『水上バス』
Mr.Childrenの楽曲「水上バス」に耳を傾けるとき、いつも脳裏に浮かぶ情景がある。
夕暮れ時の淡い光を反射する川面、すれ違う船が残していく白い波の跡。そして、隣にいるからこそ、かえって見えなくなってしまう二人の距離感。
この物語の主人公である野島菜々子は、決して目を引くような派手な女性ではない。洗いざらしのシャツと少し大きめのカーディガンを纏い、街の風景に静かに溶け込むような素朴な人だ。
けれど、彼女と少しでも言葉を交わせば、誰もがその内面にある透明な知性に気づくことになる。彼女が面白いことを見つけて「ふふっ」とこぼす小さな笑い声は、触れた者の心に穏やかな波紋を残すのだ。
これは、そんな彼女が人生のある分岐点に立ち、ひとつの温かい関係に静かな別れを告げるまでの、短い時間の記録である。
隅田川から東京湾へと向かう水上バスのゆったりとした流れに身を任せながら、彼女の心の機微にそっと寄り添ってみてほしい。
野島菜々子は、決して派手な女性ではない。
洗いざらしの白いリネンのシャツに、少しだけサイズが大きなネイビーのカーディガン。足元はいつも、歩き慣れた革のローファーを履いている。髪は染めたことのない自然な黒色で、肩のあたりで無造作に揺れている。彼女を外見だけで判断するなら「素朴」という言葉が最もふさわしいだろう。街を歩いていても、すれ違う人が思わず振り返るような目を引く華やかさはない。
しかし、彼女と少しでも言葉を交わした者は皆、その印象を静かに改めることになる。菜々子の瞳の奥には、物事の深淵をまっすぐに見透かすような、透き通った知性が常に光っていたからだ。
十月の終わり。傾きかけた秋の太陽が、隅田川の川面を黄金色に染め上げている。
浅草の船着き場には、これから水上バスに乗り込もうとする観光客やカップルたちが、思い思いのざわめきを作っていた。菜々子はその喧騒から少し離れた桟橋の端に立ち、静かに川の流れを見つめていた。
「あ、落ちちゃった」
ふいに、足元で小さな声がした。見下ろすと、母親とはぐれかけたらしい四歳くらいの男の子が、大事そうに持っていたソフトクリームの形をしたおもちゃを落として泣きそうになっている。
菜々子はしゃがみ込み、そのおもちゃを拾い上げ、カーディガンの袖で軽く砂を払った。
「はい、どうぞ。溶けないソフトクリームでよかったね」
男の子がぽかんとしておもちゃを受け取ると、菜々子は「ふふっ」と、くすっと笑い声を漏らした。それは彼女の癖だった。大声で笑うことはめったにない。なにか面白いことや、愛おしいことを見つけたとき、彼女はいつも控えめに、けれど心の底から楽しそうに、くすっと笑うのだ。
「ありがとうございます」と駆け寄ってきた母親に軽く会釈をし、菜々子は再び川面へと視線を戻した。
低いエンジン音を響かせながら、平べったい形をした水上バスが近づいてくる。全面がガラス張りになったその船体は、夕日を反射してキラキラと輝いていた。
菜々子がこの水上バスに乗るのは、これが最後になるだろう。明日、彼女は東京を離れる。北欧の大学で、かねてから専攻していた都市建築と水路の歴史に関する研究員としてのポストを得たのだ。数年、あるいはもっと長く日本を離れることになる。
船内に案内されると、菜々子は後方の窓際の席を選んだ。船がゆっくりと岸を離れると、微かな重油の匂いと、川特有の少し泥っぽくて懐かしい匂いが鼻をかすめた。
水上バスが波を立てて進み始める。見慣れた浅草の街並みが、まるで映画のフィルムのように後ろへと流れていく。
菜々子は窓に頬杖をつきながら、目を閉じた。まぶたの裏に浮かぶのは、一年前に同じこの席に座っていた、ある人の横顔だった。
「水上バスなんて乗るの、小学生の時の遠足以来だよ」
