秘密
ミーシャと王子が木刀を構えて向かい合う。
しんと緊張の糸が張り詰める中、王子が距離を詰めようとにじり寄る音でその糸が切れた。
王子が一気に距離を詰めてミーシャの木刀を手放させようと手首を狙って攻撃してきたが、すぐに視線で狙いに気付いて攻撃を木刀で受けて流す。
攻撃を流したおかげで胴に隙ができたので、ミーシャが腹に蹴りをいれようとしたがすぐに体勢を立て直されてかわされた。
(チッ、少し切り返しの攻撃が遅くなった。やっぱり疲れがでてるかな)
「本当に容赦ないな、だがまたそこがイイ!」
「無駄口叩かないでくださいっ」
イラッとしてしまいそうになったが、精神を乱させるのが相手の狙いだとわかるので冷静さを保ちつつ、すぐに勝負を終わらせようと連続して攻撃を打ち込む。
王子は負けじとミーシャの攻撃を受け流していく。
「くっ、激しいな、そんなにオレとの結婚は嫌か?」
「嫌ですっ!」
「せっかく助けてやったというのに、酷いじゃないかっ」
「助けた? いったい何の話ですか?」
王子が一旦距離をおいて、にやりと笑う。
「もともと、アトラン帝国の結婚の話はミーシャにでていたんだ。それを知ったオレが話をエリザベスにすり替えたのさ」
「そうしなければミーシャ、君が嫁がされる羽目になっていた……君をあの皇帝に嫁がせるだなんて見過ごすことはできなかった」
ミーシャは頭をガツンと殴られたような衝撃がした。
自分が王子を殴ったせいでエリザベスが嫁ぐ羽目になったのは間違いないが、万一それがなかったとしても王子はおそらくこの話をエリザベスにしていただろう。
そして、自分のためなら、エリザベスは喜んでその身をささげることは容易に想像できた。
初めから逃げ道などなかったのだ。
(どこまで……どこまでこの世界はあたしたちを不幸にしようとするんだっ!)
そんな考えが頭で巡った時、ミーシャに隙ができてしまっていた。
それを王子が逃すはずもなく、踏み込んだ。
しかし、王子の背筋に凍るようなぞわりとした感覚が流れ、動きが止まった。
ミーシャは勝負の最中であるとハッと気を取り直し、動きが不自然に止まっていた王子の腹に改心の一撃を突いた。
王子がミーシャの一撃に吹き飛ばされ、倒れた。
「そこまでっ!」
「はぁ……はぁ……勝った………」
ミーシャは、ばくばくする心臓を抑えて、ふぅーっと息を吐いた。
「フッフフ、危なかったな。だが、勝ちは勝ちだ」
ミーシャは誰かに肩を掴まれ振り向くと、話しかけてきたのは魔王だった。
ただ、魔王の頭にあったはずの角もしっぽもなく、見かけは顔の良い人間だった。
「あ、あなたなんで!?」
「驚くことはないだろう? 大人しくしろ、とは言われたがあの部屋から出るなとは言われてないしな」
「よう、アロクロ。おまいさんも訓練か?」
「へ?」
何故か団長は、魔王のことを「アロクロ」と呼び、親し気に話しかけてきた。
他の団員たちも魔王がいることが当たり前のように振舞うので、ミーシャの頭は混乱した。
ミーシャの不思議がる顔を見て、アロクロはにやりと笑った。
アロクロの顔が近づいてきて、耳元で囁いた。
「オレの魔力を使ってちょっとした暗示をかけただけだ。安心しろなんの害もない。しばらくすれば解ける」
ミーシャは、顔の近さとアロクロの声に驚いて、耳を塞ぎながら数歩後ずさった。
「なんだ、存外反応が初々しいな。顔が赤いぞ」
「っるさい! 動いた後だからだっ」
ニヤニヤするアロクロを睨みつけるがこやつも王子同様、睨むのが効かないようであった。
「うおいっ!! そこのおまえっ、ミーシャに馴れ馴れしくするなっ!!」
倒れていた王子が勢いよく起き上がり、顔を真っ赤にしながらアロクロの目の前にずんずんと歩いてきた。
「アロクロと言ったな、ミーシャと、ど、ど、どういう関係だっ!?」
アロクロは、余裕のある笑みをみせて、ミーシャの肩をぐいっと引き寄せた。
「どういう関係だと思います?」
ミーシャは突然のことと、アロクロが何を考えているのかわからず、身体はカチコチになっていた。
少し肘でつついて離せと合図しても、アロクロはより引き寄せるばかりで離してくれそうになかった。
その二人を前に王子は身体がわなわなと震え、今にも頭の血管が切れるのではと思うほど怒りが目に見えている。
「その手を離せ……」
「何故ですか? 別に彼女は殿下の婚約者ではないでしょう?」
「っつ! そうなる予定だっ、いいから離せっ!!」
「なる予定? 彼女は嫌がっているようですが?」
「………その考えだっていつか変わる」
「しつこい男は嫌われますよ」
今にも決闘が始まってしまいそうな雰囲気が漂っていて、なんとかしなければとミーシャはアロクロの手を振り払って二人の間に割って入った。
「殿下! 約束のことお忘れにならないでくださいねっ。謝罪とお金です!」
「なっ……うむ、二言はない」
「ま……あなたも殿下をあおらないで」
「………フン」
王子に賭けの報酬を用意するように訓練場から追い出して、ミーシャも訓練場から出て、近くの茂みにアロクロを引っ張っていった。
「で、どういうつもりなの? こんなとこについてくるだなんて」
「お前こそ、オレの仲間を救うといったくせに、こんなところでなに油を売っているんだ?」
「あたしにだって日々の生活があるの。それにここに来たのも無駄じゃなかったし」
ミーシャは、鞄から王都の地図取り出し、広げた。
アロクロは眉を片方上げて、不思議そうに地図を覗いた。
「本がある場所に印をつけたの。移動にも、本を取り戻すときにも、自由にできるお金が必要だったの。でも、思わぬ収入ができてよかった」
「………数が足りんな。それに、場所がわかっているならオレがさっさと行ってとってこればいい」
「あなたが一人で行動すると騒ぎが起こるからダメ!……あと、数が足りないのは、その、これからまた探すから……」
こんなことをいっては不満そうな顔をされるだろうかと思ったが、アロクロは不満というよりは不思議そうな顔をしてミーシャのことをじっと見つめていた。
じっと見られると、少しどぎまぎしてしまう。
「な、によ? 言いたいことがあるなら言ってよ」
「どうして、ここまでする? お前になんの得があるというのだ」
「そ、それは………」
(それは……リズと同じ、シナリオの被害者に思えたから。シナリオに振り回されて、不幸になるだなんて、そんなの悲しすぎるから……なんて言えないな。リズにも言えてないのに……)
ミーシャは、秘密にしていることがエリザベスに申し訳なくて、心が悲しみで押しつぶされそうにだった。
騒がしそうな印象があったミーシャが急に寂しそうに黙ったので、アロクロはますますわからなくなってしまった。
「………秘密」
「変な奴だな」
「そんなことより、早速本を一冊回収するよ!」
ミーシャは地図をしまって、顔を上げた時には、はつらつとした表情が戻っていた。




