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5.とある異世界転生の物語(お嬢様編・後)

 ついにその夜がやって来た。

 ポルトイの港には輝かしい船が何隻も止まって、歩くだけで画になる美男美女が城へ入って行った。

 月が無く、やや曇った空模様で。

 だからこそ城の灯が酷く眩しかった。


 領主のお父様は心から喜んでやってきた貴族を祝福した。

 貴族たちもビジネスだけでなく、ポルトイの豊かな料理の並ぶ晩餐会を楽しんでいた。


 僕はというと普通に浮いていた。

 酷く孤独だった。

 重たいグラスに未成年だからとオレンジジュースを入れて、そこに猪獣を狩ったという称号だけつけて、でもそんなのはポルトイだけの話で、貴族は興味が無い。

 だからこの子誰だよ。って冷めた目を向けられた。


 貴族の子供が、まだ小学生ぐらいの子供が僕の方へやってきて。


 「なんでこの人、居るの? ただの市民じゃーん!」


 って馬鹿にしてきた。

 正直、まさしくその通りで僕は自分に聞きたかった。

 しかもこの子供の親が


 「そうねぇ。まぁポルトイは寛容ですからねえ」


 と遠回しな嫌味を言ってきたから、まぁ、この国の文化は終わっていると実感した。

 今に始まったことじゃないけど。

 

 もう居たたまれなくなって廊下に出て行ったところ、ひと際イケメンのキラキラした青年が若い女に囲まれていた。


 「ライオス様、今日は一段と格好いいですわ」

 「君は一段と美しいね」

 「私も頑張ってコーデしてきましたの」

 「うん。似合っているよ。この前のサファイア色のドレスはクールで、そっちも似合っていたけど」

 「覚えてくれたの?!」


 と、イケメンがちやほやされているだけだった。

 そのファッションはなかなか先鋭的だった。他の男貴族はサーコート、僕もそうだが、でもこのイケメンはタキシードって感じだった。

 現代風と言えばいいが、僕はそれでいてどこか親近感を覚えた。

 そのせいでじーっと眺めてしまって、目が合った。

 すると囲んでいた女が顰めた。

 

 「なにあの子。じろじろ見て」

 「品位がありませんね。どこの子でしょう?」

 「まぁ君たち。彼は初めてだろう。そう厳しくしては可哀そうだ」

 「けどねぇ……」

 「君!」


 と、ライオスと名乗るイケメンがわざわざ僕の方へやってきた。

 確かにタキシードだ。僕は服をじっと眺めていた。

 ライオスはそれに気づいたようだ。


 「この服かい? 珍しいだろう。これはリマニアの商人から買ったんだ。いいセンスをしてると思ってね。場違いに見えたかな?」

 「いえ、そんなんじゃ」

 「ならどうして? 興味あるのかい?」

 

 リマニアの商人。そしてこのイケメン。

 なんか嫌な予感がする。

 

 「リマニアってあのリマニア?」

 「あのって? 多分、リマニアは世界に一つしかないけど。名前の事かい? ああ、僕はリマニアの皇太子のライオスだ。そうだ。君はどこの誰なのかな」


 ライオスは例の婚約者だった。しかも純真だった。

 だからここで正直に猪獣を狩ったシユウです。なんて言えるはずもない。

 負ける気がするし、すでに負けてる気もする。


 「ジャオパン王国のレントゲンです」

 「聞いたことのない国だね。僕もまだまだか」

 「ジャオパン王国ってなによ? ふふっ」


 その声は。と振り向いたのはライオスもだった。


 真っ赤なルビー色のドレス。

 尖ったハイヒール。

 髪は縦にくるくるしてる。カールアップ。

――エレガントで、でも優しさ溢れる笑顔の、カレンさんだ!


