29話 決戦前夜
予想外の案は予想外の形で着地しようとしていた。
「何故バフを小娘にかけるんだ? ナルに使えば力押しだって出来るかもしれないぞ?」
「まどろっこしい、私のことはミレイと呼べ。これでも見たら少しは納得するか?」
ミレイは懐からコインを一枚取り出す。
「『プログラム書き換え』」
取り出したコインを1枚指で弾く。するとコインは閃光のように輝き発火し、地に落ちる前に燃え尽きてしまった。
「な、何だ今の!? 魔法にしては随分小器用だ、いやそもそも魔力が使われていない? 一体どんな手品だ!」
「馬車の中じゃなければもっと凄いものも見せられるが、まぁそれはやめておこう。簡単に言えば隙さえつけば攻撃もデバフも今の要領で可能だ」
「確かに前にもバリア張ったり、ただの石ころを隕石みたいにしてぶん投げたりしてたしね」
「そういえば、エルムダールに龍狼が出た時もミレイさんが龍狼を手の平くらいに小さくして草むらに逃してましたもんね」
「こ、小娘! いや、ミレイよ! お前そんなにおっかない奴だったのか!?」
ミィナとカイルの体験談を聞きオウガはミレイに対する考え方が変わっていた。確実に危険な存在だと認識した。
「少しは納得してもらえたかな?」
(確かに……プログラム書き換えさえモロに入ればウィスタリアじゃ実質無敵だしな)
「ほんま、不思議な能力の持ち主だわ……それじゃ、危険な役になってしまうがミレイに頼んでええんやな?」
「ああ、構わんよ」
ミレイの返事に躊躇いはない。
(待てよ! 大丈夫なのか? いくらミレイでも運動能力に関しては人並み以下だろうが!)
スクリプトコードの強さはレンもわかっているが、それ以前に戦闘に長けているであろうブラックリストにミレイのバイタリティが追いつくのか不安になっていた。
「それをバフで補うのだろう? それに同じ事をやるなら初回しかチャンスがないだろうからな。相手にデバフがかかるこの一度きりがな」
「デバフ? 相手に? 何だよそれ?」
「"油断"だよ。少なからず誰しもが持ち合わすデバフだと私は思っている。現にレンは私を運動音痴として見ることによって油断しただろう? 周りの反応も同様だ」
「な、なるほど……」
妙に納得させられたレンだった。
「作戦決めた矢先に言うのもあれやが、ソルも大丈夫か? 俺が一矢報いたかったとか後から言わんか?」
「正直、そういう気持ちが無いわけじゃないが、先ずは確実に先手は打たないといけないしな……」
ソルもナルも、この作戦で賛成ではあった。これにてひと先ず、大筋は決まった。しかしレンの中には消化し切れない部分が残っていた。
——馬車が発ち数時間。外は日が沈み始めていた。長距離の移動故、今日は比較的安全な場所でキャンプをする事となった。幸いにも必要な部材は馬車に常備してあった。とはいえ魔物が出る場所である以上見張りは必要だった。
2人〜3人ずつ1時間交代で見張りをする事にした。
「ソル、アンタ最近よく鍛錬してるわね」
ソルは夕暮れの見張りの最中も、剣の素振りをしていた。
「ああ……ちょっとな。親父に教わった技を思い出そうとしてな。まあ俺の大剣じゃ不向きな技だから実践じゃ使えないかもしれないが」
「あれ、ソルが今使ってる剣は、ライザさんの剣じゃないの?」
カイルは、ソルが使ってる剣がずっとライザの形見の剣だと思い込んでいた。
「親父の剣は、孤児院を発つ時に置いてきたんだ。もし折っちまったりなくしたりしたらマズいしな。それに、親父の剣を扱えるほど、俺の実力はねぇよ」
ソルは自身がまだ未熟だと、悔しそうに口にしていた。
「なんというか、巻き込んじまって悪いな……」
「やめてよね、アンタらしくない。戦う前からしんみりしてどうすんのよ?」
「そうですよ。ソルはこういう時こそ自信を持った方がいいと思います。なんだかんだでここまで来たんですから」
「そうね、それにレン達も、ナル達もいる。アンタ1人じゃないのよ。この際後ろは私達に任せなさい。アンタは何も考えず、真っ直ぐ突き抜けなさい?」
