後日談 王国の栄華 その1
あれから一年、セントライト王国は栄華を極めていた。
きっかけはエリクサーだった。
当初、エリクサーは国内の裕福な貴族や大商人向けのみに販売していた。バカ高い金額だったが、奇跡の神薬が買えるならと飛ぶように売れた。
そうして国内の主な富裕層のほとんどが手に入れた頃、神殿の保管倉庫がエリクサーで溢れた。何せこの大聖女様、毎日アホみたいな量を作ってはケロッとしているので、需要と供給のバランスが崩れるのである。
神殿側としては毎日作るのを取り敢えず控えて貰うとして、余剰分の扱いに困った。迂闊に管理して流出したら大変だし、かと言って神殿内に余ってる場所も無い。
いっそ保管場所を別の土地に建てるか? という話が出た頃、王宮から待ったが掛かった。
「余った分を外貨獲得の為に輸出してはどうか?」
という意見が出た為である。この意見を後押しする者が多く出た。
当然、反対意見も多かった。神の奇跡を軽々しく流出させるのは如何なものか? 神秘性が損なわれるのではないか? エリクサーを狙って賊が押し寄せるのではないか? 大聖女様が危険に晒されるのではないか? 等々、意見百出したが結局の所、慢性的な財政赤字の脱却を目指す王宮が押し通した。
当時、例の二国との国境紛争に掛かった経費に加え、倒壊したエインツの町の復興支援、北側に新たな砦を築く建築費用、南の砦をより充実させる為の補強費、等々、金はいくらあっても足りなかった。二国からの賠償金、違約金程度では腹の足しにもならなかったのである。
押し通した形となった王宮としても、貴重な神薬を輸出するにあたり、最大限の配慮を怠らなかった。
輸入を希望する国に対してはまず、不可侵条約と友好通商条約の締結は必須である事。もしこれを破った場合、違約金の支払いと共に国土の一部委譲を求める事。この条件を呑める国としか取引しない事を明言した。
神殿の警備も更に強化され、巡回する守護騎士の数は倍になった。また入り口には金属、アクセサリー、魔道具等の持ち込みを禁止する為、センサー機能付きのゲートが設けられた。ここを潜らないと入れないので、例え王族と謂えども帯剣が許されない。それ程までに徹底した。
紆余曲折を経ていよいよ売りに出されたエリクサーは...注文が殺到した。
周辺各国は元より、聞いた事も無いような遠い国まで。国内で販売した時の倍というかなりエゲツナイ価格設定にも関わらず。なんと例の二国までもが乗って来たくらい、とにかく売れに売れた。
その結果、とんでもない額の外貨を稼ぎ出した。
財政が潤ってウハウハな王宮の中、法の整備や条約文の制定、各国の要人を招いてのレセプションや友好国の大使館作りとそれに割く人員の調整、等々、過労でぶっ倒れた外相だけが割りを食った...
◆◆◆
財政が潤えば次は内需拡大である。国内の主要幹線道路などのインフラ整備。国の東側、海に面した町にある港の拡張と護岸工事。国の西側を流れ、よく氾濫を起こす川の堤防の建設。国の南側、雨が少なく水不足になりがちな耕地の灌漑工事。国の北側、大雨が降る度に土砂崩れが起きる山道の環境保全等々。
どれも今まで予算が無くて出来なかった事業に着手出来るとあって、内相は嬉々としていた。
いそいそと事業計画を練り、雇用を募り、人員の確保、各工事の許可申請、等々、忙しくも充実した日々を過ごしていた内相は、そろそろ工事に着手出来る所まで段取りが進んで一安心していた...のだが、
どこから聞き付けたのか我等が大聖女様は、東に困ってる人が居れば、飛んで行って一日で港の拡張、護岸工事を終わらせ、西に困っている人が居れば、飛んで行ってやはり一日で堤防を作ってしまい、南に困っている人が居れば、飛んで行ってこれまた一日で灌漑用水路を作り、北に困っている人が居れば、飛んで行ってまたしても一日で山肌の補強工事と植林作業を終わらせてしまった。
...聖女とはなんぞ?
そして今はゆっくりと幹線道路の上を飛びながら、補修が必要な箇所を見付け次第直しているという。それを伝え聞いた民衆は流石は「救国の大聖女様」だと崇めたが、内相は全ての努力が水泡に帰した事を知りショックで寝込んだ...
◆◆◆
内需も外需も充実してくると、それに伴い王宮では深刻な文官不足に見舞われた。仕事量に対して圧倒的に文官の数が足りない。かと言って国の屋台骨を支える仕事である以上、簡単に人を増やすという訳にもいかない。採用基準を落とさず人員を確保する為にはどうすれば良いか? 悩んだ末、宰相はやっと答えを見付けた。
女性の雇用を増やす。
この世界、女性の立場は弱い。貴族に生まれれば政略のコマ扱いではあるものの最低限の教育は受けさせて貰えるが、
平民だと簡単な読み書き程度しか出来ない人がほとんどである。識字率も低く、平民でまともな教育を受けられるのは裕福な商人の子か、数は少ないものの平民から官吏に登りつめた家の子くらいである。
また貴族子女の場合、どれだけ条件の良い男を捕まえられるかに心血を注ぐ者がほとんどで、社交やダンス、ドレスやお化粧に興味は持っても、政治経済に関心を持つ者はほとんど居ない。
それでも極少数ではあるが、独立心のある者はいる。ただそういった者達が働く場を求めても、結婚したら辞められてしまうので雇う方も二の足を踏んでいた。働きたいけど働く場が無くて、仕方無く侍女をやっているというのは、貴族子女の次女三女あたりに特に多かった。
そういった女性達を積極的に採用し、託児所など福祉施設も充実させた結果、結婚し子供が出来ても仕事を続ける者が増えた。また、平民の中でも商家など家業を手伝っている者の中には、働く意欲に溢れた人材が埋もれている場合があるので、そういった者達にも積極的に声を掛けていった。その結果、
文官の男女比は 7:3 になった。
今まで男しか居なかった職場に最初は反発の声も多かったが、女性ならではの気配りや繊細な仕事振りに次第とその声は小さくなった。寧ろ今までの男臭い職場が華やかになったと称賛の声が上がるようになった。人手不足も解消し、良いこと尽くめの宰相はホッと胸を撫で下ろした。
◆◆◆
リシャールは三徹明けで疲れた目を擦りながらベランダに出た。朝日が眩しい。
ちょうど決算期、内需からも外需からも山のような決算書類が上がって来る。捌いても捌いてもエンドレス状態で今も机の上を占拠している。それに加えて各国友好大使が引っ切り無しに訪れ、歓迎式典だの晩餐会だの舞踏会だの...リシャールはここの所まともに寝た記憶が無い。
「リシャール様~! お早うございまーす!」
今朝もクロウの背に乗ったセイラが満面の笑みを浮かべながら挨拶する。12歳になった彼女は美しさにますます磨きが掛かり、身長は180cmを越えるリシャールに、高いヒールを履いたら迫る勢いで伸びた。胸部装甲はまた厚みを増し、もうすっかり大人の女と呼べる程の色香を漂わせている。
元々膨大だった魔力量は更に天井知らずとなり、人の手で行えば何ヵ月も掛かる土木工事や灌漑工事等を土魔法であっという間にケロッと終わらせてしまう。
最近では農地の拡大に力を入れているようで、神殿の菜園を農場にまで発展させたのを皮切りに、王都周辺の広大な荒れ地だった所を農場に変えてしまった。また、要望があればどこにでも出向き、王国中を緑に変えている。
...もう一度問おう、聖女とはなんぞ?




