守りたい
「あ………日が昇ってる」
夢見が悪く、眠れなくなってしまったエリザベスは本を読んでいたら、いつの間にか朝になっていた。
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「おはようございますっ、エリザベス様!」
「あ……おはようルーニャ」
「エリザベス、様? どうかされましたか?」
元気のない様子のエリザベスにルーニャが眉を八の字にして心配する。
自分が笑っていないことに気付いて、エリザベスはにこりと微笑んだ。
「いいえ、何でもないわ。湯浴みの準備をしてくれる? 汗をかいてしまったから」
「かしこまりました!」
ルーニャはエリザベスがいつも通りになったのに安心して、準備をしに部屋から出ていった。
エリザベスは姿見の前に立ち、鏡に映る自分を見る。
(暗い顔して、ルーニャに心配かけちゃった。笑顔、笑顔……大丈夫)
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エリザベスは湯浴みを終えて、今日から本格的に仕事を任せてもらおうと執務室に向かっていた。
すると、前方から白装束のフードを深く被った集団が歩いて来るのが見えた。
(あの人たちは……)
「これはこれは、エリザベス・フォン・ディーワ様ですね。ロギア教国から参りました。サエウム・ピスティと申します」
集団の先頭を歩く男性がにこやかに話しかけてきた。
顔立ちは作り物のように整っていて、陶器のように肌は白く、白銀の長い髪は三つ編みにきれいに結んでいる。
しかし、微笑んでいる男性の目の奥は冷ややかで、エリザベスは背中を氷をなぞられたように鳥肌がたった。
ただ、礼を欠いてはいけないので、エリザベスは気持ちを隠しつつ丁寧に挨拶をした。
「存じ上げております……ピスティ卿ですね。お噂は聞いております。町々を巡って福祉活動を精力的に行っておられるとか……」
「次期皇妃様に知られているとは、嬉しい限りです。今日から数日帝都に滞在することになりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい……」
彼らが信じ、従うロギア教は、フンゴル王国にも多くの信者がいる。
ロギア教国では、全ての命の母として女神を唯一神として崇め、聖女は女神の生まれ変わりとしてまつられる。
自身が聖女と知ってから、エリザベスは、母に言われてロギア教から離れていた。
今となっては大事にならないための母なりの思いやりだったのだろう。
「そうだ! よろしければ、女神様の祝福を授けましょう。手をだしてください。女神様の祝福を受ければ心の安らぎを得らえますよ」
祝福とは、位の高い信者が聖なる力を相手に分け与えるという、一番儀式の中で簡易的なものだ。
祝福は信者からすれば涙が出るほど喜ばしいことで、心の安らぎを得られるというのも本当だ。
しかし、エリザベスにはどうにも嫌な予感しかしなかった。
「わたしはロギア教に入信しておりませんので……」
「あはは、女神様の祝福は全ての人のためにあります。ですが、祝福を授けられる機会は多くはありませんよ」
ピスティは、エリザベスが遠慮するのに引き下がる様子がない。
どうしてか、エリザベスの背中に冷や汗が流れてきて、ピスティの手を握ってはいけないと本能が告げていた。
(ど、どうしよう。手を握ってはいけない。この人とあまり話してはいけない気がする……この場所から逃げたいっ)
ぎゅっ
ピスティの手をルーニャが握っていた。
エリザベスをかばうように前に立ち、小さな体でできるだけピスティから隠してくれているようだった。
明らかにピスティの後ろの神官たちはざわつき、敵意をもってルーニャを睨んでいた。
ピスティもぴくりと眉が動いたが、笑顔は崩し切らなかった。
「祝福は全ての人に授けてくださるのですよね? 私は受けたことがございませんので、受けてみたかったんです~」
ルーニャは、無邪気な笑顔で手に力を込めていてピスティを離さない。
「もちろんです。女神様の祝福は全ての人にあるべきですから……」
ピスティが目をつむり、教典の言葉を呟くと手がきらきらと輝きだした。
祝福を受けている間、ルーニャのにこりとした口の端が少しぴくっと動いたが、その様子はエリザベスから見えることはなく、そのまま祝福は終わった。
「はい、おしまいです!」
「ありがとうございました! ほわぁ~なんだかしゅわしゅわって感じです~」
ピスティとルーニャの手が離れ、ルーニャはぺこりと頭を下げた。
そして、顔を上げると同時に「あっ!」と声を上げてくるりと終始固まっていたエリザベスの方を向く。
「申し訳ありませんエリザベス様っ、大事な用事があったのにすっかり失念しておりました!」
「さ、陛下がお待ちですから行きましょう!」
「え、えぇ……申し訳ありません、ピスティ卿。急いでおりますので失礼いたします」
「いえ、いいですよ。では、またいつか……」
エリザベスが丁寧に挨拶をして、早足でその場を立ち去った。
後ろからピスティや神官たちの視線が刺さっている気がしたが、振り返る勇気がなかった。
ピスティたちから逃れ、だいぶ歩いてから立ち止まった。
緊張のあまり息をどうしていたか思い出せなかったエリザベスは、やっと深く息を吸って吐いた。
ぎこちない笑顔でエリザベスがルーニャに微笑む。
「ありがとうルーニャ……助けてくれて」
「いいえっ、なんとなくエリザベス様の様子がおかしいかな?と思って飛び出してしまったんですけど、間違ってなくてよかったです」
ルーニャは、なんてことがないようににぱっと笑っているが、祝福を受けた時につないだ手が細かく震えていることにエリザベスは気付いた。
