後編
評価、ブクマ、ありがとうございます。
これで完結です
◆◆◆
信じてくれたあなたへ
わたしを信じてくれて、嬉しいわ。わたしはあなたが幸せになるお手伝いをしたいの。
あなたにとっての幸せって何かしら?
わたしにとっての幸せは、愛する人とずっと一緒に歩んでいくことだったわ。時には楽しくて、時には辛くて、それでも二人で乗り越えていったわ。そんな愛のある時間を築いていったの。
あなたにとっての幸せって何?
◆◆◆
「幸せ、か」
ぽつりと呟いてみて考えたことがなかったと振り返る。国王の第一王女として生まれ、両親に愛し愛されてきた。王城の者たちにも大切に見守られていた。だから、幸せが何かを考えたことがなかった。
「難しい顔をしているな」
唐突に声を掛けられて、驚きに顔を上げる。
「エドヴァルド兄さま」
マティアスと同じ年のエドヴァルドがいつの間にか部屋にいた。許可なく勝手に向かい合わせの長椅子に座る。
「寝込んでいたと聞いていたが……元気そうでよかった」
「そうね。どこまで聞いているの?」
「まあ、大概は。あいつも災難だったな」
あいつとはマティアスのことだろう。従兄弟同士、案外仲がいいのだ。ふと、エドヴァルドに聞いてみようと思った。
「ねえ、エドヴァルド兄さまにとって幸せって何?」
「幸せ?そうだな……」
突然の問いにも嫌な顔をせずにうーんと考え込む。
「俺にとっての幸せは皆が笑顔でいることかな」
「笑顔」
思いがけない答えに繰り返してしまった。彼は照れくさそうに少し笑った。
「そうだ。その笑顔が楽しい笑顔でも幸せな笑顔でも辛そうな笑顔でも、どれでもいいと思っている」
「辛そうでもいいの?」
「悲しい笑顔でもいいさ」
驚きに目を瞬いた。
「笑顔なら、楽しい笑顔の方がいいじゃない」
「そうか?辛い時に笑おうと思うことは、ここを踏ん張って前に進もうという気持ちの現れだ。頑張ろうという気持ちが持てる国になってほしい」
「……難しいわ」
ぽつりと呟くと、彼は笑った。
「わからなくてもいいじゃないか。これは俺の気持ちであってお前のじゃない」
「理解したいとは思うわよ?」
「それで十分だ」
そして、彼は体をテーブルの上に乗り出して、大きな手でわたしの頭を撫でた。
「お前も笑っていろ。大丈夫だ、心配することはない」
俺たちがいるのだから、と聞こえた気がした。
******
エドヴァルドが帰っていった後、再び本を手にした。
わたしの幸せはきっと周りの人も幸せでいることだ。自分だけが幸せでも、幸せじゃない。だって今だって沢山の人に優しくされている。皆、幸せになってほしい。
そう自然に思えると、続きが読みたくなった。
◆◆◆
あなたの手にしたい幸せはわかったかしら?
何をどうしたいのか、考えることは大切よ。ふわふわしているものでも、意識することで無意識のうちにそういう行動になるのよ。
知っていたかしら?
では、次ね。
次も難しいわよ。
あなたはどの従兄が好きなのかしら?
どこが好きなのかしら?
どうして好きなのかしら?
答えがあるなら、次のページに進んでね。
答えがまだなら、ここで考えて。
◆◆◆
「どこが好き?」
驚きに固まった。
二人の従兄は全部大好きだ。
マティアスはお父さまのお姉さまの息子。
エドヴァルドはお父さまの妹の息子。
どちらも同じ年で、5歳年下で生まれたわたしはよく遊んでもらった。
ちなみに、マティアスは次男で、エドヴァルドは長男だ。そのせいか、マティアスはそっと側に付き添う様にいるし、エドヴァルドはぐいぐいと引っ張っていってくれる。でもどちらもわたしをとても守ってくれていた。
どちらも比べようもないが、とても素敵な男性だ。だから、ずっと決められずに18歳になった今でも決めることができなかった。
ふとそこまで考えて、何かを忘れていることに気が付いた。なんだろう?モヤモヤする。
モヤモヤを抱えたまま、次のページに進んだ。
◆◆◆
あなたが今選んだ相手が結婚相手よ。
あなたの幸せ、あなたが好きな相手、意識すればどんな道でも超えていけるわ。
ちゃんと相手を見てね。
身分とか、お金とか、容姿とか、関係ないのよ。
その人を見るのよ。
あなたが正しくその人を見ていれば、あなたが強く幸せを願えば、おのずとあなたの行動が変わってくるわ。
あなたの明るさが周りを巻き込んで明るくなるわ。
さあ、頑張って。
あなたは女王になるのだから。
◆◆◆
どうしよう。
放心した。だって、わたしが選んだのは二人だったから。だってどちらも大好きだ。きっとわたしだけでなく、わたしが望むように国も幸せにしてくれる。二人にはその力がそれぞれあるのだから。
マティアスは政治の力、エドヴァルドは軍部の力。
どちらが欠けてもダメだ。
でも、お父さまは言ったわ。どちらを選ぶのか、と。それは一人だということだ。
「姫様」
不意に声がかけられた。何も考えずに顔を上げると、薄汚れて髪もぼさぼさの知らない侍女がいる。いや、知らなくはない。よく見れば、この間、投獄された侍女だ。
「何故、ここに」
「うふふふ、何故でしょうね?エドヴァルド様が……王になるのですよ」
