現実
(本当にいた……たしかあのお爺さんだ)
にぎやかな城下町の道端でぼろぼろな服を着た老人が今日の食べるものを得るために、道行く人に金を恵んでほしいと頭を垂れていた。
地面の冷たさを和らげるには力不足な茣蓙の上で頭を地面にこすりつけ、両手を器のようにして必死に伸ばしている。
老人の必死な訴えにも関わらず、道行く人はその老人に軽蔑の眼差しをすればよい方で、見えないように振舞う人もいた。
ミーシャは、離れた場所から老人の姿を視界に入れると身体がこわばった。
手汗がにじみ、背中もじわりと嫌な汗でにじむ。
(……これは、封印された本をてにいれるためのイベントのひとつ)
(あのお爺さんに一定額以上のほどこしをすれば、お礼に本がもらえるというもの)
(『イベント』……これはゲームのシナリオの一部。でも、画面越しで見るものとは違う。通行人の視線、あのお爺さんの臭い、悲痛な心の叫び……全部本物なんだ)
(あのお爺さんも………あたしも生きてる)
「おい」
硬直して足に根がはったように突っ立ているミーシャを不思議に思ったアロクロが、ミーシャの肩を掴んだことで意識が戻って来た。
振り向いたミーシャの顔は真っ青だった。
「顔が真っ青だぞ。訓練の疲れでもでたのか?」
「う、ううん。違う……あなたはここで待ってて」
ミーシャは、肩に置かれた手をのけて、人をかき分け、老人のもとに歩いて行った。
「あ、あぁ……どうかお恵みを……」
「お爺さん、お爺さん顔を上げてください」
ミーシャは、懐から金をいれた布袋と封筒をだし、老人の手に握らせた。
「お金は盗られないようにあたしが離れたらすぐに隠してください。それと、その封筒には紹介状が入っています。うまくいけば仕事がもらえるでしょう」
ずしりと重い布袋を確かめるように上下させると、老人は乾びた顔から眼球が飛び出てしまうのではないかというほどに目を見開いて、ミーシャを凝視した。
「お、おぉ、こんなにも優しくしてくださるとは、あなた様は女神様の生まれ変わりでしょうか? こんな幸運が舞い降りるとは……ありがとうございます。ありがとうございます……」
「このようにみすぼらしいわたくしめにはたいしたお礼はできないのですが、これを……わたくしめに残っているのこの本だけです。どうかあなた様の助けになりますよう……」
老人はぼろぼろな鞄から一冊の本を取りだし、ミーシャに掲げて差し出した。
「………ありがとう」
「お爺さん……もう、あなたには枷はないはず……どうか、諦めないで足掻いてください。たとえどんなに辛くとも………さようなら」
ミーシャは本を受け取ると、目礼してアロクロのもとに戻った。
「はい」
ミーシャがアロクロに本を差し出すと、アロクロはミーシャを一瞥した後、本を受け取った。
ただ、仲間の本を見つけられて嬉しいのかその紫の瞳は興奮でぎらぎらと輝いていた。
「はい、まずは一人目ね。でもまだその封印を解くのは後にして、人目があるから」
「………」
アロクロが何か言いたそうな、変な顔をしたので、ミーシャが口を尖らせた。
「な、なに? 何か不満があるなら言ってよ」
「……おかしい」
「何が?」
「どうしてお前はここまでする? かつて人間と戦った魔族に嫌悪感はないのか?」
「別にあたしが襲われたわけじゃないし、それに……」
「それに?」
「………何でもない。早く次に行こう。できるだけ早く多くの本を回収したいもの」
(そうだ。話している暇なんてない。できるだけ早くこいつの仲間を助けて、離れてもらわないと)
(そうじゃないと、リズを助けに行けない)
急ぎ足で次の目的地に向かうミーシャの背をアロクロは訝し気に睨んでいた。




