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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第百二話 薬草畑の春

薬草畑の試験区画には三種類の札が立った。

排水を改善した畝、土を入れ替えた畝、何もしない比較用の畝。

テオは最初、比較用の畝を無駄だと言った。

「失敗するのが分かっているのに」

エドガーは首を振る。

「何が効いたのか確かめるには、変えなかった場所も必要です」

三週間後、排水を改善した畝には芽が残り、肥料だけを増やした場所では葉が黄ばんだ。

だが畝ごとの日当たりも違っていたため、エドガーは肥料だけが原因と結論づけるのを止めた。

テオは肥料をもっと足したくなったが、娘が帳面を押さえた。

「また同じことをするの?」

父親は苦笑し、まず土の湿り具合を記録した。

そのころ診療所では、薬草の不足を補うために別の処方を使う案が出た。

セレナは効き目が似ていても量を勝手に置き換えないよう求め、エドガーに症例ごとの確認を頼んだ。

収穫を待てない患者には、他地域から確保した薬を優先して回す。

畑の成功と患者の安全は、同じ時間で進むとは限らない。

乾燥室で、テオの娘が一袋だけ色の違う葉を見つけた。

見た目にはわずかな差だったが、袋を開くと湿った匂いがした。

出荷を急ぐ商人は「混ぜれば分からない」と言った。

テオは娘の前で袋を閉じた。

「分からなくするために育てたんじゃない」

傷んだ葉を隔離し、原因を調べることにした。

前日の雨で乾燥室の窓が閉め切られ、奥の棚だけ風が通らなかったらしい。

エドガーは同じ日に採れた葉でも棚の位置によって品質が変わると説明し、保管方法の記録を求めた。

テオは自分の畑を疑われたようで顔を曇らせたが、娘は「これで次は直せるね」と言った。

翌日、二人は棚の間隔を広げ、風の通り道を紙片で確かめた。

出荷の前日、薬師の一人が試験区画から採れた葉の香りがいつもより弱いと報告した。

テオは胸が冷えた。

乾燥が足りなかったのか、収穫が早かったのか。

それとも土を変えた影響なのか。

見た目だけでは答えは出ない。

エドガーは袋を開封せずに保管し、採取した畝ごとに試料を分けた。

「患者に使う前に確かめる」

テオは納期を守れないと商人に頭を下げた。

商人は苛立ち、「見た目は同じだろう」と言った。

テオの娘は思わず言い返しかけたが、父親が止めた。

「同じに見えることと、同じ薬になることは違う」

数日後、検査では有効成分のばらつきが見つかった。

病院向けの規格に届かない袋は出荷を見送り、原因を調べるため畝の記録を照合した。

日当たりが良い区画でも、乾燥室の棚が密集した場所では品質が落ちていた。

畑だけを直しても、乾燥工程で失敗すれば意味がない。

テオは商人を乾燥室へ招いた。

「今度は、ここも見てほしい」

商人は棚の間隔を測り、風が抜ける位置に印をつけた。

「取引を続けるなら、検査の費用をどう分けるかも決めよう」

値段の話から逃げずに、次の契約へ進めた。

娘は売れなかった袋を見て、もったいないと呟いた。

テオは頷いた。

「そうだな。だから次は、捨てずに済む作り方を考える」

不合格の札を外さず、棚の横に吊るした。

春の畑で育てていたのは薬草だけではない。

失敗を隠さない仕事の仕方だった。

その頃、王都の病院では薬の入荷が遅れ、エドガーが処方の優先順位を検討していた。

セレナは農園へ急いで収穫を増やせと命じなかった。

薬が足りないからと未検査の葉を使えば、患者に危険を移すだけだ。

代替薬を使える症例と使えない症例を分け、搬送が必要な患者には先に連絡を入れた。

初出荷の日、テオは納品書に『規格外として除いた袋数』まで書き込んだ。

商人は眉を上げたが、受け取りの署名をした。

「次も同じように記録してくれ」

娘が小声で「損したのかな」

と尋ねると、テオは答えた。

「今日の売り上げは減った。でも、来年も買ってもらえる仕事をしたんだ」

その夜、テオは娘に前金の帳簿を見せた。

売れなかった袋の分だけ、冬に買う薪の予算が減っている。

『お前に苦労をかけるな』。

娘は帳面を閉じず、父親と一緒に次の納期を数えた。

試験を続けるかどうかは、農家の生活にも関わる決断だった。

最初の検査に不合格の札がついたとき、テオは商人から前金の返還を求められた。

農具を買うために使った金だった。

娘は『少しだけ混ぜれば分からない』と囁きかけ、自分の言葉に驚いて口を閉じた。

テオは売れない袋を抱えたまま、セレナに聞いた。

『正直に作っても、畑がなくなったらどうすればいい』。

セレナは簡単な励ましを言わなかった。

病院が必要とする品質を下げることはできない。

しかし不合格の理由を知らせず農家だけに損失を押しつける契約も続かない。

翌日、テオと商人、薬師が同じ机についた。

検査費は誰が負担するか。

試験栽培の失敗はどこまで農家の責任か。

納期に間に合わない患者の薬は誰が確保するか。

議論は昼を過ぎても終わらなかった。

娘が帳面を開き、区画ごとの収量と規格を満たした袋数を並べると、商人の表情が変わった。

『全部が駄目なわけではないのか』。

出荷できる区画を先に確保し、試験区画の損失は次年度の共同研究費で一部負担する暫定契約が結ばれた。

数週間後、乾燥室に新しい棚が届いた。

テオは娘と一緒に、棚の位置ごとに紙片を吊るして風の通りを確かめた。

日差しが強い日も雨の日も同じ条件にはならない。

娘は観察欄に『分からない』と書き込んだ。

父親が『空欄でいいだろう』と言うと、娘は首を振った。

『分からないなら、次に調べることがあるって分かるもの』。

畑の記録は、失敗を隠すための帳面から、次の作付けを決めるための道具へ変わっていた。

次の作付けを決める席で、テオは増産の希望を出した。

エドガーは検査を通った袋の割合を示し、まず品質が安定した区画だけを広げるよう提案した。

娘は帳面に「売れた量」

だけでなく「患者に使える量」

と書き足した。

種を受け取った隣村の農夫は、収穫を保証してくれと求めた。

テオは首を横に振り、試験記録を差し出した。

「うまくいかなかった場所も、ここにある」

農夫は不安そうに頁をめくったが、最後には種袋を受け取った。

確かなことだけを伝える誠実さが、畑を一つ増やした。

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