そう言って少し照れくさそうに笑っていたのは、拓海だった。彼は菜々子が勤めていた大学の事務室で働く、実直で心優しい青年だった。派手なことを好まず、休日は図書館で過ごしたり、古い喫茶店で本を読んだりする菜々子のペースを、拓海はいつも心地よいと言ってくれた。
あの日も、今日と同じような秋の夕暮れだった。二人で浅草を散策した帰り道、ふと思いついたように拓海が「船で帰ろうか」と提案したのだ。
隣に座る彼の肩が、船の揺れに合わせて時折、菜々子の肩に触れた。そのたびに、菜々子は少しだけ心臓が早鐘を打つのを感じていた。
「こうして川から東京を見ると、全然違う街みたいだね」
拓海が窓の外を指さして言った。
「そうだね」と菜々子は頷き、少しだけ思索を巡らせる。「東京はもともと、水の都だったから。江戸時代には、この川面が今の道路と同じように、人々の生活の動脈だったの。私たちが今見ているこの低い視線こそが、かつてのこの街の本当の目線だったのかもしれないわね」
無意識のうちに飛び出した理屈っぽい自分の言葉に、菜々子はハッとして言葉を切った。頭の回転が速すぎること、そして物事を論理的、歴史的に分析してしまうことは、過去の恋愛において何度も障壁になってきた。
「君といると、自分がバカみたいに思えるよ」
と、かつての恋人に吐き捨てられたこともある。
しまった、と俯いた菜々子に対し、拓海は嫌な顔ひとつせず、感心したように目を丸くした。
「へえ、すごいな。菜々子ちゃんといると、ただの景色が突然、歴史の教科書みたいに色鮮やかになるよ。もっと教えてよ、あの橋の歴史とか」
その言葉に、菜々子は「ふふっ」と、また小さく笑った。この人となら、無理をして自分を偽る必要はないのかもしれない。そう思えた瞬間だった。
船は吾妻橋をくぐり、駒形橋、蔵前橋と、次々に架かる橋の下を通り抜けていく。橋の裏側にむき出しになった鉄骨の幾何学的な模様が、一定のリズムで頭上を過ぎていく。
拓海との日々は穏やかだった。彼は菜々子の知性を愛し、その素朴さを愛してくれた。休日のたびに一緒に料理を作り、古い映画を観て、何気ない会話を交わした。
半年が過ぎた頃、拓海は「ずっと一緒にいたい」と、事実上のプロポーズをしてくれた。彼となら、温かく安定した家庭を築けることは目に見えていた。彼が提示してくれた未来は、波一つない凪いだ海のように平和で、美しいものだった。
けれど、菜々子の心の奥底には、常に小さな「風」が吹いていた。
それは、世界をもっと知りたいという抑えきれない知的好奇心であり、ひとつの場所に留まることを拒む、彼女自身の本質のようなものだった。彼女の頭脳は常に新しい刺激と問いを求めていた。書物の中で読んだ北欧の古い運河の構造、水と人がどう共生してきたかの歴史。それらをただの知識としてではなく、自分の足で立ち、自分の目で見て、研究として深めたいという熱が、日を追うごとに強くなっていったのだ。
拓海にそのことを打ち明けた夜のことを、菜々子は今でも鮮明に覚えている。
行きつけの小さな定食屋の帰り道。街灯の下で立ち止まり、留学と研究の話をしたとき、拓海はしばらく黙り込んだ後、少しだけ悲しそうに笑った。
「菜々子ちゃんは、すごいね」
それは、水上バスで橋の歴史を語った時に彼が言った「すごいな」とは、全く違う響きを持っていた。
「僕じゃ、君のその羽を休める場所にはなれないかな」
拓海の言葉に、菜々子は首を横に振った。
「拓海くんのせいじゃないの。あなたはとても温かい場所をくれた。でも、私は……」
私は、飛んでいかなければならない。そう言おうとして、言葉が喉の奥につっかえた。泣き出しそうになるのをこらえて俯く菜々子の頭を、拓海は優しく撫でた。
「わかってる。君が、ただ大人しく籠の中にいるような人じゃないってことくらい。出会った時から、本当は気づいていたんだ。君は、どこか風みたいな人だから」
水上バスは、隅田川を下りきり、視界が一気に開ける東京湾へと出ようとしていた。
