凱旋 第二章エピローグ
☆第二章はこれで終了になります。
この後、後日談を何本か入れてから第三章を開始する予定です。
まだネタを落とし込めていないので、更新は遅れ気味になると思います。
ご了承下さい。
☆誤字報告いつもありがとうございます。とても感謝しております。
エルヴインは目前に広がる敵兵の布陣を睨み付けていた。
そう『敵』なのだ。つい先程正式にルーフェン国より宣戦布告が成された。そうなるのは時間の問題で、最早避けるべき道など無かったのだが、それでも歯痒さは残る。
奥歯を噛み締めて耐え敵の動向を注視する。数の上ではほぼ互角。こちらの増援はまだ到着していないが、それは敵も同じだった。
数が同数である以上、砦に籠る我々の方が有利になる。敵がこの砦を落とそうとするなら我々の倍以上の戦力が必要となるはずであり、数が揃う前に敵が攻撃してくるのであれば、こちらは籠城に徹していれば良い。
耐えていれば恐らく明日にはこちらの増援が到着するだろう。そうすれば一気に敵を押し返す事も、逆にこちらから打って出る事も可能になるだろう。大丈夫、これで問題無いはずだ。
そう思っていた。
哨戒兵が慌てふためいて報告に来るまでは...
「ほ、報告します。て、敵の増援一個師団が、ま、間も無く到着するとの事ですっ!」
...どうやらこちらの考えはお見通しらしい。
エルヴインは臍を噛む思いで自分の考えた見通しが甘かった事を悔やんだ。知らず自らの胸元に下がるロケットペンダントを握り締める。そこには愛する妻と産まれたばかりの息子の姿絵が収められていた。
(アリス、レオ、俺はここまでかも知れん。だが心配するな。お前達を守る為に一人でも多く敵を屠ってやる! 死んでも奴らを通さん!)
この砦を落とされる訳にはいかない。味方の到着まで文字通り死守しなければならない。エルヴインが悲壮な決意を固めたその時、上空を何かが通過して行った。
「へ?」
思わず間の抜けた声が漏れる。見上げた先には黒い竜の巨体があった。そしてその背中に乗っているのは、
「あれはリシャール!? それに聖女様!?」
目の前の光景に頭の理解が追い付かず呆然としていると、敵兵が慌てて撤退して行くのが見えた。逃げて行く敵を追い掛けるように飛び回る竜の姿も。その背中で弟が何故か高笑いしてるような姿も。その隣で聖女様が呆れたようにしている姿も。
「一体、何が起こっているんだ!?」
エルヴインの問いに答えてくれる者は誰も居なかった。
◆◆◆
「あっははは~! ほーら早く逃げないと食ーべちゃうぞ~!」
「...リシャール様、もういい加減止めましょうよ~」
「あっははは~! ほーら見てご覧、セイラ。敵兵がゴミのようだよ~!」
ダメだこりゃ! どっかの空に浮かぶ城の悪役みたいになってる。過ぎた力を与えるとこうなっちゃうのね。人は地に足を付けないと生きていけないっていうのに...
諦観したセイラがふと後ろを振り返ると、砦の櫓の上に男の人が立っているのが見えた。良く見るとリシャールにどことなく似ている気がする。その男性はこちらに何か叫んでいるようだ。
(あれはエルヴイン殿下!? そういやここの指揮を執ってるってリシャール様言ってたな)
「リシャール様、リシャール様」
「あっはははっ!? ん? どうしたセイラ?」
セイラは黙って後ろを指差す。振り返ったリシャールは叫んでいる兄の姿を見て、一遍に酔いが醒め、やり過ぎたかも知れないと冷や汗を流した。
「せ、セイラ、そ、そろそろ戻ろうか...」
「さっきからそう言ってました」
セイラから氷点下の眼差しを向けられ、リシャールは恐縮するしかない。
「すいません...」
「エルヴイン殿下にしっかりと説明して下さいね?」
お前がなっ! っと言われた気がしたリシャールは、はいって答えるしかなかった。
櫓に近付くに連れ、エルヴインの怒号が段々と聞こえて来る。
「リシャールっ! これは一体どういう事だっ!」
「あ、兄上、え、えーと、これはですね...」
クロウの背中で土下座しながら必死になって説明しているリシャールと、櫓の上に仁王立ちしているエルヴインを見ながらセイラは、一旦地面に降りた方がいいんじゃない?って他人事のように思っていた。
◆◆◆
「なるほどな。とても信じられん話だが、こうして目の当たりにすれば否が応でも信じざるをえんな」
リシャールによる長い説明を聞き終えた後、そう言ってエルヴインは重々しく頷いた。因みに今は地上に降りて砦の司令官室に居る。
「聖女様、まずはこのバカの暴走に関してお詫び申し上げます。それと一度は死を覚悟したこの戦いを勝利に導いて下さった事、深く感謝致します」
「い、いえ、その...」
王太子に頭を下げられて、セイラはどうしていいのか分からずワタワタしている。リシャールはもう土下座はしていないが、バツの悪い表情を浮かべていた。
「それで今後の事だがリシャール、帝国軍は間違いない無く撤退したんだな?」
「は、はい。それはもう尻尾巻いて逃げて行きました」