 「これは凄い。思わず言葉を失いました」

 「そうですか? これはうちのレジーに頼んで貰ったの」

 「へぇ~なかなかのセンスだ」


 と美男美女が話しているせいで、僕は割り込めない。

 その代わりに同じく割り込めない嫉妬の声がよく聞こえた。


 「なにあの女。自分アピールうざ」

 「生まれで顔とスタイル良いだけの癖に」

 「笑っちゃってキモ過ぎ」


 と言いたい放題。

 僕は少しムカついた。

 さっきだって僕を馬鹿にしたのに、カレンさんまで傷つけるだなんて。


 居ても立ってもられず、僕はそいつらの前に出て行った。


 「カレンさんのどこがキモイって? 滅茶苦茶、綺麗だろうが!! 非の打ちどころなく美女だろうが!!」

 「えっ……」


 なんか違ったらしい。喧嘩を売ったつもりだった。

 でもなんか引かれた。

 ならもっと喧嘩を売っていくしかない。


 「晩餐会で色んな人見たけど、やっぱりカレンさんが一番綺麗だろうがよい!」

 「ちょっ、ちょっと、あの、止めて! 恥ずかしいから!」

 

 カレンさんが滅茶苦茶赤くなってる。

 ルビーのドレスより赤い。

 でもドレスよりやっぱり綺麗だった。


 一方で嫉妬女たちは黒かった。


 「クスクス、もしかしてこの子、カレンのこと好きなの?」

 「お似合いじゃーん」

 「ヒューヒュー!」


 正直、これは煽りなのか?

 満更でもない。

 僕が満足げに頷くと、やはり嫉妬女たちはドン引きした。

 なんだこれは。


 しかもカレンさんはなおも恥ずかしがっていた。

 からの何か面白がってもいた。

 頷く僕に気づくやいなや嬉しそうに腹を抱えた。


 だから嫉妬女たちはもっと嫉妬した。

 酷く顔を歪めて、しかし何も言えないようだ。

 

 そんなところに皇太子がやって来た。


 「確かに今日は彼女が一番可愛いからね」


 とはっきり宣言した。

 こうなると嫉妬女たちはネズミの如く逃げる他なかった。

 皇太子はそれを自慢げに言って、口説くつもりだった。

 けどもまぁ、一方の本人はまだ腹を抱えていた。


 「恐れ入ったよ。君、名前は?」

 「シユウ」

 「シユウ。それって確か、猪獣を狩ったというシユウ君か」

 「知ってるのか……ですか」

 「ああ。婚約者の地元の事だからね。そうか、君が……」


 皇太子は僕を足元から頭まで眺めた。

 その心はどう見ても嘘だろって、信じていないようだ。

 僕はその馬鹿にした野郎の態度でやっと気づいた。

 タキシードに親近感はあるが、タキシードに親近感は無い。

 僕は日本でもこんな晩餐会に出たことなんてないからだ。

 どちらにせよ、貴族は貴族。

 そういうことだった。


 「ねぇ、ライオス。お父様への挨拶は済ませた?」

 「いやこの後、君と一緒に行こうと思っていたのだが」

 「あーもう私、あなたの親御さんに挨拶しちゃった」

 「そうか。なら一人で行くべきか。お父さんにね」

 「様を付けろ、デコスケ野郎」

 「なんか言ったかね?」

 「さんだった」

 

 皇太子はやや僕を睨みつけながら去っていった。

 するとカレンさんは容赦なく、僕の手を握って引っ張った。


 「え?」

 「実はさっきの挨拶、嘘。ライオスの親御さんにまだ挨拶してない」

 「ええ?」

 「それより一緒にご飯食べよ!」


 カレンさんの手は滑々していて、細くて、ときどき柔らかくて、ときどき冷たい。

 だけどなんだろう。

 たまにじんじんと熱いかもしれない。

 カレンさんが皿を渡してくれるまで、手を繋いでいた。

 

 料理とかはあんまり変わり映えない。

 宿屋でも食べてるし、昨日も料理店行ったし。

 案外貴族文化に慣れてきた?


 「あ! 目玉の唐揚げだ! 食べなよ!」

 「遠慮します」

 「やっぱり苦手なんだ?」クスクス。


 他の貴族も普通に眼球を食べているので、やっぱりまだ慣れてないかもしれない。というか慣れたくないかもしれない。

 

 晩餐会はほとんどビジネスの場のようだった。

 貴族たちが集まって、ご飯を食べながら色々交渉する。

 商品を見せあったり、政治の話をしたり、縁談勿論してるようだった。

 けどカレンさんはむしろ走り回っていた。

 なんとなくわかった。ああいうのがつまらないと。

 カレンさんは晩餐会にある物を、あるいは城にある物を、僕に見せびらかして、そのリアクションを見て楽しんでいた。

 料理はさっきの通り、服や鎧、楽器と音楽、劇、彫刻とか。

 初めて見る物ばかりで新鮮だった。


 「これね、頭がしっくりこないよね。翼に、綺麗な足、でも頭なんか邪魔じゃない?」

 「そうかな?」

 「うん。思い切って頭なくしたらいいかも」

 「頭ないって変だよ」

 「確かに頭だけあってもダメね。手も取っちゃおう」

 「もっとダメでは?」


 カレンさんとの晩餐会デートを楽しむ反面、僕はカレンさんを心配していた。

 というかカレンさんの楽しそうな表情の裏にしんどさが見えた気がした。

 大方それが何なのか、予想もついていた。

 

