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ミーシャと王子が女性の叫び声がした場所に着いた頃には、全て終わっていた。
大きな熊が血まみれになって倒れている姿と、高校生のような制服を身にまとった、黒髪のあどけない顔の少女がアロクロに引っ付いている状況が目に入った。
熊に襲われた少女をアロクロが助けたのだろう。
王子は、一体何があったのかと驚いていたが、アロクロに「後で事情は聞くからな!」と言い放ったあと、この熊の処理をしなければいけないかと騎士たちに指示を出しに行った。
ミーシャはその間、心臓がドクドクとなって、血液が全身を巡り、身体が硬直し動けずにいた。
(あ、あの子は……主人公、だ。でもどうして今頃!?)
「はっ! というかあいつこんなでかい熊と戦って怪我はっ……」
やっと思考が追い付いて、身体が動き出し、二人に駆け寄る。
「うあああああん! 怖がったよぉ、アロクロ様ぁ!」
主人公がアロクロの腕にしがみついて、激しく泣きじゃくっていた。
アロクロは眉をひそめて、迷惑そうにしていたが振り払うことはしなかった。
「振り払おうとしない」というのがミーシャに引っかかって、ほんの一瞬アロクロに駆け寄る足が止まったが心配の方が勝った。
「大丈夫? 二人とも怪我はしていない?」
「あぁ、オレがこんな奴に引けをとるわけないだろう?」
衣服が血で濡れていたがすべて返り血のようで、ミーシャはほっとして少し微笑んだ。
アロクロの腕をがっしりと掴んだまま、主人公が息をはぁはぁと切らしながら、アロクロをまじまじと見つめていた。
「う、うぅ怖い思いしたけど、カッコいい……推しがリアルに、声を発して息してるぅ……」
「とにかくこの小娘を引きはがしてくれないか? 無駄に力が強いし、うるさくてかなわん」
「じ、自分で離したら……」
数秒前まで心配していたというのに、ミーシャは冷たくふいっと視線をそらして言い放ってしまった。
アロクロは顔をしかめると、主人公の首根っこを掴むと無理やり自分の腕から引っぺがした。
「言っておくが、今までこの小娘を振り払わなかったのは、お前が『乱暴者』なんていうから印象改善しようとしただけだぞ」
「べ、べつに何も言ってないよ」
「フーン……」
アロクロが顔をじっと見てくるのでミーシャは必死に顔を背けた。
(って、なんでみっともない嫉妬なんかしているの! それよりも大事なことがあるのにっ)
「ね、ねぇあなた、本を……」
「あっあの、アロクロ様! 助けていただきありがとうございました! これどうぞ!」
ミーシャが本について聞こうとした時、主人公が肩にかけていた鞄から、一冊の本を取り出すと興奮しながらアロクロに押し付けた。
魔族が封印されている本だ。
「っ! なぜお前がこの本を持っている……? それに、何故オレがこの本を探していると知っている?」
「それは、えーと……とにかくっ! 起きたら目の前にあって、ここにアロクロ様の仲間が封印されているんですよね! 大丈夫ですっ、あたし全部場所分かるんで一緒に探しましょう!」
アロクロは本を受け取り、この得体のしれない少女のことを訝しんで顔をしかめた。
「それは必要ない。これで最後の一冊だ」
「えぇ!? どういうことですか!?」
「ここにいるミーシャが手助けしてくれたからな……それでミーシャ、この娘のことを知っているか?」
「知っている……というか……」
(なんて説明したら……)
ミーシャがどうアロクロに説明しようかと悩んでいると、主人公が涙目になりながら目の前に立った。
「あなたが残りの本を全部集めたって、ちょっとどういうこと!? せっかく大好きな乙女ゲーに転生したと思ったのに……これじゃアロクロ様を攻略できないじゃない!」
「こ、攻略って……」
「あなたが残りの本を全部集めちゃったら、もうできないじゃないって言ってるの! あぁ、もうっ、アロクロ様が助けてくれてシナリオ変更されてるのと思ったらこんなんなんて! どうしてくれるのよ!」
主人公はかなり困惑していて、次から次へとミーシャにはいわれのない不満をぶつけてきた。
しかし、ミーシャは主人公が言い放った「攻略」という言葉に何かが崩れてしまった。
(攻略……攻略って、別にあたしはそんなつもりないっ)
(ただ、この人の仲間を助けたくて、この人を助けたくて、笑ってほしくて……)
(……彼はあたしを好いているのではなくて……本を見つけてくれた人を好いている?)
(そういう『設定』だから……?)
ミーシャの視界が揺れて、色あせていく。
「あなたミーシャ?って言ったわね………あれ? でもこんなキャラクター……むぎゅっ!?」
「そろそろ、その煩わしい口を閉じろ。ミーシャにつっかかるとはどういうつもりだ?」
しびれを切らしたアロクロが主人公の口を片手で鷲掴み、塞いだ。
痛みがあるのかまた主人公は「ひはいれふ!」と訴えていたが、アロクロが冷たく睨むので元気がしおれていった。
「ごめん、気分悪い……」
「っ! ミーシャ!」
ミーシャは、口を押えて逃げるようにその場から走り去った。
アロクロが呼び止めても聞かず、すぐに追いかけようとしたが主人公が服を引っ張ってきてすがるよう見つめてきた。
「アロクロ様! あたし、本当にあなたのことが大好きでっ、ずっと想ってきたんです。だからっ」
「本のことは礼を言うが今はお前の戯言を聞いている暇はないっ、離せ!」
「そんなっ、戯言なんかじゃ……」
「あいつは……オレにとって大事な女なんだ。頼む……」
主人公は、ぽろぽろと泣きながら震える手をそっと離した。
アロクロは「すまない」と一言いうと、ミーシャを追って走り去った。