「フム、ここと同じ状況という事か。それを陛下に知らせたか?」
「あっ...」
「...知らせて無いのか、全く...真っ先に知らせるべきだろうに...」
「すいません...」
「まあいい、こっちの状況と合わせて連絡しよう。聖女様、大分外も暗くなって来ましたんで今夜はここにお泊まり頂き明日にでも」
「あぁっーーー!」
エルヴインの提案を途中で遮ってセイラが叫ぶ。
「「どうし(しまし)た?」」
エルヴインとリシャールの声が重なる。
「わ、私、黙って出て来ちゃいました...あぁ、どうしよう。きっとマリアが心配してる...」
セイラは真っ青になっている。エルヴインとリシャールは同時に吹き出した。国の一大事を救ったというのに、この聖女は無断外出を気にしてる。
「あ、あの私急いで飛んで帰りますね」
「いやでも、これだけ暗くなったら危険じゃ?」
「あ、飛ぶっていうのは転移の方です」
「あ~ 確かにそれなら一瞬で...でもクロウはどうする?」
「小さくなって貰えば一緒に転移出来ます」
「...セイラ、それってさ、例えば僕も一緒に転移出来たりする?」
「うーん、どうでしょう? 試した事無いので...」
「あ~ そりゃそうだよね~ だったら今ここで試してみない?」
「何を試すんだって?」
それまで沈黙していたエルヴインがリシャールの肩を掴んで聞いた。
「い、いや~ 転移で帰れるなら、連れて行って貰えれば直接陛下にご報告出来るかな~なんて思いまして...」
「何を言ってる? お前にはこれから説教タイムが待ってるだろ? 聖女様、お疲れ様でした。気を付けてお帰り下さい」
エルヴインにそれはもう良い笑顔で言われて、
「ひぃぃぃ!」
リシャールは絶叫し、
「は、はあ、それでは...」
セイラは曖昧に頷いた。
◆◆◆◆◆
セントライト王国の北側と南側で起きた国境紛争の顛末に関して、詳細を聞いた国王の反応は早かった。まずアズガルド帝国に対しては、宣戦布告なき侵略行為に対する謝罪と賠償金の要求を、ルーフェン王国に対しては、一方的に停戦協定を破棄した上での宣戦布告に対する謝罪と違約金の要求を即日行った。
両国とも自国の兵士達が黒い竜に追い返されたという報告は受けていたが、集団幻覚でも見たのだろうと一笑に付し謝罪も金の支払いにも応じなかった。それどころか再度侵攻しようとする動きを見せたので、国王は直ぐ様黒い竜が神獣であり我が国の守護聖獣でもあると大々的に喧伝した。
王宮前の大広場で、大勢の王都民の前に大聖女を背中に乗せた黒い竜が現れると、観衆が熱狂的な声援で迎えた。この模様は瞬く間に世界中に広まり、セントライト王国は神獣に愛される国として人々に認識された。
慌てたのは先の二国で、神獣の怒りを買ったりしたら最悪国が滅ぼされる。直ぐ様セントライト王国に謝罪と賠償金、違約金の支払いを行うと共に、不戦条約の締結をも打診してきた。
こうして一連の騒動は終息を迎え、二件ともに多大なる貢献を果たしたセイラには「救国の大聖女」という新たな称号が冠せられた。最初、本人は何だか恐れ多いし恥ずかしいから固辞しようとしたが、国王から「受けてくれたら望み事を何でも叶えてやろう」と言われて陥落した。
「私の望みは...」
◆◆◆◆◆
~~ 一ヶ月後 ~~
リシャールは徹夜明けで疲れた目を擦りながらベランダに出た。朝日が眩しい。この一ヶ月、無休で働いている。今日のような徹夜もしょっちゅうだ。例の二国と賠償金、違約金の金額調整、新たな不戦条約締結の為の条件擦り合わせ、守護聖獣お披露目の会場手配に警備計画、etc、etc...仕事は山ほどある。うんざりしそうな毎日だが、毎朝この時間だけは心が休まる。
「リシャール様~! お早うございまーす!」
クロウの背に乗ったセイラが満面の笑みを浮かべながら挨拶する。
あの日、セイラが国王に告げた望み事はたった一つだけ。
-- 自由に飛び回りたい --
これには国のお偉方も神殿の重鎮方も挙って反対した。今回のように他国から狙われる危険がある。万が一浚われでもしたら大変な事になる。護衛も付けずに飛び回るなどもっての他だと。
だがリシャールは賛成した。神獣が常に側に付いている。そんな彼女を害する事が可能な者など居ないだろう。それに彼女自身も護衛など必要無いほど十分強い。それでもいざとなったら転移魔法で逃げればいい。何より窮屈な篭の中は彼女に合わない。
真っ先に反対すると思ったリシャールが賛成に回った事で、皆は渋々と納得せざるを得なかった。こうして、神殿でのお務めをしっかり果たした後なら、セイラに自由が認められる事になった。
セイラは知らないだろうが、毎朝のこの時間はリシャールにとってもご褒美なのだ。こうして彼女の笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになる。
この尊い笑顔をずっと守っていきたい。リシャールはそう思っていた。
~~ 第二章 完 ~~