 外を出て噴水。

 夜風にあたりながら、僕はカレンさんに聞いた。


 「僕とばかり一緒にいていいんですか?」

 「あれ、心配させちゃった?」

 「カレンさんは他の方と色々話さなくていいんですか。それに皇太子放ったらかしだし」

 「まぁ今日はいいかな。せっかくシユウさんが居るし」


 カレンさんは何かから必死に目を逸らしていた。

 大方それは婚約だろう。

 それでいて、いや、それでいてさっきカレンさんの手を握った時の、カレンさんの熱は、そのスリルから来る高揚だったのかもしれない。

 夜風が冷たくて咳が出た。


 「大丈夫?」


 カレンさんが面白がっているのか、笑い交じりに言った。

 答えはノーだ。

 僕は知らず知らずのうちにとんでもないことをしているのかもしれない。

 カレンさんに正直に向き合う一方、彼女のことを何も理解できていない気がした。

 昨日は大人だったカレンさんが、今はヤンチャに遊んでいる。大事なものを投げだして。

 そのせいでどうなるかなんて僕はわからないのに。きっと昨日、告白したせいだ。

 でもさ、理解したとして僕に何ができることがあるのか?

 その答えもノーだろう。


 町はずっと静かで。

 庭の噴水の音がよく響いていた。

 もう九時ほどになって城の演奏も落ち着いていた。


 いよいよ夜。

 暗い、誰にも分らない夜が外を占めていた。

 僕はそこに恐ろしいものを思いついてしまった。

 今日は星が見えないから。


 僕は自分からカレンさんの手を握った。強く握った。

 カレンさんは驚いて、


 「どうしたの?」


 とやや声を弱めた。

 僕にあるのはつくづく気持ちだけだった。

 夜の境に悪意だか恋心だかわからないものを落し込んだ。


 「このまま一緒にどこかへ行ってしまいませんか」


 思えば大胆だった。

 けどきっとこんなことは僕にしかできない。

 その自信が駆り立てたのだ。

 カレンさんは弱弱しく僕の手を握った。冷たい頬に息を沈めた。

 それはまるでこの言葉を言ってほしいけど、それを言ったら終わりだという境目。

 つまりここが夢の終わりなのだ。

 カレンさんは冷え切っていた。


 僕とカレンさんの違いは、この町の夜に、町の人間の姿が見えるか否かだった。

 僕はつくづく盲目だった。

 それは頭が無い像だ。

 それだけならマシだ。きっと僕には手もない。

 だって僕は彼女を抱きかかえ、強引に引っ張る力などないのだから。

 あるのはやはり翼だけ。恋という飛べない石の翼だった。


 カレンさんはその冷たい溜息の内に返答していた。

 今日はまだ冬ではないというのに、その息が白く、僕の胸へ降りかかった。

 昨日死んだ胸を、死んだと知らせる声として。


 「ねぇ、私の部屋に来ない?」

 「え?」

 「いいから」


 沈んた声が、自分から繋いだ手を、カレンさんは引っ張って、僕を知らないところへ誘い込んだ。

 もう終わったと、でももう満足だと。

 僕は何処か諦めていたというのに。

 ここにきてカレンさんの赤いドレスが激しく揺れていた。

 素早く階段を登り、部屋へ誘い込むその女は、赤い獣だった。

 僕は腰に宝剣を携えたまま、その階段を登っていく。


 二階の、端の部屋。

 賑やかな声が下から聞こえる。

 でもそんなのは関係ない。

 ドアを開ければ、そこは月光の他に照らすものが無い。

 深く青く、暗い、一室があった。

 ここからは町など見えない。

 海だけだ。

 灯台の光さえ届かないのなら、きっとここには僕たちしかいない。


 カレンさんの手は震えていた。

 離すか離さないか、ドアを閉じ、服を脱がぬが無いか。

 そこに迷いがあったようだ。

 その気持ちはまるで処女。

 けど僕はあまり理解できなかった。

