満ちていく
「ミーシャ! ミーシャどこだ!?」
濃い霧の中、アロクロは必死にミーシャに呼びかけた。
「ミーシャ……!」
ミーシャが木の根元で小さくうずくまっているのが見え、急いで駆け寄った。
ミーシャの身体は、怯えるように細かく震えていた。
アロクロは、目の前に膝をついてしゃがみ込み、ミーシャに優しく語り掛ける。
「ミーシャ……大丈夫じゃないな。どこが辛いか教えてくれ」
心配されて、名前を呼ばれても顔を上げようとしない。
それえでも、アロクロはミーシャが反応するまで待った。
「………心が……心が辛い」
「どうして、心が辛いんだ? 原因はあの娘か? それとも、オレか?」
「違うの……あたし自身の問題なの。あの子もあなたも、なにも悪くない。ただ、辛くて、怖くて……」
ミーシャは泣いているのか、くぐもった声は震えていて、時折鼻をすする音が聞こえる。
アロクロがそっと、優しくミーシャの頭を落ち着かせるように撫でる。
「ごめんなさい。あたし、たくさん、たくさんあなたに隠し事して、嘘ついてた」
「あたしの姉、エリザベスは本当は聖女なの……あなたが聖女に憎い気持ちがあると思って、言えなかった。ごめんなさい……」
「それに、信じてもらえないかもしれないけど、あたし前世の記憶があるの。前世の世界では、今あたしたちが生きているこの世界が物語として存在していて……だから、本の場所を占いで見つけたとか嘘で、元々知ってた。だから今まで探し出せたの」
「あなたはその物語の登場人物の一人で、それであなたの存在を知ってた……あなたが好いていると言ってくれたけれど、それはあたしが本を集めていたからなんじゃないかって、とても不安になってしまった。あなたのその気持ちが物語に沿った設定でしかないんじゃないかって!」
「それでも……」
「アロクロ、あなたが好き……」
アロクロからすれば訳の分からないことを口走っているので、伝えたいことの半分も伝わっていないだろうと思った。
だが、ミーシャはそれでも謝りたくて、気持ちが抑えられなくて、声を絞りだし、ついに吐き出してしまった。
こんな隠し事がたくさんあって、訳の分からない自分なんて、避けられるかもしれない。
そうなっても仕方がないと思い、最後にアロクロの顔を見ようとミーシャは涙で濡れた顔を上げると、アロクロは避けるどころか顔が近づき、ミーシャの額に口づけをした。
アロクロがゆっくりと離れると、ミーシャは訳が分からず放心していた。
「それで、その話の中にお前が悪いという要素があったか?」
「でもっ、いっぱい隠し事して……」
「お前は姉を守らなければと判断して話さなかった。善意でオレの仲間を助けた。それだけだろう? それの何が問題だ?」
「………」
「それで……物語の話しだが、つまりはオレが本当にお前のことを好きか不安だということか?」
あんな説明下手な話をかなりかみ砕いて理解しようとしてくれたようで、驚いた。
ミーシャは、アロクロの質問に対しゆっくりと頷いた。
「なら、お前が安心するまで、何度でも……一生かけてお前を口説き続けることにしよう」
「不安なんて考えられないくらい。オレのことしか考えられなくしてやるから、その覚悟だけしておけ」
アロクロは艶のある声で囁き、怪しく微笑む。
しかし、まっすぐ見つめるその紫の瞳の奥には隠しきれない愛情が見えていた。
まさかそんな甘いことを言われると思ってもみなかったので、ミーシャは今頃になって恥ずかしさに耳まで赤くなった。
「あ、の、それちょっと恥ずかしくなるというか……あの」
「別にこれから起こる本当にことだ。何が恥ずかしいんだ?」
「だってその……」
「やはり、こういうこととなると途端に弱いな……またそこも愛らしいとは思うが」
「あっ!? いら?」
ミーシャに恥ずかしさの限度がきてしまって、頭から湯気がでてきてしまいそうなくらい顔が赤いし、混乱する。
しかし、混乱するミーシャを追い込むようにさらにアロクロは距離を詰める。
アロクロの冷たい手に頬を優しく撫でられ、視線が重なり顔が近づくと、ミーシャは身体が強張って、きゅっと目を閉じる。
アロクロが仕方ないな、というように冗談っぽく笑う。
「フフ、そんなに緊張するな」
「だ、だって……」
ミーシャが目を開いたときには、アロクロと自身の唇が重ねられていた。
本当にただ重ねただけなのだが、アロクロの気持ちが流れ込むようで心地よくて、ミーシャはゆっくりと目をつむった。
アロクロが離れた時には、心地よさと寂しさが心に残る。
「名前をもう一度呼んでくれ」
「………アロクロ、好き……」
「フフ、オレもだ……好きだ、ミーシャ」
唇が重ねられるたび、ミーシャは心が温かく満たされていくのを感じた。




