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令嬢は樽と共に  作者: 五十鈴 りく
本編

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23/84

〈23〉目的達成

 伯爵は結果として、最後にオーレリアへ向けてこう言った。


()()はその減らず口を黙らせてやる」

「減らず口ってなんだよ? ()()遊びにおいでって素直に言えばいいのにさ」

「…………」


 そっちが黙るのか。何か可愛くなってきた。

 やっぱり、アーヴァインとどこか似ている。


「また来るよ。元気でな」


 すると、伯爵はフン、とそっぽを向いた。

 オーレリアは兄と部屋を辞すが、使用人たちが廊下の端っこでビクビクと様子を窺っていた。怒鳴り声だけが聞こえたのだろう。

 兄は、その場にくずおれそうなほどに疲れて見えた。そうして、口元を押さえると声を零した。


「今日ほどオーレリアのことをすごいと思った日はないよ」

「何が?」

「いや、怖いもの知らずにもほどがあるし」

「うん?」

「そのくせ、最後にはちゃんとまとめるんだから、たいしたものだよ」


 ただ、と兄は深々と嘆息した。背中を摩ってやろうかと思うほどには疲れている。


「ただ……生きた心地がしなかった」

「ごめんって。でも、相手は人間だ。虎じゃないんだから、皆怯えすぎなんだよ」

「そ、そうかもね」


 偏屈な老人でも、虎と比べてみたら可愛いものだと兄にも思えただろうか。


 喋っていてわかった。

 伯爵にとってアーヴァインは自慢の孫なのだ。悪態をついてみるのは照れ隠しと寂しさでしかない。だから、アーヴァインを擁護する相手に本気で怒ったりしないのだ。

 オーレリアに対して怒っていたら、今度とか、次に繋がるようなことは言わない。


 伯爵の本音がわからない人が多かったということだ。当のアーヴァインですらわかっていないのかもしれない。

 実際、かなりわかりにくいから仕方がない気もする。


 そうして、兄と一緒に玄関先へと送ってもらっている間に、そもそもここに来た目的は伯爵に会うことではなかったと思い出した。頭に血が上りすぎて忘れていたが、ジェシーの様子を知りたかったのだ。

 コリンは首尾よく彼を見つけてくれただろうか。コリンだけが頼りだ。



「姉御、あの子に会いましたよ」


 馬車の前で待っていたコリンは、兄が家令と話しているうちにオーレリアに耳打ちした。


「怪我をしていたことも周りの人たちはちゃんと知っていて、無理をさせないように働かせてくれていました。もともと、まだ小さいから色々とできるわけじゃないですし、アーヴァイン様の手前、なんとなく使ってくれているんですよ。でも、ジェシーがこれから頑張ればいいんです」


 自分の信用は自分で勝ち取るしかない。アーヴァインがしてくれたのは、そのお膳立てなのだ。


「そうか。元気ならいいんだ。会いたかったけど」

「ジェシーも姉御に会いたがってましたよ。でも、ただでさえ人よりも時間がかかるから、仕事を放り出せないって、あんな小さいくせに一端の口を利いてました。あの子、姉御に言われたことが身に染みてるんです。汚い大人にならないために働くって」


 偉いなと思った。

 もう、心配は要らないのかもしれない。今度ジェシーと顔を合わせる時には一段としっかりしているのではないだろうか。将来が楽しみだ。



 ――そんなことがあってからコーベット家のカントリーハウスに向かったのだが、正直に言うとそちらの方がオマケなのだ。広々とした敷地をあちこち見て回ったが、広いな、のどかだな、といった感想しか出てこない。


 兄もオーレリアが目的を達したと気づいたのだろう。けれど、問い詰めるようなことは言わない。やんわりと生あたたかい目で見守るだけだった。


 そうして、オーレリアたちは都のタウンハウスへ帰還した。アーヴァインには余計なことを言うのはやめておこうと思う。

 そのうちに伯爵の方が折れて態度が軟化するかもしれないから。



     ◆



 都に帰ったら現実が待っていた。また社交パーティーの招待状が届いていたのだ。

 あの令嬢たちをなんとかしなくてはならない。効果的なのはなんだろうな、とオーレリアは面倒くさいながらに考える。


 ――まあいい。来たら来た時に対処する。

 この間みたいにエリノアにまで暴言を吐くことがなければ大目に見るつもりだった。



 しかし、社交パーティーを前にしてそんなオーレリアのもとに一通の手紙が届いた。

 差出人はまったく知らない名前の令嬢だ。


「うん? 誰だ?」


 オーレリアは部屋で樽の上にグラスを乗せ、ワインを飲みながらその手紙を開封した。ペーパーナイフで開けるのが面倒で封筒を乱暴に破ると、そこには細い字がツラツラと書き連ねてあったのだが――。


 要約すると、この前、グレンダたちを相手に啖呵を切っているオーレリアを見て惚れ惚れとした。彼女たちには皆困っていたけれど、堂々と意見できる人はいなかった。勇気あるあなたとぜひとも友達になりたい――とのこと。


「う~ん、誰だ?」


 正直に言うと、グレンダたち以外の令嬢なんて目の端にも入っていない。覚えもない。全然わからない。

 多分、会場で声をかけられたところで誰だかわからないままだろう。

 どうしようかな、とオーレリアはあくびをしながら思った。


 ハリエット・ブリンクリー。

 どんな娘だろうか。


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