 部屋を入れば、そこにベッドがあった。

 ふかふかのベッドがあった。

 それと手を握る彼女の荒れつつある息だけが、外のさざ波に浮いて、際立っていた。


 彼女は意を決したようだ。

 僕をベッドへ投げると、カーテンを閉め切って、赤いドレスを脱ぎ始めた。

 この間、沈黙。

 僕は今から襲われるのではないかと、一風変わった彼女の動物らしさにやや怖がった。

 ベッドは酷く柔らかく、沈んでいきそうだった。

 自分の輪郭がベッドに挟まって、気持ちよさと、そのぴったりな輪郭が僕を嵌めて離さない。


 僕の方もそろそろ覚悟を決めなきゃいけないだろう。

 そう目を閉じ、腰に付いた宝剣を下ろそうとした。


――そのときだった

――司祭の恐ろしい顔が瞼の裏に蘇った。


 暗い場所。ベッド。二人きり。

 宝剣を手放す恐怖。

 僕は思わず、息を荒げ、


 「うあああああああああああああああああ!!!」


 発狂してしまった。

 すると彼女は驚いたようで、下着のまま腰を抜かした。


 「ど、どしたの?」

 「はぁ……はぁ……」

 「ねぇ、いきなり叫んで、びっくりした」

 「大丈夫です……」


 彼女はすぐに起き上がる僕の隣に座った。そこには女の白い肌が無垢に露わになっていた。

 それに興奮して、鼓動が早くなると、却って僕はそれが司祭に襲われたときに緊迫感と重なって、怖くなってしまった。完全にパニックだった。

 彼女は僕の手をやさしく握った。

 

 「何があったの?」


 そう心配した。

 裏表のない、貴族でもない、彼女の正真正銘の愛だった。

 けど僕はそれに答えられないとすぐわかった。

 その”何”とはすなわち罪だ。


 「いや、なんでもない、ちょっと緊張しただけ」

 「そんなわけない!」


 女の勘はこの動揺を決して許さない。

 この期に及んで裏切られることを誰しもが恐れる。

 でもそこには僕も入っていた。

 けど彼女にとっては、僕が正体を隠すことこそが裏切りなのだ。

 僕にとってはそれこそが彼女への裏切りだというのに。


 僕は宝剣を手放せない。

 それも裏切りだろう。


 「ねぇ、それって」

 「やめろ」

 「何があったのか教えてよ」

 「やめろ」

 「私はどんなあなたでも受け入れるわ」

 「やめろ」

 「なんで?」

 「やめろ」

 「なんで、隠すの?」

 「やめろ」

 「酷い……」


 カレンは乙女の純情はもはや壊れかけだった。

 この一瞬で、ほぼカレンの僕への気持ちは崩れていた。

 でもカレンはそれをわかっていながら、まだ取り留めようとしていたようだった。

 だからだろう。カレンは、カレンから打ち明けたのだ。


 「実はね。昨日、見っちゃったんだ。シユウさんが盗っ人の男達と話してるの。衛兵も見たって。でも私、あなたのこと信じてる。シユウさんはそんな悪い人じゃないって」

 「はぁ?」

 「だから教えてよ。私はあなたがどんな人でも――」


 僕の心はとっくに潰れていたのかもしれない。

 僕はカレンの言葉の意図が全くわからなかった。

 カレンの恋心はわかっていた。

 いやむしろ、この期にはそれしかなかった。

 でもカレンのそれは真摯な、きっと本当は真摯な恋心、信じる心だったのだろう。

 でも僕にとっては、それは、脅迫だった。

 お前は盗っ人なんだ。それをバラされたくなければ、私と寝ろと。

 もしも僕が本当に盗っ人、クズならばそれを受け入れただろう。

 金のある美女と寝る。最高だ。

 でも僕は本気で彼女に恋をしていた。

 彼女は最後の最後で、僕を信じず、脅すことで僕をモノにしようとした。

 僕はそう錯覚し、そう囚われた。


 瞬間それは反転する。

 恋の裏切り。

 憎しみへ。

 だから僕は宝剣を離さなかった。

 