「ルーニャ……? 手をみせて」
「だっ大丈夫ですよ!」
「だめよ、みせてっ」
ルーニャがしぶしぶ手のひらをみせると、手は熱い鉄をあてられて焼かれたようにやけどしていた。
あまりの怪我のひどさに、エリザベスは息をのんだ。
「あはは……私たちは魔族の遠い遠―い親戚ですので、強い聖力を浴びると害になるんです。あの方強いですね……」
「早く手当てしましょう」
「えっ!? いいですよ、自分で後でやりますから。それに本当に用事だって……」
「駄目よっ、今だって痛むでしょう!? それにすぐに手当てしないと痕だって残るわ。行きましょう!」
エリザベスはルーニャのやけどしていない方の手を握って、医務室に走った。
いつもは穏やかなエリザベスが顔を真っ青にしてこんなに焦って心配する様子に驚きのあまり何も言えず、ルーニャは引っ張られるままにされた。
医務室で、エリザベスはてきぱきとルーニャの傷の手当てをした。
手当てがあまりにも的確で速いので、ルーニャはエリザベスの手際の良さに驚いて、きょとんとするばかりだった。
包帯を巻き終わり、エリザベスは一息をつく。
「包帯、きつくないかしら?」
「大丈夫です。エリザベス様は怪我の手当てに慣れていらっしゃるのですね」
「……妹が剣の訓練で生傷が絶えなかったから、いつのまにかできるようになったの」
エリザベスは、懐かしむように微笑んだ後、静かに目を伏せた。
「ルーニャ、辛い目に合わせてしまって本当にごめんなさい」
「何をおっしゃいますか! 私の仕事はエリザベス様のお世話とエリザベス様をお守りすることですよ!」
「………でも」
エリザベスは、申し訳なさそうに見つめたが、にっこりと無邪気に笑うルーニャは、辛さなど微塵も見せなかった。
「あっ、先ほど仕事とは言いましたが、あたしエリザベス様のこと大好きなのもありますから! 大好きなので守りたいですっ」
これまたにぱーっと笑うので、エリザベスは息を吐いて、心が落ち着いた。
「ルーニャ、守ってくれてありがとう」
「えへへ、エリザベス様にありがとうって言われちゃった」
「でも、無理はしないでね。お願いね」
「ゔっ……うーん、無理してでも守らなければいけないとき以外は、無理しません!」
(それって、結局無理をするんじゃ……)
釘を刺したつもりで言ったのだが、ルーニャにはエリザベスを守ることが優先順位として高いようで、あまり効果がなかった。
ルーニャが改まってエリザベスに向き合うと、少しもじもじとして、意を決したようにエリザベスをまっすぐ見つめた。
「あの、あの……エリザベス様もご無理なさらないでください。あたしも……皇帝陛下も、他の使用人たちだって、心配で泣いてしまいますから」
ルーニャが初めて見せた寂しそうな顔で、願った。
その寂しさがエリザベスの心にそっと沁み込んだ。
(あ……ルーニャも、陛下もこんな気持ちだったのかな……)
(ルーニャが傷ついて、悲しいし辛い。心配、かけてたんだ……)
(情けないな。昨日どうして陛下の顔色が曇ったのか、今頃わかった)
「今まで心配かけてごめんなさい……ありがとう。辛いことがあったら頼ってもいい?」
「もっちろんです!」
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執務室でルクスの仕事のサポートをして、一日の仕事が終わり部屋に戻った後、ルーニャが一通の手紙を持ってきた。
「エリザベス様宛にお手紙が届いていますよ……分厚いですね」
「ちょうだい!」
エリザベスが目を輝かせて封筒を受け取った。
封筒を急ぎながらも丁寧に開けて、中の手紙を読み始めた。
手紙を読む途中エリザベスの表情が優しい笑顔になったり、眉をひそめたり少し泣きそうになったりと、ころころ変わっていく。
ルーニャはエリザベスがとても嬉しそうなのが嬉しくて、少し手紙の内容が気になったが邪魔しては悪い、と我慢した。
「妹からの手紙なの……あの子ってばわたしの心配ばかり書いて……でも、わたしも同じようなこと書いていたかも」
「エリザベス様の妹様ですね! お元気そうですか?」
「………元気なら、元気と書くと思うのだけど……書いていないといことは、やっぱり思い悩んでいるみたい」
手紙を読み終えると、二週目に突入してゆっくりとしみじみと手紙を読み込む。
(ん……? 手紙の裏に小さく文字が書かれてる。これ、ミィに教えてもらった秘密の文字だ……)
手紙が透けて裏に文字が書いてあるのが見え、目を凝らす。
幼い頃ミーシャに創作の文字を教えてもらったことがあり、それを「秘密の文字」と読んでいた。
エリザベスも秘密の文字を覚えて、屋敷のどこかに書置きをして、こっそりとお互いにやりとりをするという遊びをしたものだ。
(懐かしい……何が書いてるのだろう……)
(やくそく……とれた……あたしはじゆう……すこしまってて、むかえにいく)
「…………!?」
ミーシャの手紙の真意に気付いたエリザベスが心臓がばくばくとなり、一気に汗がふきだした。
エリザベスの異変に気付いたルーニャの肩がびくつく。
「どうなさいましたかっ!?」
「だっだい、じょうぶ!」
「ですがエリザベス様、汗がどばどばしてますっ!」
「へ? あ、な、な、何でもないわ……でもそう、うん、手紙を書きたいのだけど、お願いできる?」
「かしこまりました!」
ルーニャは元気よく準備をしに部屋を出ていった。
(ミィは本当にわたしを迎えに来る気だわ。わたしは大丈夫なのに……手紙でもそう書いておいたけど、入れ違いになっているのかしら)
(うぅ、わたしのこととなると周りが見えなくなるのよね……お願いだから早まらないで!)
不安で眉を寄せながら祈るように手を固く結んだ。