空はもう、燃えるようなオレンジ色から、深い赤、そして夜の気配を含んだ紫へとグラデーションを変えている。川面には夕焼けが反射し、船が通った後にできる白い航跡だけが、過去と現在を繋ぐ一本の糸のように伸びていた。
Mr.Childrenの曲に、こんな情景を歌ったものがあったな、と菜々子はふと思い出した。夕暮れの水上バス。すれ違う思い。近づきすぎたからこそ見えなくなってしまったもの。
彼女はコートのポケットからスマートフォンを取り出した。画面には、昨夜拓海から届いた短いメッセージが残っている。
『明日、発つんだよね。気を付けて。君の選んだ道を、ずっと応援してる』
引き止めるでもなく、恨むでもない。ただ純粋なエール。それが拓海という人だった。
菜々子はメッセージの入力欄をタップし、ゆっくりと文字を打ち込んだ。
『ありがとう。拓海くんと乗った水上バスの景色、ずっと忘れません。元気でね』
送信ボタンを押すと、小さな電子音が鳴り、画面の中の吹き出しがふわりと上に吸い込まれていった。これで、本当に最後だ。
画面を閉じた菜々子は、窓枠に額をコツンと当て、自分を包み込んでいた見えない糸が、ぷつりと切れたのを感じた。それは寂しさでもあり、同時に、恐ろしいほどの自由を意味していた。
私は、彼を愛していなかったわけじゃない。ただ、私の本質が「留まること」を許さなかっただけなのだ。水上バスが、川の淀みに留まることなく常に流れの上を進み続けるように。
やがて、遠くにレインボーブリッジのシルエットが見えてきた。船内には到着を知らせるアナウンスが静かに流れる。
すっかり日が落ちたお台場海浜公園の船着き場に、水上バスはゆっくりと接岸した。
乗客たちが立ち上がり、出口へと向かう列を作る。菜々子も立ち上がり、カーディガンのシワを軽く手で伸ばした。
船から桟橋へと一歩踏み出すと、海からの冷たい夜風が、彼女の黒髪を大きく揺らした。秋の深まりを感じさせるその風は、新しい季節への入り口のようだった。
菜々子は一度だけ、乗ってきた水上バスの方を振り返った。船はすでに次の出航に向けて、静かにエンジンを響かせている。
ふふっ、と、彼女はまた、誰にともなく小さく笑った。その顔は、涙ぐんでいるようにも、晴れやかに微笑んでいるようにも見えた。
野島菜々子は、決して派手な女性ではない。
だが、彼女の足取りは驚くほど軽く、迷いがなかった。小さなキャリーバッグを引きながら、彼女は人混みの中へと歩き出す。
振り返る者はいない。彼女自身も、もう後ろを振り返ることはない。
ただ、彼女が通り過ぎた後には、かすかな石鹸の香りと、水面を撫でるような清々しい風だけが、いつまでも残っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「頭が良くて、くすっと笑う素朴な女の子。風のように去って行く」
そんな魅力的な女性の輪郭を思い描きながら、私自身も野島菜々子という存在に強く惹きつけられるようにして物語を紡ぎました。
彼女が、拓海という青年が提示してくれた温かく穏やかな「停泊地」を選ばず、再び飛び立つ道を選んだのは、決して彼への愛情が嘘だったからではありません。ただ、彼女の本質が、川の淀みに留まることよりも、まだ見ぬ海へ向かって「知ること」「進むこと」を強く求めていたからなのでしょう。
Mr.Childrenの「水上バス」が持つ、どうしようもないすれ違いや夕暮れの切なさを、彼女の人生の門出を彩る舞台として重ね合わせてみました。
水上バスを降り、一人歩き出した菜々子。
きっと彼女は今頃、北欧の冷たく澄んだ風に吹かれながら、古い水路の歴史に目を輝かせ、また何か愛おしいことを見つけては「ふふっ」と笑っているに違いありません。
彼女の通り過ぎた後に吹く風が、皆さまの心にも心地よい余韻として残ることを願っています。




