別れ道
「落ち着いたか?」
「うん」
アロクロがミーシャの隣に座り、肩を引き寄せてずっと頭を撫でていてくれたおかげで、だいぶミーシャは落ち着きを取り戻していた。
アロクロの手は冷たくて、それが心地よくてついまったりとしてしまう。
(結局気持ちを全部吐き出しちゃった……でも、まさか受け入れてくれるなんて……)
横を向けばアロクロの優しく微笑む顔が見えて、つい視線を前に向けてしまう。
そんな反応をしてしまうなんて、まだ完全に素直になれないのかと自分に嫌気がさす。
しかし、その気持ちが見透かされたようにアロクロが笑うので、ミーシャは頬を赤らめてまた顔を膝にうずめた。
(こ、これは心臓がもたないかもしれない……)
(落ち着け……落ち着いて………)
(………ん? そういえばあたし、何か大事なことを忘れているような……)
頭を冷やしていくと、じんわりと重要何かを忘れているのでは、と引っかかった。
「あっ!!!」
「どうした?」
ミーシャは勢いよく立ち上がって、アロクロの腕を引っ張り上げた。
「大事なこと忘れてたっ、あたしあの子に話しを聞かなきゃ! あの子も前世の記憶を引き継いでいるみたいだったし、あたしよりもずっとこの世界に、物語に詳しそうだった。あたしの知らないようなこと知っているかも」
「フゥン……だからあの小娘も本の場所を知っていたのか。よし、ひっ捕まえるか」
「乱暴はなし!」
二人は濃い霧の中はぐれないように距離を近くに保ったまま、急ぎ足で主人公のもとに戻った。
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「えっ!?……いないってどういうことですか?」
「ロギア教国の者たちがあの娘を保護していった。この妖精の森に出現した身なりの不思議な少女……女神と何かつながりがあるか、聖女の可能性もあるからな。それを調べるのだろう」
「調べるのだろうって、殿下は反対されなかったのですか?」
「何故オレが反対せねばならんのだ? あの娘、見かけもだが言動もおかしかったから正直連れて行ってくれて助かった。オレを見て狂ったように騒いでいたしな……」
「そ、そんな……」
王子に主人公の居場所を尋ねたが、まさかの答えが返ってきた。
自分の気持ちの整理がつかなかったといえ、大きなチャンスを逃してしまい、ミーシャはがっくりと肩を落とす。
アロクロが慰めるように肩をぽんぽんと叩いた。
その行動が王子の逆鱗に触れる。
「お前、いい加減にしろっ! ミーシャの友人と言ったがベタベタとミーシャに触りすぎだぞっ!」
「あぁ……もう『友人』ではないので、いいのではないですか?」
「は、はぁ? 友人ではない、だと?」
アロクロは、どういう関係かを説明をしきることなく、にこりと微笑むだけだった。
しかし、ミーシャの顔を見ると今まで王子が見たことがない、恥ずかしそうに頬を赤く染めて、下を向いていた。
ミーシャの表情で悟った王子が膝から崩れ落ちた。
そして、半泣きになりながら、アロクロを指さす。
「う、嘘だっ! ミーシャがお前のようなどこの馬の骨かわからんような奴と……」
「そうですねぇ、これからお互いのことをゆっくりと知っていく予定ですよ。深く……それこそ殿下の知らないようなことも、ね」
アロクロが口に弧を描いて、意味ありげなことを言うと、王子ががばっと立ち上がり、ミーシャの両肩を痛いほど掴んでゆする。
アロクロが不機嫌そうな顔をしたが、ミーシャが大丈夫だと視線をおくると、王子を睨むだけにとどまった。
「ミーシャ、本当にこんな奴がいいのか? オレでは……オレではダメなのか?」
王子があまりも辛く、半ば悲鳴をあげるようにミーシャに言い寄るので、ミーシャはなんだか可哀そうに少しだけ思ったが、ミーシャの意志を傾けるほどではなかった。
「殿下、何度も申しましたが殿下との婚約は受け入れられないです。殿下は、あたしの大事な人を大事にしてくれなかった」
「それに、あたしの気持ちも大事にしてくれなかった……」
「だけど、アロクロは……彼はあたしに歩み寄ってくれた。それが何かが崩れてしまいそうだったけど、でも嬉しくて……」
「あたしはアロクロが好きなんです。殿下にこの気持ちはあげられないし、変えられないです」
ミーシャはまっすぐ王子の目を見て想いを伝えた。
こうして自分の気持ちを素直に伝えることぐらいでしか、誠実になる方法が見つからなかった。
「………」
「…………っぐず」
王子は力なくミーシャから手を離すと、背中をみせた。
しばらくして振り向くと、王子の鼻は赤くなっていた。
「ぐずっ……今は、それで納得することにしよう。しかしっ、その男が嫌になったらすぐにオレのもとに戻って来るのだぞ」
「戻るって、一度たりとも殿下のもとにいた覚えがないのですが……」
「それまで、しばしの別れだなっ……愛しているぞ、ミーシャ!」
王子は人の話を聞いているのかいないのかよくわからないが、それだけ言い放つと、腕で目を擦りながら走り去ってしまった。
ミーシャはこれが最後の別れになるとも思っていたのだが、身を引いてくれたのだから、少しは自分の気持ちを理解してくれたのかな?と思うことにした。
「はぁ……やっと解放された」
「フフフ、オレへの気持ちをちゃんと言えたな。えらいえらい」
アロクロはミーシャの言葉を聞いて上機嫌に変わっていて、ミーシャの頭をよしよしと撫でる。
人目がある場所ではやめてほしいという思いから、少し反発してアロクロに撫でられないくらいの距離をとった。
「撫でられるのは嫌か?」
「いや………じゃないけど、人目があるじゃん……」
「ふむ、他人の目を気にするものなのか……気をつけよう」
案外すんなりと受け入れてくれて、少し意外に思ったが「二人の時なら、もっと触れていいんだな。そうか」と呟いて、随分と曲解して受け取られてしまった。
あたふたとするミーシャに、これまたきれいな顔でにやりとアロクロが笑う。
その言葉の意味を考えてしまって、アロクロの雰囲気にのまれてしまいそうになったが、ミーシャはなんとか視線を外して耐え抜いた。
「と、とにかく、これで本は全部集まったんだよね。よかったね。早く、アロクロの仲間たちを解放してあげないとね」
「あぁ、ミーシャのおかげだ。ありがとう」
「う、うん……」
嬉しそうにアロクロが微笑むので、ミーシャはなんだか嬉しさと達成感とで気持ちが溢れて泣いてしまいそうだった。
しかし、これからの自身の大事な目的を覚悟すると浮かれてばかりではいられなかった。
「あたしは準備ができ次第、エリザベスを助けに行く。アロクロ、もし、できれば……」
アロクロに危険で、彼にとっては複雑だとわかりつつも頼んでみようかどうかと悩んでいると、ミーシャはアロクロに鼻をきゅっとつままれた。
「行くに決まっているだろう? でも、その前にお前は一旦休め。それから一緒に行けばいい」
「本当?」
「フフ、あぁ」
鼻がつままれて変な声になっていたのを笑われたが、アロクロは共に行く約束をしてくれた。
ミーシャは、それが嬉しくて表情が明るくなった。




