天秤✿
最後にミーシャとアロクロの挿絵が入っています。見たくない方は注意です。
2022/5/13差し替えました
ミーシャとアロクロは陽のあまりとどかない路地裏をずっと歩いた先にひっそりと佇む古本屋にたどり着いた。
訝し気に睨むアロクロの視線を受けながら、ミーシャは古本屋の扉を開いた。
古本屋には店番をしている老爺がいるだけで、店は閑古鳥が鳴いていた。
老爺はよほど暇なのか、こくりこくりと船をこぎ、鼻には提灯を作っていた。
(こんな所にお店を構えてもお客さんは来なさそうだけど……とにかく探そう)
アロクロは神妙な顔をしていて、きょろきょろと店内を見回すミーシャを置いて、少し埃っぽい店の奥に進んで行ってしまった。
ミーシャはゆっくりと歩きながら本棚に視線を流していく。
「あった……」
本棚に何気なく置いてある一冊の本をアロクロは慎重に抜き取った。
ミーシャは駆け寄って本を確認した後、ちらりとアロクロの顔を見ると、優しく微笑んでいた。
心臓がどくりと跳ねて、視線を外したかったが身体は命令を全く聞いてくれなかった。
しかし、アロクロが視線に気づいてミーシャの方を見ると、やっと身体が動いてくれた。
「……どうした?」
「え? ん、いやぁ……よかったなぁーって……とにかく、買っちゃおう!」
「買う? オレの仲間を道具扱いするな。このまま連れて行けばいい」
「あなたの仲間に対してお金を払うんじゃなくて、がわの本よ。勝手に持って行ったら泥棒なの!」
「……」
眉をひそめるがアロクロは何も反論はしなくなったので、ミーシャはアロクロから本を受け取り店主の老爺をゆすり起こし、本を購入した。
店を出て、ミーシャはアロクロに本を渡した。
アロクロは本をじっと見つめてから、ミーシャに視線を移す。
アロクロの紫の瞳は本当にきれいで、ミーシャは視線を外すことができずに吸い込まれてしまうのではないかと錯覚した。
「……やはり腑に落ちん」
「っ……な、なにが?」
「どうしてここまでする? お前は何者だ?」
「そ、それは……」
アロクロは質問するたびにミーシャとの距離を詰めた。
狭い裏路地では逃げ場が少なく、数歩後ずさるとミーシャはすぐに壁に追い詰められた。
こんなに追い詰められているのに、視線が外せない。
いけないと思い横にそれて逃げようとしたが、アロクロに両手で退路を塞がれた。
「答えろ」
「や、やだ」
命令をすれば離れてくれるのは頭でわかっているが、アロクロの圧で口に出せなかった。
それに、アロクロの怪しく光る瞳を見ていると意識が遠のいていき、頭がぼーっとしてきた。
「答えろ。どうして、お前はオレを助ける?」
「………悲しいから」
自分の意志とは反して、勝手に言葉がするりと出てきた。
「悲しい?」
「自分の人生のはずなのに、シナリオのために不幸になるなんて、悲しいから……あなたも、あなたの仲間もそのせいで不幸になっているのが悲しい。助けたい」
「助けたい? しなりお?」
「思い出してしまったの。この世界のこと、リズが不幸になってしっまうこと……あたしの大事な姉なの」
「リズ、リズ……今頃どうしているかな……辛い思いしてないかな……本当は今すぐ助けてあげたい」
「ごめん、ごめん、リズ」
常に気丈に振舞って、はつらつとしていたミーシャがたがが緩んだようにぼろぼろと涙を流し始めた。
それにハッと気づいたアロクロが焦ってミーシャから視線を外した。
(しまった。精神魔法がかかりすぎた!)
「うっ……ひっく、わかってる。本当はリズをはやく助けてあげないといけないのに、あなたのことも心配になってる」
「あたし、リズとあなたを天秤にかけたんだ……ごめんなさい。ごめんなさい」
ミーシャが泣きじゃくってうずくまってしまった。
アロクロが慌てて膝をついてミーシャの様子をうかがう。
「おいっ、しっかりしろ!」
「んくぅ……ひっく……」
「だぁくそっ」
アロクロはミーシャを抱き寄せて子供を落ち着かせるように背中をぽんぽんと優しく撫でた。
「精神魔法はかかりすぎたが、落ち着けば大丈夫だ。ちゃんと呼吸をしろ」
「すぅー……はぁー………」
「落ち着いたか?」
「……うん」
ミーシャが落ち着いたのを確認して、アロクロはゆっくりと離れた。
泣いたせいでひっくとしゃっくりあげてていたが、瞳に生気が戻っていて、涙も止まっていた。
(気丈に振舞っていたが、思ったより精神が脆いな。もしくは、質問がこいつの心の脆い部分に触れたのか?)
