好いて
ミーシャは、昼は王妃の教育に追われ、夜に抜け出して本を集めるという生活を続けており、目の下にクマができて明らかに疲弊していた。
アロクロがいくら休めと言っても聞かず、かなり焦って何かに追われているように見えた。
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ミーシャは父の部屋に呼び出された。
部屋には暖炉があり、何かを燃やしたような灰が積もっていて、少し気になった。
父に呼び出されたと聞いて、何故かアロクロまで引っ付いて来た。
さも当然に部屋に入り込んできたアロクロを見た途端に、父は顔を真っ赤にしていたが、アロクロはすました態度で堂々といる。
「な、なんでその男がまだいるんだ!? 早くこの屋敷から出ていけ!」
「彼は……王都ですることがあって、遠方から来ているのです。それも、もう少しで終わりますので、そうすれば出ていきます」
「何故それまで待たねばならんのだ! いい加減……」
「ディーワ公爵」
アロクロがにこりと微笑んでいるが、目の奥は笑っていない。
それに何かを感じとったのか父は情けなく「ひぃっ」と小さな悲鳴をあげていた。
「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません。ですが、あと少しの滞在となりますので、それまでどうかご容赦ください」
お詫びをして、許しを乞うているはずなのに、威圧的すぎて父が委縮している。
ちょっとその姿がみみっちく感じて、面白くてミーシャは心の中で笑った。
「それでお父様、用事というのは何でしょうか?」
「んんっ……殿下が妖精の森への調査にお前を同行させるとのことだ。すぐ準備しなさい。粗相のないようにな!」
「妖精の森……」
ミーシャの顔が強張ったことにアロクロは気づいたが、父は気づいていないのか準備に部屋に戻れと言ってミーシャとアロクロを部屋から出した。
「妖精の森に行きたくないのか? 行きたくなきゃバックレちまってもいいだろ?」
アロクロに見透かされていたことに少し驚いて、ミーシャは目を丸くしていたが、うーんとうなだれて考え込んだ。
「いや、最後の本が妖精の森にある………はず、なんだけど」
「はず?」
魔族が封印された本は残り一冊になっていた。
しかし、その最後の一冊が問題だった。
初めに地図に本の印の場所を記した時に、妖精の森には印をつけていなかった。
そこにあるかどうか正直わからなかったのと、そこに行きたくないという感情もあった。
(妖精の森は、本来は主人公が出現する場所だったはず……本当に主人公が現れたらって、今まで足が向かわなかったな……でも、今はそんなこと言っていられない)
(主人公が目覚めた時に持っていた本……それが最後の本だから)
ミーシャは、今までアロクロと本の回収で時間を共にしてきて、アロクロに極力情が湧かないようにしてきた。
しかし、全ての本を回収できると期待させておいて、できないときのアロクロの落胆を考えると胸が苦しくなった。
「……最後の本は妖精の森で手に入るか、正直わからない。隠していてごめんなさい」
ミーシャはアロクロに頭を下げた。
アロクロにこんな重要なことを隠していて、怒るだろうかと思ったが下げていた頭をぐりぐりと撫でられた。
きょとんと抜けた顔してミーシャが顔を上げた時、アロクロはしょうがない奴だと言わんばかりの表情で笑っていた。
「はぁーあ、なんでお前が謝るかな? 今まで奇跡かってくらい順調に集めてきたんだ。それはミーシャ、お前のおかげだよ。オレ一人じゃもっと時間かかってただろうし」
「それなのに感謝こそすれ、怒るわけないだろう? それか、オレはそんなにみみっちい男に見えてたか?」
アロクロは冗談っぽく、苦笑する。
ミーシャは撫でられた頭をさすりながら、ゆるゆると首を振った。
「フフ、だろ? だからそんな心配するな。見つからなかったら、他の奴らの封印を解いて、全員でしらみつぶしに探すさ」
「……あなたって、思ったより優しい人だね」
「おい、今頃か? というか、オレのことどう思ってたんだよ」
「人の言うこときかない乱暴者?で距離感ない奴?……でも、仲間想いで、情に厚いかな」
「……好いてる奴への距離なんてこんなもんだろ? 人間は違うのか?……ま、そこに『優しい』も追加しておけ」
「は? 好いて……え?」
アロクロの言葉が処理できずに硬直していたが、ミーシャは頭の中を整理するのにフル回転させた。
(……え? すいて、スイて? 好いて? 好き?)
