↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/135

第七十八話 王子が王位を奪った夜

王宮の門が閉じられ、国王の侍医さえ入れなくなった。

侍医は薬箱を抱え、衛兵に訴えた。

「陛下には朝の薬が必要です」

衛兵は命令書を示すだけだった。

王国の継承法では、国王が執務不能になった場合、侍医二名の診断と王国評議会の承認を経て初めて摂政を置ける。

だがレオニスが示したのは、国王の病状を一方的に告げる布告だけだった。

侍医の連署も評議会の議決もないまま、王子は摂政を自称して非常措置を宣言した。

しかし法定の承認が欠ける以上、その布告は正式な摂政任命の根拠にならず、王位継承も成立していない。

商人は店を閉め、役人はどの印章に従えばよいか分からなくなった。

レオニスは玉座の前に立ち、勝利を確信していた。

だが広場から聞こえたのは祝賀の声ではない。

門を開けろと求める人々の声だった。

彼は側近に兵を増やすよう命じた。

恐怖で静かにさせることと、支持を得ることを、最後まで取り違えていた。

帝国では王都への進軍を求める声が上がった。

アーデリアは首を振った。

「王国の王を帝国軍が決めれば、救援も支配に変わります」

ガレスには国境の警備を命じ、リゼには医療物資の輸送を続けさせた。

戦争を止めるために軍を使うことが、必ずしも人々を守ることにはならない。

セレナは王都の病院から届いた手紙を読んだ。

薬が足りず、看護人が夜通し働いているという。

政変を止める力は彼女にない。

それでも患者を見捨てる理由にもならない。

彼女は返書に、次の薬箱の到着予定と、受け取りを担当する医師の名を書いた。

非常大権の宣言が読み上げられると、王宮の門が内側から閉ざされた。

国王の侍医は、薬を届ける許可証を握って立ち尽くした。

「陛下は今朝も熱があります」

セレナは政争の報告より先に、その薬が届く経路を確かめた。

王位を奪う夜にも、病人の身体は待ってくれない。

王宮の回廊をふさぐ兵士の靴音が、病院へ続く道まで響いた。

王子の兵が回廊を封鎖した夜、国王は窓から灯りの消えた市街を見下ろした。

玉座を守るために軍を動かした息子は、病院の灯りを守ろうとはしなかった。

その違いが、国王には恐ろしかった。

王位を巡る噂が、治療待ちの列にまで届いていた。

国王を守る兵と王子に従う兵が互いを疑い、病院への搬送路が塞がれた。

セレナは政治の決着を待たず、両陣営へ患者搬送だけは通すよう要求した。

王位を誰が継ぐか決まるまで、病人が呼吸を止めて待ってくれるわけではない。

王宮大広間。

レオニスは、兵を並べて即位を宣言した。

「私に逆らう者は、王国に逆らう者だ」

レオニスは、王冠を自らの頭に載せた。

その結果、拍手をする臣下はほとんどいなかった。

王宮北棟。

老国王は、息子の暴走を止められなかったことを悔いた。

「私が見なかったものを、民は見ていた」

老国王は、幽閉先から王子の権限停止を求める書簡を書いた。

その結果、侍従が命がけで文書を運んだ。

東部都市会議。

マルクは、新王の命令を無効と宣言した。

「王冠を奪えても、信頼は奪えない」

マルクは、各都市の自治と医療継続を確認した。

その結果、王国軍の一部が都市側に合流した。

帝国執務室。

アーデリアは、内乱への介入を求められた。

「救援は続けます。王位を決めるのは王国の人々です」

アーデリアは、人道回廊と外交交渉を維持した。

その結果、帝国軍は国境を越えずに待機した。

王都に新しい布告が貼られた。

王子が王権を掌握したという知らせに、広場では歓声よりも沈黙が広がった。

国王の所在が不明なままでは、どの命令が有効なのか誰にも分からない。

アーデリアは帝国軍の越境を求める議員を退けた。

「王国の王を、帝国が決めてはいけません」

代わりに人道回廊を維持し、地方評議会との連絡を続けた。

セレナは王都の患者名簿を開く。

政権が変わっても、薬を待つ人々の名前は変わらなかった。

二種類の命令書の間で、役人たちは患者の搬送を止めかけていた。

王都の役所では、二種類の命令書が届いていた。