(しかし、本心を引き出すために精神魔法をかけたが……心の底からこいつはオレたちを純粋に助けたいだけ、なのか……)
アロクロは、本心を聞いてしまっては自分のしたことに少し罪悪感を感じて、心臓が握られたように苦しくなった。
「ぐず……すん」
「………お前の姉は悪評のある皇帝に嫁いだそうだな」
「うん」
「その姉を助けるのがお前の望みか?」
「そう、だけど、あなたには関係ないよ」
「手伝おう」
「へ?」
「お前の姉を助けるのを手伝おう。オレの力があれば容易い」
ミーシャは、まだぽーっとして頭が働かなかったが、ふらりと立ち上がりアロクロに背を向けた。
(この人は自分を封印した聖女を恨んでいるのに、同じ聖女のリズを会わせられない)
(それに、リズを『助ける』というのは、リズを連れてこの王国からも、帝国からも逃げること……シナリオの舞台ではない外の世界……)
(何が起こるかわからないのに、こんなことに他人を巻き込みたくない。リズはあたし一人で助けないと)
「いい、リズ……姉はあたし一人で助ける。あなたの助けは必要ない」
「それより日が暮れる前に早く次の本を回収しに行こう」
ミーシャが歩き始めようと一歩踏み出したが、身体はぐっと後ろに引かれ前に進めなかった。
アロクロに腕を掴まれていた。
「何故この提案を断る? 悪いものではないだろう」
「言ったでしょ? あなたには関係ないの。あなたは仲間を見つける。その後は仲間たちと、どこか……安心できる土地に移ればいい。あたしたちのことは放っておいてよ」
「お前はオレ達を助けたいというのに、オレがお前を助けようとするのは拒む……お前はオレの大事なことに踏み込んできたのに、こちらが歩み寄ろうすると壁をつくる………」
アロクロの声に苦しみが混じっているのがわかり、振り向くとアロクロは目を伏せて、眉をぎゅっと苦しそうに寄せていた。
こんな表情をすると思っておらず、ミーシャはきょとんとしてしまった。
「な、なんであなたがそんな顔するのよっ」
「そんな顔?」
理由を尋ねたときにはアロクロは顔を上げ、苦しそうな表情は消えて、ミーシャがよく見た不服そうな表情になっていた。
顔を上げた拍子にまたアロクロと視線が重なると、身体の血液がぶわっと駆け巡る感覚がして、焦って前を向いて乱暴に腕を振り払った。
「つ、次に行くよ。早く集め終えないと」
まるで訓練した後の時のように、心臓が速く鼓動する。
冷静になろうと頭を働かせる。
(な、なに? こいつを見ると心臓がうるさい)
(そういえば、さっきまであたし泣いてた? すごくいろいろ口走ったような……)
「ねぇ、さっきなにしたの? 答えて」
「……お前の本心を知るために精神魔法をかけた」
ミーシャがぷちっと切れて、アロクロのみぞおちに拳を殴りいれたが、アロクロはなんなくその拳を片手で受け止めた。
「おい、そんなに怒るな」
「怒るっ! あーっもう、あんな人前で泣きわめいて、ぼろぼろ話すだなんてっ! あり得ないっ!」
こちらは恥ずかしい姿を晒して、耳まで真っ赤になりながら怒っているのに、にやりと笑って見下ろすアロクロに、ミーシャはさらに腹が立った。
すると、アロクロが掴んでいたミーシャの手をぐいっと引き寄ると、今にもぶつかってしまうかと思うほど顔の距離が狭まった。
腰に腕を回されて、再び逃げ場がなくなった。
「ミーシャ、オレはお前のことを気に入った。それに恩がある」
「望みを言えよ。オレが叶えてやる」
アロクロはいつ見てもきれいな顔で、その口は妖しく弧を描く。
ミーシャのなめらかな金髪に指を絡ませて、そっと口づけた。
その言葉は甘く、悪魔のささやきのようでその誘いにのってしまえば最後、後戻りできないような気がした。
しかし、先ほど醜態を晒したばかりで、雰囲気に流されそうになったのを何とか堪えて我を取り戻したミーシャはアロクロの顔を両手で押しのけ、自身から引っぺがした。
「離れてっ」
「いで、ったくわかったわかった……まったく、泣きじゃくる姿は少しは可愛げがあったのにな」
「うるさいっ! あたしに恩だのなんだのいうのは終わった後にしてよ。それに気に入っただなんて心にもないこと言わないで」
「心外だな。気に入ったのは本当だ。だが、確かに恩を返すのは全て終わってからだな。『牙を向けられれば爪と牙を、花籠を贈られればを溢れるほどの愛情を』だからな」
「なにそれ?」
「オレ達一族の言葉だよ」




