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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第八十六話 皇女の条件

帝国議会で援助継続の議案が読み上げられると、反対席から一斉に声が上がった。

「王国は我々に剣を向けた。なぜ税で救う」

アーデリアは戦争で失われた帝国の学校と道路の修繕費を先に示した。

反対する者にも守りたい暮らしがある。

援助の賛否を単純な善悪で分ければ、戦傷者の声を置き去りにする。

彼女はその事実を隠さなかった。

王国使節は救援物資を借款として扱う条項を持ち込んだ。

返済が遅れれば病院設備を差し押さえられる条項があった。

医療提供を止めかねない条件だった。

アーデリアはその行を消した。

「医療を担保にしない」

使節が「帝国にも不利です」

と言うと、彼女は頷いた。

「だから双方に適用します。いつか帝国が助けを必要とする日にも」

セレナは救援物資の数量、輸送費、品質検査を両国が閲覧できるよう求めた。

議会の外では、戦傷者の家族が寒風の中で待っていた。

帝国の兵士たちは王国との戦争で傷を負い、帰ってきても仕事に戻れない者が多い。

アーデリアは議場へ入る前に、一人の女性から古い義足を見せられた。

「これが折れたら、息子はまた寝台から出られません」

皇女は新しい義足を約束しかけ、言葉を飲み込んだ。

約束だけなら誰にでもできる。

必要なのは工房と職人、継続して支払う予算だった。

王国使節は帝国の救援案を歓迎したが、財務官が差し出した契約書には小さな文字が並んでいた。

物資の返済が滞った場合、共同病院の設備を担保として差し押さえる。

アーデリアはその条項を指で押さえた。

「これを認めれば、患者が増えたときほど病院が危うくなる」

使節は「担保がなければ融資が成立しません」

と言う。

皇女は答えた。

「ならば、医療設備以外の返済方法を議論しましょう」

セレナは双方の帳簿を並べ、薬の必要数と輸送費を示した。

王国の患者だけを優先する表ではない。

帝国側の戦傷者と、国境の避難民に必要な薬も同じ欄に載せた。

帝国議員の一人が皮肉を言う。

「あなたはどちらの国の医師なのだ」

セレナは答えた。

「目の前の患者の医師です。でも、その患者を支える税を払う人たちにも説明する責任があります」

審議は長引いた。

反対派の議員は、援助の一部が不正な業者へ流れたという噂を持ち出した。

アーデリアは噂を否定するだけで終わらせず、契約の公開と第三者監査を提案した。

「不正を恐れるから救わないのではなく、不正が起きても見つけられるようにする」

それでも賛成票は足りない。

休憩中、皇女は議場の窓から外を見た。

義足を持った女性はまだ立っていた。

セレナが言った。

「すべてを一度に救う約束はできません」

アーデリアは苦く笑う。

「それが一番言いたくない言葉ね」

二人は援助を段階的に実施する案を作った。

最初の三か月は緊急薬と水の確保に限り、その後は監査結果を見て拡大する。

同時に帝国の戦傷者支援予算を別枠で確保する。

採決の結果、条件付きで議案が通った。

反対した議員にも監査委員の席が与えられた。

アーデリアは議場を出ると、義足を抱いた女性に近づいた。

「息子さんの支援は、今日の予算に入りました。ただ、工房の準備には時間がかかります」

女性は目を閉じ、深く息を吐いた。

「いつかではなく、いつ頃かを教えてください」

皇女は担当者に日程を書かせた。

その夜、アーデリアは自分の執務机に二つの報告書を置いた。

一つは帝国の負傷者、一つは王国の避難民。

どちらも薄い紙の束で、そこに書かれた暮らしの重さは同じだった。

議案の可決を受け、王国の使節は祝杯を用意しようとした。

アーデリアは断った。

「まだ薬は一瓶も届いていません」

彼女は監査担当者を呼び、国境の倉庫から病院までの経路を地図に記させた。

道路の一部は戦争で崩れ、雨が降れば荷車が通れない。

予算があっても、運べなければ患者は救えない。

帝国の退役兵代表は、皇女の説明を聞いても納得しなかった。

「敵を助ければ、また剣を向けられる」

アーデリアは言った。

「その恐れを軽く扱いません。だからこそ、軍事物資と医療物資を分け、受け渡しを記録します」

彼女は共同病院への物資が軍へ転用されないよう、双方の医療者が確認する仕組みを提案した。

セレナは、王国側の病院で薬が不足している理由を説明した。

戦争で道路が壊れ、薬草畑も荒れた。

病人が増えたことだけが原因ではない。

「援助が途切れた後も続けられるよう、現地の薬師を育てたいんです」

皇女は頷いた。

短期の救援だけでなく、製薬設備の修理と教育を次の段階に含めることになった。

数日後、最初の荷車が国境に着いた。

検査官が箱を開けると、瓶の一部が割れていた。

輸送業者は「少しなら問題ない」と言ったが、ニナは受け取りを拒んだ。

「数が合っていても、使えない薬は薬ではありません」

破損を記録し、代替品の発送を求めた。

手続きは遅くなったが、患者に危険な物を渡さずに済んだ。

アーデリアは報告書の余白に書いた。

「援助は、相手を従わせるための鎖にしない」

その下には、帝国の戦傷者への義足支給の進捗も記した。

どちらかを忘れれば、次の議会で信頼を失う。

半年後の監査日程が決まると、アーデリアは報告書の表紙に自分の署名を入れた。

失敗したとき責任を取る者がいなければ、どれほど美しい協定も空文になる。

セレナは王国へ戻る馬車の中で、最初の荷車に積まれた薬の一覧を見直した。

必要な患者の数は変わり続ける。

協定もまた、現場からの報告に応じて変わらなければならない。

国境を越えるのは荷車だけではない。

互いに説明を求め、応える責任も越えていく。

採決前、帝国の母親が傍聴席から立った。

息子は戦場で足を失っていた。

「うちの子の義足より、敵国の薬が先ですか」

アーデリアは即答しなかった。

「先にはしません。どちらも予算に入れます。そのために別の支出を削る責任を負います」

結果は条件付きの可決。

半年ごとの監査と、帝国側の被害者支援が明記された。

セレナは皇女に礼を述べた。

皇女は疲れた顔で笑う。

「感謝は、半年後に数字と患者の声を見てからにしてください」

協定締結から三日後、最初の輸送車が国境で足止めされた。

箱の表示は正しくても、受領側の保管庫には冷暗所が足りなかったのだ。

アーデリアは開通式の祝宴を中断し、現場に向かった。

「署名したのは紙ではありません。届くまでの責任です」

ニナは一部を別の倉庫へ移し、温度の記録をつけるよう命じた。

皇女は遅延の報告を隠さず公表した。

失敗を知らせることが、次の便を守る最初の仕事になった。

援助物資の遅延報告を受けたアーデリアは、議会で「輸送を増やせば済む」

とは言わなかった。

道路の修繕、荷車の手配、国境での検品にはそれぞれ人手が要る。

彼女は遅延日数と不足した薬の種類を公開し、優先配送の基準を医療者と共同で決めると約束した。

反対派の議員も、数字が出れば次の審議で問い直せる。

皇女はそれを、援助を続けるために必要な監視だと受け入れた。

国境の倉庫で働く職員には、王国の言葉が分からない者もいた。

誤配送を防ぐため、ニナは薬箱に絵と番号を併記するよう提案した。

通訳を介して確認すると、似た名前の薬が別の棚に置かれていたことも分かった。

援助協定の大きな文字だけでは救えない命がある。

小さな箱の表示を直すことも、皇女が署名した約束の一部だった。

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