〈24〉ハリエット
お友達になってください。
そんな手紙を寄越したハリエットなる令嬢は、社交パーティーのその日まで待たなかった。オーレリアが手紙を開封した翌日にやってきたのだ。
サラサラの、腰まで届くストレートヘア。黒髪だから艶がよくわかる。
ハリエットは侯爵令嬢だそうだ。小花モチーフの紫色のドレスを着ていて、結構美人だった。奥二重の青い目がいい。
淑やかに見えて意志が強そうで、オーレリアにはそれが好ましく感じられた。あんな手紙を寄越した上にわざわざ家に会いに来るくらいだから、はっきりとした性質なのだろう。
「お屋敷にまでお邪魔してごめんなさいね。でも、私、どうしてもオーレリア嬢と仲良くなりたくて」
長く喋るとボロが出てしまうので追い返したいが、女の子相手だからあまり無下にもできない。
「それはどうも。お茶でもいかがでしょう?」
余所行きの顔はもって十五分。自分でそう思っている。
なんとかして十五分でケリをつけねば。
ハリエットはパッと顔を輝かせた。頬を両手で包み込み、嬉しそうにしている。
「わぁ、よろしいのですか?」
「ええ、まあ……」
よろしくないけれど、来たんだから仕方がない。
ただ、これには母がとても喜んだ。
「オーレリアにお友達ができたのね? ああ、お友達が訪ねてきてくれるなんて嬉しいわ!」
ごく普通の令嬢っぽい交友である。母が喜んだのも無理はないかもしれない。
しかし、オーレリアはまだこのハリエットをよく知らないので友達と言っていいのかわからない。笑ってごまかした。
「お茶を出してもらえるかな?」
「ええ、浴びるほど」
そんなには要らない。
応接室に通すと、ハリエットは侯爵令嬢だけあって綺麗な所作で座り、出された紅茶も優雅に味わった。
「あら、こちらはケイヒル社の限定品ですわね?」
紅茶の話らしい。残念ながらオーレリアは紅茶の銘柄当てなどできないのだ。メーカーも産地もよく知らない。
適当に相槌を打った。
「ええ、よくご存じで」
ほんとかよ、と言ってから自分で思った。母が浮かれて上物を出してくれた気はする。
ハリエットはカップを手に微笑んだ。
「さすがコーベット商会ですわね。私、コーベット商会の輸入品の中でもバラの香油がお気に入りで、毎日髪に塗り込んでいますのよ」
「ああ、綺麗な髪だと思いました」
「あら、ありがとうございます」
さ、あと七分くらいしたらボロが出る。早く本題に入ってほしい。
ハリエットはカチリと微かな音を立ててカップをソーサーの上に戻すと、オーレリアをじっと見つめた。そんなに見られたら穴が空く。
「それで、その、私とお友達になって頂けます? それとも、もうお友達でいいのかしら?」
なかなかに強気だ。断られる心配はしていないとみえる。
まあいいかとオーレリアは笑い返した。
「ええ、そうですね。もうお友達ということで」
「まあ! ありがとうございます!」
ただ、友達といってもオーレリアにドレスだとか化粧品だとかの話は求めないでほしい。友達とそういう話がしたいのなら、明らかに人選を誤っている。
「お近づきのしるしに、よろしければ今度はうちにいらしてくださいね。ああ、私のお気に入りのお店にもご一緒してみたいし、それから――」
何やらあれこれと計画を練られているが、ちょっと面倒くさくなってきた。
まあ、オーレリアの反応の薄さにそのうち飽きるだろう。しばらくだけつき合っておくかと雑なことを思った。
ハリエットが帰ったのは、二十分ほどしてからだ。
ボロが出ていないかは定かではない。自分なりに頑張った方だ。
その日の夕食の時、母は嬉々として今日の出来事を家族に語ったのだ。
「今日、ブリンクリー侯爵家のハリエット嬢がうちにみえたのよ。オーレリアとお友達になってくださったのですって!」
「ハリエット嬢は社交界でも指折りの名花だ。すごいじゃないか」
父も嬉しそうに笑っている。確かに、ハリエットは行儀作法が行き届いていたのに、それでいて近寄りがたさはなかった。なんでも卒なくこなし、評判もいいのだろう。グレンダは残念ながら高飛車っぷりが板についてしまっているので、少々難がある。
「ああ、ハリエット嬢か。よかったな、オーレリア」
兄はほんわかと笑っている。
家族たちから見て、ハリエットの評価は高いようだ。あれは友達にしない方がいいとは誰も言わない。
よく考えてみると、オーレリアは今まで女友達という存在があまりに少なかったのだ。あんな男集団の中にいては同じ年頃の女の子がオーレリアに近づいてくるはずもなかった。
接し方はイマイチよくわからないが、そのうちに慣れてくるだろうか。
そして、その翌日もハリエットはやってきた。
自宅へ案内すると言われたが、それではすぐに帰れない。ボロが出るから無理だ。
やんわりと断ると――。
「でしたら、お買い物につき合ってくださる?」
「……お稽古事があるので、少しでしたら」
げっそり。疲れる。
「ええ、三十分で結構ですのよ」
短いと言えば短いのか。オーレリアには結構な試練だが、できないほどではないかもしれない。
「ええ、それでしたら」
「まあ、嬉しい。ありがとうございます」
ウフフ、と笑顔で腕を絡め、ハリエットはオーレリアに寄り添う。長身のオーレリアとは男女の身長差なので妙な具合だが。
ハリエットの買い物は、香水だった。
ハリエットの家の馬車で向かった先は、前に来た商店街の辺りだ。その店はキラキラと装飾の激しい小瓶に入った香水がたくさんならんでいたのだが、いろんな匂いが入り混じりすぎてよくわからなくなった。
オーレリアは香水のような人工の匂いは好きではない。石鹸くらいの優しい匂いならいいのだが、長く続く強い匂いはそのうちにつらくなってくる。
それでも、ハリエットは楽しそうだった。
「この瓶、綺麗でしょう?」
「ええ、とても」
早く帰りたい一心で答えるオーレリアだった。うっすらと色づけされたガラス瓶に繊細なチェーンの飾りがついている。あの瓶にはどんな匂いのもとが詰まっているのだろう。
そう考えて、瓶が空であることに気づいた。
「じゃあ、これにしましょう」
決まったらしい。よかった。
ハリエットは店員に頼み、小瓶に香水を詰めてもらっていた。瓶を選んでから香水を詰めるらしい。
――そろそろ外の空気が吸いたい。
匂いがきつくて頭が痛くなりそうだ。
笑顔で戻ってきたハリエットは、その小瓶をオーレリアの手に握らせた。
「私からのプレゼントですわ。お友達のしるしに、私とおそろいですの」
おそろいと来た。
いかにも女の子らしい。
「あ、ありがとうございます」
ほしくないんだけど、とは言えない。でも、今後、この香水をつけていないと使っていないのがバレるのか。嫌だな、と本心では辟易していた。
「喜んで頂けて嬉しいわ」
ニコリ、とハリエットが笑った。
そうしたら、罪悪感が湧いた。やっぱり、せっかくもらったものを突き返してはいけない。少し使ってみて駄目だったらその時に正直に言おう。




