昇天
王都にある騎士団の詰め所は王城のすぐ近くにあり、建物は犯罪者を収容する地下牢を伴っている為、堅牢な石造りになっている。
その建物の薄暗い部屋の真ん中の机にライセルと尋問官が向かい合わせも座っていた。
傍らに鎧を着けた騎士が立ち、ライセルが逃げ出さないように常に見張っているようだ。
「ギルド“フェールズ”ギルド長“ライセル”……フェールズ?」
「ほら、あの死人を出したギルドですよ。」
「ふむふむ、なるほどなるほど。そんなギルドのギルド長が何故あの場所にいたのか聞かせてもらいましょうか……。」
尋問官がライセルにグイっと顔を近づけた。
「……いや、だからワシ、私は知り合いに会いに行った帰りで……。」
バリバリバリバリバリバリ
「うぎゃぁ!!」
ライセルの体に電撃が走った。ライセルは手を”真実の玉”に乗せて尋問を受けていたのだ。
「理解したかね?真実の玉を持って虚偽の申告をすると今の様に天罰である電撃を受けるのだ!もう一度お前に聞こう。何故あの場所にいた?」
尋問官はペンを書類に走らせながら再度ライセルに尋ねた。
ライセルは肉体を鍛え上げることで屈強な戦士となった。その反面、頭を使うことは苦手である。それ故、アウスゼンの様に暗示による記憶の捏造を思いつくことが出来なかった。
「……。」
「ライセル君。黙っていては何も解決しないよ。いや、黙っていてもやり方はあるんだよ。」
そういうと尋問官はにやりと笑った。
「では質問を続けよう、ライセル君。君はダンジョンに入っていたね?もし入っていなかったのなら沈黙を、入っていたなら”入っていた”と言葉を返すように。」
「!!」
ライセルは何と答えようか言葉を逡巡した。その次の瞬間、またしてもライセルの体に電撃が走った。
バリバリバリバリバリバリ
「うぎゃぁ!!」
ライセルが電撃に打たれる姿を見て尋問官はフッっと溜息を吐く。
「やはり、ダンジョンに入っていましたか。それなら今回の騒ぎに関係している可能性が高いですね……。あ、ライセル君、答えたくなければかまいませんよ。今の様に調べることはできますので……。では尋問を続けましょう。」
尋問官はにこやかな顔をライセルに向けた。
ライセルが自白するまで尋問は続けられ、その内容は直ちに王宮へ届けられた。伝令の騎士から報告を聞いた王の顔はみるみる怒りで赤くなった。
「何んだと!不当にダンジョンに侵入しただけでなく仲間を見捨てて逃げ帰った!!」
「どうやら“ライセル”と言う男が元凶である可能性が高いですな。」
「ではこの男の処分はいかがいたしましょう?」
傍らに控える最小のルツが王に伺いをたてる。
「そんなものは決まっておる。全財産没収の上、連座制で一族郎党極刑だ!」
ライセルは王都を危機に陥れようとしている重犯罪者、極刑は当然のことなのだ。処分が決定されかけたその時、宮廷魔導士のディルマが挙手した。
「お待ちください、王よ。それは悪手では無いかと具申いたします。」
「ほう?それはどういう理由だ?」
「はい、もしかの“リッチ”の目的が“ライセル自身”であるのならば、リッチの移動を操作できるかもしれません。更に、差し出すことで戦闘を回避できる可能性があります。」
「ライセルを差し出すことで“リッチ”の未練を断ち切ることが出来ると?」
「はい。未練を断つことによって“リッチ”を撃退、いえ浄化することが可能なのです。」
「ふむ、左様か……。」
アンデットを浄化するのに”浄化の呪文”や”僧侶の奇跡”に頼るだけではない。
アンデットが持つ未練を解消することでも浄化することができるのだ。
「それともう一つ。これは報告にある“ライセルの目的”に関することで……。」
その日の内にライセルの刑罰、”一族郎党による“リッチ”討伐”となった。
無論、ライセル以外の参加は自由だが、参加しない場合は全財産を失う。参加すれば財産は保護されるがまず助からないと思われた。
ライセルの一族はライセルを除くすべての者が討伐を拒否、リッチ討伐にはライセル一人で当たることになった。
戦闘は王都から少し外れた平原に設定され、その場所にライセル一人青白い斧を携えて立たされていた。その後方には騎士団がライセルを見張りと王都防衛の目的で遠巻きに陣取っている。
リッチは宮廷魔導士ディルマの予測通りライセルいる平原の方へ進路を変えた。
「ひいいい。なんで俺がこんな目に!!」
ライセルが青白い斧を持っているのはダンジョンから見つかった斧も未練の一つと考えられるからだ。