(いやいやいやいや、でも、あれだよあれ。友だちとして! うん、そう! それだ)
「そう! そっか、うん、わかるよ。友だちとしてね。あはは、はは」
「……大丈夫か? 耳まで赤いぞ」
「あ、はは、なんか今日暑いね! さ、準備しなきゃ」
ミーシャは、手で顔をはたはたと仰ぎながら、早足で歩いて行ってしまった。
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「やぁ、愛しのミーシャ! 元気だったかい? オレはね、君と離れている時はいつも君のことを想っているよ。昨日の夢にだって……」
屋敷に王子に騎士団と、そして何故か神官数名のご一行がミーシャを迎えに来た。
そして、王子はミーシャに会った途端に脳みそが花畑に行ってしまったようだ。
ミーシャがゴミを見るような目で蔑む視線をおくっていたが、相変わらず王子には効果がない。
話が一向に進まなさそうなので、ミーシャが王子の言葉を遮った。
「殿下、それでどうして妖精の森に?」
「今日は天気もいい。だから二人でピクニッ……んんっ、いや、実は妖精の森が少々様子がおかしいらしい。あの森は妖精の生息地とされていて、聖なる力で満たされた森だ。しかし、それに乱れが出ているようでな。もしや、妖精に何か変化があるのかもしれん」
「妖精は女神の力を司る大事な生き物……何かがあっては大事だからな」
そう言って、王子は神官をちらりと見た。
ミーシャの前でデレデレな顔ばかり見せていた王子が神妙な顔をするので、ミーシャは何かあるのかもしれないと勘ぐった。
「……で! 何故この男がまだミーシャの傍にいるのだ!?」
さも当然のようにミーシャの隣にいるアロクロを王子はびしっと指さした。
「そいつ、傭兵団にもいただろう! 何者なんだ!? あと、ミーシャと距離が近いっ離れろっ」
王子は、質問を重ねつつ、ミーシャとアロクロの間に両腕を差し込んで広げ、距離を無理やり開けさせた。
ミーシャは押しのけられたが、アロクロは腕を組んで仁王立ちしたままその場から動かず、王子を睨んでいた。
ミーシャは王子に言われてまたアロクロとの距離が近くなっていたことに気付いて顔が熱くなっていたが、王子が引き裂いてくれたおかげで距離をとることができて数歩離れた。
「殿下、彼は友人です。しばらく屋敷に滞在しているのです。彼も妖精の森に用があるので同行させます」
「たいざいぃぃ!? ミーシャと、同じ、やねのしたぁ!? お、おい! この男に何もされていないよな!? 無駄にきれいな顔をしているが、男はみんな獣だぞ!」
(殿下が言うか……)
王子はその獣を前面に出しているくせに、アロクロを責めるのかとミーシャは呆れてため息をついた。
「変な想像はおやめください。彼とはそのような仲ではありませんし、用事が終われば、彼は屋敷からでます」
(そう、そうだ……今回の本が見つかれば、アロクロと一緒にいる意味がなくなる)
(お別れ……なんだ)
自分で言葉に出すと実感がわいて来て、心に冷たい風が吹いたような気がした。
「ぐぬぬ、いや駄目だ! 数日滞在していただけでも耐えられぬ! ミーシャがもしも、もしもこやつに……うぅ」
今にも泡を吹いて倒れそうなくらい顔を真っ青にしていたので、騎士たちに言って王子を馬車に放り込んでもらった。
ミーシャは王子と同じ馬車に乗る気などさらさらないので、あらかじめ馬を二頭引き連れてきておいた。
「ミーシャ」
「な、なに?」
アロクロに急に呼ばれて、声が裏返った。
ミーシャは振り返えることをしなかった。
「次で最後だな……本があってもなくても、とりあえず、ありがとな」
アロクロの声は優しかった。
ミーシャは、何故だか泣きたくなったが、そのまま馬に乗った。
「もし、見つかったら仲間と一緒に遠くに行ってね。あたしが言うことは、それだけだから……」
「……そうか」
足でトンと合図をすると馬は前進していった。
やはり、アロクロの顔を見る勇気はでなかった。
(次で、最後だ………最後の本は本来は妖精の森の泉に出現する主人公が初めから持っている。という設定だったはず……)
(けれど、主人公は現れていない……今まで行くことは避けてきた。もしも、主人公が現れたら、リズの運命が決まってしまうような気がして……)
(結局、婚約破棄をされて、主人公の立場をあたしがしてしまっているのか……あたしがリズを不幸にしてしまっている……)
手首のブレスレットに視線が下りた。
もしも、自分がいなかったらエリザベスは幸福な運命を辿れていたのだろうか。
そんな考えが頭をよぎった。
不安を抱えつつミーシャとアロクロ、そして王子たちは妖精の森に踏み入った。