どこか視点の合わない虚ろな目をしているが、確実にこちらへ近づいてくる。手には短剣だ。
慌てて逃げようと立ち上がったが、まだ病み上がりの身だ。立ち上がってもすぐに崩れ落ちてしまう。
「誰か!」
助けを呼んだが、この侍女が入り込んでいる時点できっと皆やられてしまっているのだろう。唇を噛み締めて、侍女を睨みつける。
「わたしを殺してもエドヴァルド兄さまは王にはなれない!」
「なれますよ。姫様が死ねば、後は簡単です。マティアス様は武官ではないので殺すのも一瞬でしょう」
ひゅっと息を飲んだ。
どうやらこの侍女は軍部の人間の様だ。病気で倒れる前にエドヴァルドから聞いたことがあった。エドヴァルドを乱暴な手を使ってでも擁立したい一派があると。それを抑え込むのに苦労していると。ここしばらく、表向きは穏やかになっていたから忘れていた。
「さあ、苦しまない様に殺してあげ……」
そこで言葉が途切れた。目の前には突き出た剣の先。
ぽたり、ぽたりと赤い血が滴り落ちてくる。その赤い血は私の部屋着を汚していくが目を逸らすことができなかった。
「無事か?」
低い声が聞こえた。怒りを抑えているのか、とても固い声だ。こんな声、聞いたことなどなかった。
「エドヴァルド兄さま」
「すまない。俺の不手際だ。まさかこんな直接的な手を使ってくるなど」
後悔しているのか、ぎゅっと眉を寄せ唇を引き締めている。
「ドロシア、ケガはない?」
遅れて部屋にやってきたのは、マティアスだった。こちらも何人かを斬ったのか、返り血を浴びていた。その様子に目を見開いた。
「ああ、ごめんね?こんな格好で」
「お前、血を浴びすぎ」
「エドヴァルドじゃないんだから、返り血を浴びないなんて技術は私には無理だよ。軍部の人間相手に斬られなかっただけ褒めてよ」
どうやら反乱分子を彼も処分したようだ。全身から力が抜けた。その場にへたり込んだ。
「ドロシア!」
慌てたのはエドヴァルドだ。剣を払い、死体をのけてから私の腕をつかんだ。
「私は汚れているから、触れないな」
残念そうにのぞき込むように屈んでいるのはマティアス。そして、不敵に笑うのはエドヴァルドだ。
遠い昔の記憶に二人が重なった。
そうだ、こんな風にいつも助けてもらっていた。
どうして忘れていたのか、不思議だ。
わたしは国王の一人娘。
だけど、何の力も求心力もない王女だ。それを補うのが、王配と言われる結婚相手だ。実質そちらが王となる。わたしは血脈を続けるためだけにいるのだから。
それを知って泣いていた。
どちらを選ぶのかと常に両陣営の者たちに命を狙われていた。それはこの二人も同じ。
3人、とても仲が良くなるのは時間がかからなかった。だって、お互いの派閥がお互い暗殺者を仕向けていたのだから。逆に3人でいれば、暗殺者も手を出さなかった。お互いを殺し合ってしまいそうだったから、依頼者の主がいる場合は手を出さないようにしていたようだった。
それに気が付いてから、3人で過ごす時間が長くなっていった。
そして、一緒にいる時に約束したのだ。
二人を選ぶと。
何故、忘れていたのか。
違う、お父さまにどちらを選ぶのかと言われて、一人しか選べないと思ってしまったのだ。
「ねえ、わたしの願いを叶えてくれる?」
そう二人に問いかけた。二人は顔を見合わせてから頷く。
「もちろん。私のお姫様」
「何でも叶えてやる」
答えを聞いて、笑みを浮かべた。
「マティアス、エドヴァルド。わたしの王配になってください」
「私たち、二人を選んでしまうの?」
「だって、二人いないと国がダメになっちゃうでしょう?」
「ははは、お前らしい」
エドヴァルドは可笑しそうに笑うと、大きな手で頭を撫でてくれた。
******
今日、結婚式だ。
そして、立太子する。
両脇には二人の大好きな従兄たち。
マティアスは少し銀色のかかった白のフロックコート。
エドヴァルドは黒の式典用の軍服。
二人にエスコートされて父である国王の前に三人で跪く。そして、頭を下げた。
「国を繁栄に導くよう、常に努力を惜しむことなかれ」
そう一言、告げるとわたしの頭に王太子の印である冠が被せられた。頭が急に重くなり、責務の重さを実感する。ゆっくりと頭を上げて父を見つめた。
「お任せください。二人の王配と一緒に国を護っていきます」
そう笑みを浮かべると、嬉しそうに国王は目を細めてた。その顔は国王というよりも、父としての顔だった。
◆◆◆
無事に女王になれたかしら?
今幸せかしら?
もしわたしの言葉でそう思える何かがあったら、素敵だわ。
わたしも幸せになれたから、あなたも幸せになってね。
そして、もし可能であれば。
どんな幸せを手にしたか、これから生まれるわたし達のような第一継承権を持った王女への伝言を追加してちょうだい。
では、またね
◆◆◆
久しぶりにあの本を手にした。最後まで読むと、長い間わたし達と同じような立場の人たちがどうやって幸せになったのか、書かれていた。すべての文字が異なることから、きっとその時にこれを手にした王女が追加していったのだろう。
ねえ、本の中のあなた。
わたしも幸せになったわよ?
次に生まれるだろうあなた。
わたしの幸せになるまでの話を聞いて?
Fin.