「来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!」
ライセルは念仏の様に同じ言葉を繰り返す。
だがそんな願いも空しく、不浄な瘴気をまき散らしリッチや不死の騎士が迫る。
「らいせるぅうううう!」
地獄の底から響くような声が辺りに響く。
「らいせるぅ」
「らいせるぅ」
「らいせるぅ」
「らいせるぅ」
リッチの周りにいる不死の騎士も異口同音に言葉を発しながらライセルにゆっくりと近づいてゆく。
「ううわぁぁっぁ!来るな!来るな!来るな!来るな!来るな!来るな!来るな!来るな!」
ライセルは恐怖のあまり斧を出鱈目にぶんぶんと降り回す。
「!!」
「斧だ!」
「青白い斧だ!」
「再興するための斧だ!」
「らいせるぅ!ぬぁぜ斧を持っていっつたぁぁぁあ。」
恐ろしい顔をしたアンデットたちはライセルと彼が持つ斧にめがけ詰め寄る。
「斧、斧なのか……」
ライセルは斧をリッチたちの前に放り投げ土下座をする
「返す、返すから!命ばかりは!!」
リッチはライセルが手放した斧を拾い上げると
「斧だ……」
「……」
斧を手に持ち立ち止まるリッチを見たライセルはほっそ一安心する。そんなライセルにリッチはくるりと首を回し目が爛爛と光る顔をライセルの方に向けた。
「……一緒に逝こうらいせるぅ!!」
リッチの枯れ枝のような手がライセルの頭を掴んだ。
「うぎゃああああああ。」
ドレインタッチ。
不死の魔法使いであるリッチの特殊能力の一つである。リッチが手を触れるだけで生き物の魂その物を吸い取る能力である。触れている時間が長いほど多くの魂を吸い取る。
「吸われる!吸われる!吸われる!吸われる!吸われる!吸われる!吸われる!吸われる!」
「いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!」
「消える!消える!消える!消える!消える!消える!消える!消える!俺が消えてゆく!!」
「助けて!助けて!助けて!たすけて!たすけて!タスケテ!タ・ス・ケ……。」
ライセルの顔は見る見るうちにしぼみ、その眼は生気を失っていった。
やがでその顔や体は皺だらけになり粉々に砕け、一山の塵となるが風と共にあたりに消えていった。
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宮廷魔導士のディルマは遠見の水晶でライセルとリッチの戦闘を謁見の間で観測していた
「ライセルの消滅は確認しました。ですがリッチは今だ健在です。」
「消滅せず、か……これはそなたの思惑が外れたという事か?」
「はい。ですが平原に移動できたのはライセルと斧が未練の一つであったと考えられます。」
「ではそなたの考えは?」
「もう一つの方法を持って対処できるかと。」
「ふむ、ライセルの目的と言うものか。」
再びディルマが水晶球に目を向けると後方の騎士団から騎士が一騎ゆっくりと歩み進んで行く。
騎士はリッチの前に来ると声を張り上げた
「魔法師フィリップよ。そなたの所属するギルド“フェールズ”は王直轄のギルドとなった。もはや潰れる事は無い、これがその布告である。」
騎士がそう言うと布告が書かれた巻物を掲げる。
「「「「「オオオオオオオオオオオオ」」」」」
「これでギルドは存続できる……思い残すことはない。」
そう言い残すと“リッチ”や不死の騎士は光と共に消えていった。
この日よりギルド“フェールズ”は王直轄の採鉱ギルドとして新たな道を歩み始めることになった。
宮廷魔導士 「王よ!あの青白い斧で恐るべきことが判りました。」
王 「ほう。それは王国に仇なす物なのか?」
宮廷魔導士 「使い方次第では・・・」
王 「良かろう。申してみよ。」
宮廷魔導士 「はい。あの斧を持つ者は炎を完全に無効化します。」
王 「なん・・・だと・・・!!」
宮廷魔導士 「フレームストライク、ファイアーボール、ブラストファイア、ファイアストーム、メテオストライク、メテオストーム、ドラゴンストライク、ドラゴンストーム、いろいろ試しましたが全て無効化されました。」
王 (それだけ唱えることのできる貴様も大概だが)
「その斧は今何処に?」
宮廷魔導士 「第一級保管庫に。」
王 「相分かった。今日よりその斧は国宝とする!銘は全力を持って調べる様に。」
宮廷魔導士 「ははっ!」




