに二人の時はって言っていたけれど、はやいよっ。心の準備が……なにか、なにか……)
ミーシャはどうにか気持ちを紛らわせたくて、頭を必死に働かせて、雰囲気をなくすための質問を考えた。
「ねぇ、魔族はどうして人間と戦ったの? 何があったの?」
「………」
「ごっ、ごめん、言いたくなかったらいいよ」
苦し紛れに尋ねた質問だったが、アロクロの反応からかなり選択としては悪かったと口に出してから気付いた。
しかし、アロクロは小さいため息をついた後、静かに口を開いた。
「……妹がいたんだ。明るくて人懐こいやつだったよ」
過去系で話されたことに、ミーシャは足の先まで冷たくなった。
アロクロの表情は見えないが、彼の声が懐かしむようでもあり、悲しむようでもあった。
「オレなんかよりもずっと魔力の強い奴でさ、次期族長になる予定だった」
「だがある日、人間に興味をもってさ、ついには人間の恋人までつくったよ。人間たちに囲まれて、人間と一緒に生きるんだって言って……あいつはほんと頑固で、こっちが結局根負けしたよ」
「けど……結婚式前夜だった……あいつは婚約者と一緒に殺されたんだ。人間至上主義ってやつらにな……」
「そいつらに一族総出で復讐した。血で血を洗う争いになったよ」
「だが、あの女に封印されてから随分と時が経ったんだな……オレの妹と義理の弟をやった奴らは生きていないんだろうな」
「……今でもあいつらが憎くてたまらない。この感情が落ち着くことはないだろうな」
アロクロはため息をつき、寝返ってミーシャに背を向けた。
ミーシャは解放されたが固まったままだった。
「どうして、守ってやれなかったんだろう……」
アロクロが掠れた声でぽつりと呟いた言葉が、部屋が静かすぎるせいで聞こえてしまった。
ミーシャは、自分では埋めてあげることのできない、どうすることもできないアロクロの心の傷が見えてしまって、痛くて痛くてたまらなかった。
気付くとアロクロを背中から抱きしめていた。
頬をアロクロの背にすり寄せた。
そんなことをしても彼の苦しみを癒すことなどできないと分かっていたが、何もしないよりずっとマシに思いたかった。
「たくさん苦しんだんでしょ……アロクロも、他の魔族の人たちも」
「………」
「もう、自分を責めないで、苦しくなろうとしないで……」
アロクロの肩が細かく震えて、鼻をすする音が聞こえた。
「……見るな」
「うん、見てない」
「何も聞いてないよな?」
「うん、聞いてない」
「少しの間だけそのままでいてくれるか……?」
「うん……」
ミーシャは、日が昇るまでアロクロに寄り添った。