ミィナとカイルの言葉にソルは目を開いて耳を傾けた。
(1人じゃない……そうか、俺はもう——)
ソルは孤児院の頃の記憶をフラッシュバックさせた。そして吹っ切れたように顔を上げる。
「ダッハッハ! お前ら言うようになったじゃねえか! 俺もまだまだだな! 特級ブラックリスト、絶対獲ろうぜ!」
いつもの様子のソルを見て、ミィナとカイルは胸を撫で下ろした。
——日も落ち、夜が訪れた。見張り役が代わり、紅影メンバーで見張りを始める。
「特級……首刈り……」
オウガは事前説明なしに連れて来られたことをボヤいていた。
「オウガ、大丈夫ですよ〜体格だけならきっとブラックリストにも負けてないです〜」
「キキ、それあんまフォローになってへん。でもオウガもオウガでそのナリでいつまでビビってんねん!」
ナルはうだつの上がらないオウガの尻を蹴り上げた。
「怖いのは怖いが……俺とてお前と気持ちは一緒だ。お前の兄……グレンさんを手にかけたのは許せん」
「私もです」
「わかっとんのやったらいい。兄さんと守ってきたこのパーティ、必ず報わしたる」
オウガもキキも、元々戦闘に長けた力はなかった上、亜人ということもあり中々ギルドで声がかからず一人でいた所をグレンが勧誘していた。
パーティ結成当時はオウガもキキも無口だったが、グレンの献身さや、ナルとの関わりで徐々に馴染んでいったのだった。
「厳しい戦いになるかもしれんが、今回は志を共にする味方が追加で5人もおるからな! やるしかあらへんで!」
ナルは二人の前に手を出す。言わずも、二人は理解しナルの手の上に、手を重ねた。
(兄さん見といてな。必ず仇は取ったる——)
夜も深くなり、見張り番をレンとミレイに代わった
「ミレイ、ずっと聞きたかったんだけど、どうしてミレイが闇討ち役を引き受けたんだ?」
「なんだ? それならさっき話したじゃないか?」
「そういうことじゃねえよ。何で毎度危険な役を引き受けるんだって聞いてんだよ」
「……ほう」
「今回の件にしろ、魔界樹の時だって無茶苦茶な案を出すし、それに、結果的には良かったかもしれないがウィスタリアへのログインだってお前が先陣切って——」
「解らないのか?」
ミレイはレンを鋭くも寂しそうな目で睨みつけた。
「えっ……?」
「じゃあこれも宿題だな。私が存命の内に答え合わせをさせておくれよ」
レンには珍しくミレイが少し怒っている、そしてどこか寂しそうな風に見えた気がした。
「それはそうと、今回の件で確信した事がある」
「確信?」
「ウィスタリアは私達以外にゲームの操作権やバグを発生させる方法を持ち、それは明確に私達を挑発しているということだ。当然、ウィスタリアのキャラにそんな芸当が出来るやつは存在しない」
「前にも外部の人間が関与してる可能性があるって話はしてたよな。じゃあそいつってやっぱり……」
「ああ、ウィスタリアは公に出していない。それに並みのハッキングであればバグの一つすら起こす事は出来ない。だが、ウィスタリアの存在を知っていて、こんな真似が出来る唯一の人間となると、やはり『ナーシャ』でほぼ決まりだな」
「ナーシャ……」
『ナーシャ』という名をレンは名でしか知らない。だがその才能はミレイの反応や、ウィスタリアのイベントホライゾンすら弄れる可能性がある存在というだけで脅威だった。
ミレイのスクリプトコードの様にその気になれば世界の理だって変えてしまうことだって出来る。無垢な悪意でその力を振りかざしたら幾らミレイがいても取り返しの付かないことになる。
「——という訳で、今回の戦いが無事に終わったら挑発に乗ってやろうと思う」
「挑発に乗るって……まさか!?」
「わざわざイベントコードを仕込んでまで手招きしてるんだ。それに放置するより面と向かって対処した方が良さそうだしな」
「無事にブラックリストとの戦いを終えたら、ナーシャと決着をつける」
ミレイの決意。レンは無言でうなづく。だが一つ、レンの中で僅かな疑問が生まれた。
(ミレイ、なんか焦ってないか……?)
——その傍ら、彼女は2人の会話の一部始終を聞いていた。