国王の印章を持つ従来の命令と、王子の名だけで発せられた非常措置の新命令。

王国法で必要な侍医二名の診断と王国評議会の承認はなく、国璽による認証も公示されていなかった。

役人たちはどちらに従うべきか迷い、病院への薬の搬出が止まった。

若い書記官は上司に尋ねた。

「患者を待たせる根拠は、どちらの紙にあるのですか」

上司は答えられなかった。

彼らは薬だけを先に出し、後で責任を問われる覚悟を決めた。

アーデリアはその報告を受け、王国側の医師に感謝の書簡を送った。

王位の正統性には触れず、医療物資の通行を認めた事実だけを記した。

セレナは書簡の写しを読み、国境の向こうにも同じ判断をする人がいることを知った。

王宮の門が閉ざされても、診療所の扉まで閉じる必要はなかった。

王宮の門前で薬を届けようとした侍医は、暫定的な通行許可を得た。

しかし中に入ると、国王の部屋には別の兵が立っていた。

彼らは薬の瓶を調べ、渡すまで長い時間をかけた。

侍医は怒りを抑え、患者の状態を確認することだけに集中した。

王位をめぐる争いの中心にも、一人の病人がいた。

宮廷の外では、町の医師たちが互いに薬を融通し、診療を続けていた。

王都の診療所には新旧二つの印章が押された通行証が届いた。

医師はどちらを信じればよいか分からず、薬を待つ患者の列を見た。

彼は書類を机に置き、先に診察を始めた。

あとで責任を問われるかもしれない。

それでも、目の前の熱は王位争いが終わるまで待ってくれなかった。

夜半、王宮の侍医から短い書付が届いた。

国王の熱が上がっている。

昼に認められた搬入許可は一回限りで、夜の追加分は再び止められていた。

アーデリアはその紙を読んで、帝国軍を動かすよう迫る側近を退けた。

「王宮の門を破れば、治療より先に戦闘が始まります」

彼女は中立の医師会を通じて薬の搬入だけを求める文書を出した。

王国の医師たちにも同じ写しを送る。

返事は遅かった。

だが王宮内の厨房係が、食料の運搬札に薬箱を紛れ込ませようとしたと知ると、アーデリアは止めさせた。

「発覚すれば、今後の食事まで止められます」

正面からの交渉は遠回りだった。

それでも夜明け前、侍医の署名付きで搬入許可が届いた。

薬箱が門をくぐったとき、誰も勝利の声を上げなかった。

政治の争いに病人を巻き込まない。

その最低限の約束を守るだけで、一夜を費やしたのだった。

王宮の内側では、摂政就任を称する宣言を読まされた書記官が紙を握りしめていた。

国王の印章だけでなく、侍医の連署と評議会の承認記録が欠けていることに気づいても、声を上げれば家族が危ない。

隣の侍従が小声で告げた。

「印章の欠落だけは、写しに残せ」

書記官は余白に日付と立会人の名を書き足した。

抵抗と呼ぶには小さすぎる行為だったが、命令の正当性を後で調べる手掛かりになった。

国王の部屋へ通じる廊下には衛兵が二人立っていた。

侍医は薬箱を開き、薬の種類と必要時刻を一つずつ説明した。

「王子の許可が必要だ」

と言われると、彼は「では拒否した時刻とお名前を記録します」と答えた。

衛兵の一人が顔色を変えた。

しばらくして扉が開いた。

国王が生きているという事実は、その日の王都で最も守られるべき情報になった。

侍医は国王の薬を届け終えると、病室の扉の前で深く息を吐いた。

王位を争う人々の声は廊下にまで響いていたが、患者の呼吸を確かめる間だけは、医師としての仕事に集中できた。

その夜、厨房の使用人たちは食料庫の前で立ち尽くした。

王位を巡る争いが始まっても、病棟へ運ぶ粥は止められない。

年長の料理人は鍋を持ち上げた。

「誰が王でも、病人は腹を空かせる」

若い使用人が扉を開け、二人は裏通路から病院へ向かった。

王宮の廊下で兵が配置を変えるたび、病棟の使用人たちは足を止めた。

厨房から粥を運ぶ道も封鎖され、料理人は空の鍋を抱えて戻りかけた。

だが見張りの若い兵は、病院の配膳札を見て脇道を指した。

「俺が案内したとは言うな」

王位を奪う者の命令が、まだ全員の心まで奪ったわけではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。