移動の準備
竜の血を使った再生薬は完成した。
特殊な回復薬らしく薄桃色に輝く神々しいまでの飲み薬である。
カイが身をもって試した効果は申し分のないものだった。これならば齢を重ねた宮廷魔導士であるディルマが飲用しても問題はないだろう。
若干の副作用があるかもしれないが、それは悪い方向へ働くものではないので問題はないとカイは判断をした。
この日カイは王都へ出発する準備に大忙しだった。
ただ単に王都へ行くのであれば普段着のまま王都へ走空車を使えば一つ飛びで移動できる。
カイが王都へ行くのは宮廷魔導士の補佐と三の姫への講義の為である。
その為、身分にふさわしい礼服や乗り物(この場合は走空車ではなく飛行船である。)を使う必要があった。
カイは執務室にある大きな鏡の前で服装を整えている。
執務室と言っても辺境伯の部屋と比べてもあまり大きな部屋ではないが掃除が行き届いており書類もきちんと整理されているようだった。
毛足の長い青い絨毯には塵一つ落ちていない。調度品はあまりないが埃を被っている様子はなく応接椅子のカバーも真新しく洗濯したばかりの物の様だ。
そんな部屋にカイはメイドや執事もつけずフィリアと二人鏡の前で立っていた。
伯爵に成ったにもかかわらずカイの周囲にはメイドや執事がいない。あまり雇っていないのではなく着替えを手伝わせることにカイは慣れていない。
カイ自身も着替えなどは自分一人でできてしまうので何も問題はないと思っていた。
「王都に行く前に再生薬は完成。これをディルマ殿に飲用してもらえば失った片手は元通りになる。そうすれば私も月の半分を王都で過ごすことはなくなるだろう。そうなったらもう少しゆっくりできるかな……。」
「カイが”ゆっくりできる”という時は必ず何か厄介ごとが起こるような気がします。それに三の姫の事もあります。」
「三の姫か……王室も本気かなぁ?私は少し錬金術が出来るだけの人間だよ。そんな者に三の姫を嫁がせるとは考えられないのだが?」
カイは両手を広げため息をついた。
「カイ、あなたもしかして……。」
フィリアは口をへの字にしながら両手でカイの顔を挟み引き寄せカイの目をじっと見つめる。カイは至近距離でフィリアに見つめられて少し戸惑っていた。
「な、何でしょうかフィリアさん……」
「カイ、あなたもしかして鏡の前で何かしていました?」
「いや、特には……」
「そうですか?なら良いのですが、あなたには前科がありますから……。」
「はい、ごもっともです。はい。」
フィリアに言われて聞いてカイは口ごもる。
前科と言っても罪を犯したわけではない。カイは前のギルド”フェールズ”での癖というか習慣で毎日自己暗示をかけていたことだ。
鏡の前で毎日”自重せねば”と暗示をかけ過ぎていた。
元来、自分を謙遜することの多いカイはその暗示のおかげでフィリアやルリエルの好意を社交的なものとして判断し自重しすぎ、対人関係(特に女性関係)が極めて慎重になりすぎたことだ。
「カイ、自分を謙遜するのはあなたの美徳かもしれませんが、あなたはすでに宮廷魔導士、その中でも王宮内に工房を持つことを許されています。いうなれば国内の錬金術師たちの筆頭なのですよ。」
王国には宮廷錬金術師という地位はない。その代わりに錬金術だけでなく魔法も使える宮廷魔導士が存在する。
カイは宮廷魔導士の中でも錬金術に秀でている為、宮廷錬金術師と言える立場にいた。
(宮廷魔導士筆頭が魔法の得意なディルマのため必然的に宮廷魔導士に魔法が得意な者が成りやすかったのが原因だ。)
「ありがとうフィリア。気を付けるよ。」
カイはフィリアの腰に手を回し抱き寄せるといつもの朝のあいさつを交わす。
「フィリア、私が王都へ行っている間はハウメア様の相手を頼む。」
「はい、お任せください。」
カイはその日の午後、王都へ向けて自分の飛行船を出港させた。




