魔導士は錬金術の講師になる
その日もカイは工房で回復薬を調合していた。
「よし、これで今月分は終了だな。」
「今月分?辺境伯への納品の分ですか?まだ月初めですよ?」
今日も工房の受付をやってくれているフィリアが不思議そうにカイを見た。
数日前に辺境伯から受けた依頼は“回復薬を三年間毎週20本納入”だ。
一月は六週間であるので、カイの言葉は”120本の回復薬を作り終えた”と言う事を意味している。
リモーデにいる錬金術師は日に10本の回復薬を作る。その事を知っているフィリアが不思議そうに首をかしげているとカイは回復薬の調合に使っていた大鍋を指さした。
「この大鍋一つで回復薬が100本作れるから一度に作った方が楽なんだ。」
「そ、そうなのですか。でもあまり無理はなさらないでくださいね。」
とフィリアは言いカイの手を握ろうとする。
が、そこにルリエルが割り込む。
「大丈夫。カイ、私見る。」{フィリアさんは心配しなくても大丈夫です。カイさんのことは私がきちんと面倒を見ています。}
「いいえ、ここは工房兼ギルドの受付であるこの私が。」
両者の間に火花が散る(様な気がする)。
フィリアは魔法使いの要素を持たない為マナの動きは判らない。だが、何となくルリエルの言葉は判るようだ。
しばらくすると二人はこちらを向きカイに答えを促した。
「「で?カイさんはどちらを?」」
リモーデで工房を開いて二ヵ月と少し。
この頃、二人のこんな光景を見ることが多くなったような気がする。そうカイが思った時、今度は別の方向から声が聞こえた。
「報酬はこの間の酒が良いぞ!」
「良いぞ!」
空気を読まないドワーフ二人に声が響く。
「あ、ああ、報酬ね。どこへ置いたかな……と」
答えを出さないカイが原因でさらに空気が険悪になりかけたその時
「おやおや、今日は妙な空気だにゃ。」
今度は工房の外から珍客が現れた。
ギルドマスター、猫獣人のヴァニアである。
身長はドワーフより少し高いぐらい。一見すると服を着て靴を履き二足歩行をする猫だ。ヴァニアは肉球のある手で杖を器用に持っている。
「ふみゃ?今日は魔導士のカイ殿に依頼に来たのだが……邪魔だったかにゃ?」
「いえいえ、問題ありません。」
カイは険悪になりかけた空気を何とか解消しようとヴァニアに応える。
ヴァニアはその空気を物ともせずカイに用件を話した。
「ふむむ。今日は用事があったのにゃ。カイ殿に錬金術の講師を頼もうと思ってきたにゃ。」
「錬金術の講師ですか?」
カイは意外そうな声を上げた。
「うみゅ。ギルド内はどころかこの町には錬金術師が圧倒的に足りないにゃ。その為にも錬金術師を一人でも志してもらう必要があるにゃ。対象は子供から冒険者まで幅広くにゃ。」
辺境の町であるからだろうか錬金術師は少ない。(腕のいいものはもっと少ない)
「報酬は一日100GPだにゃ。錬金術を広める為と思って受けて欲しいにゃ。」
それを聞いたカイは即答した。
「判りました。やりましょう!」
「うみゅ、いい返事にゃ。それでは必要な事項の話をするにゃ。」
ヴァニアはそう言うとカイの希望、講習の日時や講習者の数を聞き始めた。
しかし、その後ろで聞き耳を立てている者がいることに気付いていなかった。
錬金術講習はギルドの二階、新人講習などを行う部屋を使い行われる。
カイの要望通り、人数は二十人。部屋には小さなテーブルが十卓用意されていた。
それぞれのテーブルの周りの椅子には近所の子供たちが座っている。その子供たちに交じって若い冒険者やドワーフも座っていた。
「……ドワーフ?」
グメルとガミラだった。
「酒の作り方を習うんじゃーい。」
「習うんじゃい。」
どうやらグメルとガミラは錬金術を習って酒精の強い酒を造るつもりの様だ。
そんなドワーフ二人を呆れながら見ていると、実験器具を持った二人がカイに尋ねた。
「魔導士殿、実験器具、何処に?」
「本日の実験予定は何になさいますか?」
「ルリエル、フィリア!……何故ここに?」
「「助手です。」」
二人は白々しい顔で同時に答えた。生きピッタリで寸分の狂いもない。
ついこの間まで反目していたとは思えない。
カイはその二人に実験器具一式を各テーブルに配る様、指示を出した。
「えー。今日は錬金術の講師をするカイと言うものです。皆さんよろしくお願いします。」
大勢の前で緊張せず自己紹介できたのはルリエルやフィリア、グメル、ガミラのおかげであろう。
「さて今日は……」
「酒―!」
「酒―!」
カイは飲む気満々のドワーフ二人の意見にこめかみを押さえる。