――僕はカレンを宝剣で刺して、命令し、犯した。


 宝剣は彼女をラブドールにした。

 何でも言うことのきく女にした。

 喘げと言えば喘いだ。

 何かしろと言えば気持ちよくそうした。

 僕はそれが本物なのか偽物なのかもうわからなかった。

 なぜ僕は彼女と、彼女じゃないものと、寝たのだろう。


 性欲だろうか。

 復讐だろうか。

 呪いだろうか。


 つくづく死にたい気分だった。

 彼女は終わった後、死んだようにベッドに横たわっていた。

 息はある。意思は無い。

 それがいつ戻るかもわからない。


 でももうわかってしまった。

 むしろ僕は、俺は、すっきりしてしまった。

 このクズが、クズに落ちたことを。


 この部屋は二階。

 閉め切ったカーテンを開き、その大窓をかっぴらいた。

 まるで彼女の股のように。


――俺はついに町の闇に蠢いていたものがはっきりと見えた気がした。


 すると芝からロープが伸びてきた。

 そこには知っている男が四人いた。

 彼らはそこから入って、あらゆるものを盗んでいった。

 手際は酷く良かった。

 その場で10万ゴールド貰った。

 

 一通り、盗みを終えると親方が、女に気づいた。

 

 「この女、裸で寝てるぜ。おっと、こいつ、領主の娘じゃねえか。こりゃあ酷い格好だ。まだ時間があるし、俺もこの辺で少し暇を潰すのも悪くねえか」


 と汚いズボンを脱ぎ始めた。

 そのときだった。下からドタバタと走る音。

 衛兵の掛け声。

 それと知ってる男の声。


 ギギとミューは親方を急かした。


 「そんなことしてる場合じゃないっす!」

 「逃げないと!」

 「なんならよ。この女攫って、人質にすりゃあ、もっと金取れるんじゃねえか? 領主の娘だぜ?」

 「そうならそうでいいですけど、逃げなきゃどうにもならないっす!」

 「逃げる前に決めなきゃ意味ねえだろ!」


 俺はもうどうでもよかった。

 信じていた女に裏切られた。

 薄っぺらい金貨の袋だけ貰った。

 クズが喚いている。

 そうだよ。俺は今すぐ死んだって良かった。

 俺は一体、何のために、ここに来た? 死んだ?

 こんなことをするために?

 自分に心底失望した。


――ベランがギギを金の彫像でぶん殴った。ギギが微動だにせず倒れた。


 「お、おい? なんだ? 何の真似だ?」

 「ベラン! お前!!」


 ベランは悪魔のような鬼畜な笑みを溢した。

 その滴る血を25m集めて、バタフライで泳ぎたい気分だったろう。

 ベランには焦燥とした含みもあった。


 「次はお前だろうがよ!!」


 ミューを撲殺した。

 親方はベランの恨みに気づいた。さらにはその策略にも。

 親方は女を盾にした。


 「そうか! ここで誰もいなくなれば指名手配だ! でも誰かが捕まれば、逃げたやつはそいつに罪を擦り付けて逃げられるかもしれねえ! そういうことだろ!」

 「今までオイラをこき使って、ここが一番だろう? 頂点だろう? だから掠め取ってやるのさ。絶頂して絶望して死ねよ。お前殺してやる。女を盾にしたって、そんな女、どうでもいいからな」


 ベランは本気だった。

 けど親方は尚も盾にした。

 命を惜しんで、そうすることで今からやってくる衛兵たちを待った。

 皮肉なものだ。逃げようとしてきたものを待つのだから。

 ただそれも冷静ではない。

 捕まれば全員が死ぬ。

 でも自分だけじゃない。

 道連れというやつだ。


 もう俺は飽き飽きだった。

 それにベランの気持ちが痛いほどよくわかった。

 俺もほとんど今、同じ気持ちだ。


 だから俺は宝剣を撫でて、冷たく一言述べた。


 「そいつを殺して一緒に窓から飛び降りて死ね」


 すると女は嘘のように元気に動いて、親方に肘内をすると、落ちていた金の彫刻でそいつの頭をぶん殴り、揺らめかせた後、一緒に窓から飛び降りた。

 二階からそう庭に。その高さ、六メートル。

 頭から落ちた二人は見事に死んだ。


 弾けとんだ血と肉辺は月に照らされ真っ赤で。

 淡く恋の色をしていた。


 ベランは少し驚いていた。


 「おい。なんだ。今の?」


 俺は速やかに発した。

 けどベランは剣を刺していないから影響下にない。

 ただ自分はもう刺したつもりだった。


 「逃げるぞ」


 ロープを擦って下り、ベランの逃走経路に従って俺たちは夜の闇へ消えた。

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