(アルコールの蒸留を行うのは間違いないのだが……)
錬金術の講習を行うにあたって、蒸留の講習を行うのには理由がある。
蒸留による要素の抽出方法を広めるのが一つ。
その抽出された要素を使った場合、錬金の効果が上がることを広めるのが一つ。
魔導士が発見したこの工法は昔ながらの製法を守る錬金術師たちに受け入れられなかった。
成分抽出に手間がかかる事とガラス製の器具を必要とした為だ。ガラス器具も用途や使用材料に合わせて必要な上、製作終了の度に洗浄しなければならない。洗浄も水だけでなく、アルコール、台所の灰など、錬金術の種類により変える必要がある。
それに比べ錬金鍋だけで調合する方法は鍋一つで済み、洗浄も水とたわしである。
(落ちにくい物は台所の灰を使う事がある)
錬金術師は手間と費用がかかる新方式より効果が落ちても安く仕上げることの出来る製法を選択したのだ。
魔導士は錬金術師に受け入れなかったと言って製法を昔に戻すことはしない。
手間と費用がかかるが、作られたものは効果が極めて高く大量に作ることが出来る。費用対効果で考えると魔導士の方法が優れているのだ。
カイは昔ながらの製法に慣れていない新人の錬金術師や見習いにこの方法を伝えようと考えていた。
「今日はエールを使い、酒精の強い酒を作り出します。テーブル1卓につき二人、二人一組で席に着いてください。」
「おお、今日はエールか」
「この間のワインとはどう違うのか楽しみだのう。」
相変わらずの声がする。
「それでは始めたいと思います。」
カイは手本を見せながら講義を進める。
人数が多ければ器具の扱いが上手い者もいれば下手な者もいる。まして、子供もいるのだ。
事故が起こらないはずはなかった。
パリーン
ひとりの少年がビーカーを落とした様だ。
少年は慌てて割れたビーカーを集めようとする。その姿を見たカイは咄嗟に怒鳴る。
「何をやっている!!割れた物を手で集めようとするんじゃない!」
「あ、いや、ぼくは……」
「手を切っているじゃないか。」
「命の光よ、この者の傷を癒せ。軽傷治癒」
カイが呪文を唱えるとガラスで切った傷が塞がってゆく。
「軽傷治癒程度で治る傷で良かった。もう割れたガラスを直接触るのではないぞ。」
少しほっとした表情で注意する。
だが高価なガラスの製品を壊した少年は青い顔をしている。
「でも、ぼく壊して……」
「ああ、これか、問題ない。」
カイはそう言うと呪文を唱える。
「壊れしモノよ。あるべき姿に戻れ。修復」
割れたガラスが逆回りに再生されるかの様に元に戻ってゆく。
「「「すげぇ。元に戻った。」」」
カイは修復されたビーカーを手に取ると
「はい。もう落とすなよ。」
子供に手渡してやる。
「おこら……ないの?」
「?壊れたら直せばいいだけだ。何も問題はない。」
カイはそう答えると講習に戻るのだった。
「ふむ、エールでも味は変わらんな。」
「変わらんな。」
ドワーフ二人はすでに蒸留したアルコールを飲んでいる。
「この様にエールを低い温度で温めることで酒精の強い物を作ることが出来る。この方法で出来た酒は強すぎる為、主に洗浄用に使う。」
「「洗浄?何ともったいない!!」」
酒に目が無いドワーフ二人の意見は気にせず話を続ける。
「植物などの汚れは酒で洗浄することで簡単に落とすことが出来るからだ。」
「ただ、保存する場合。木の容器を使った場合……」
カイは鞄から色のついた溶液の入った瓶を取り出す。
「長く置くとこの様に色が付くのでお勧めできない。」
「へぇ。カイ先生はこれ飲まないの?」
先ほどの少年がカイに尋ねる。
「錬金術用に作った物だからね。気になるなら作ってみるといいよ。」
「そうか。あ、家にこの鍋は無いから無理だね。僕、保温の呪文も使えないし。」
「“魔力鍋”がないのか……」
カイは講習が終わって帰る人々を見ながら考えていた。
“魔力鍋”は火を起さずに煮炊き出来る調理用の魔道具だ。それ故に王都でも冒険者パーティに1つは必要と言われている。
それが売り出されたのは王都で一、二年前である。王都から遠い辺境ではほとんど入っていないのだろう。
(“魔力鍋”か、あると便利だが、辺境で必要だろうか?それに材料の精霊石の調達はどうするか……。)
そう考えるカイの脳裏にひらめくものがあった。
(まてよ、精霊石の原料はダンジョンコアだったな。)
何かを思いついたカイは手早く実験器具を片付けるのであった。
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