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邂逅

 その鳴き声を聞いた途端、セイラの心の中に懐かしいような、切ないような、愛おしいような、様々に入り交じった感情が流れ込んで来て、一瞬涙ぐみそうになった。


 自身の感情の変化に戸惑いながらも、自分を見上げる赤い瞳に視線を合わせると、目の力が弱まっているように感じられた。


「あなた、怪我をしてるの?」


 セイラがそう尋ねると、赤い瞳が僅かに潤んで見えた。


「治してあげるわ」


 自分でも何故そう思ったのか分からない。


 得体の知れない相手なのに、魔獣かも知れないのに、ただただ助けたいと思った。


 見捨てるという選択肢はなかった。


 助けた後、恩を仇で返して自分に牙を剥く可能性だってあるのに。


 でも何故かセイラにはそうならないことが分かった。理屈ではなく感情で。


 そしてどうやれば助けてあげられるのかも何故か感覚で分かった。


 セイラは跪き、目の前の小さな体を優しく抱き締めた。


「っ!」


 その瞬間、物凄い勢いでセイラの魔力が吸い上げられる。


 だが決して不快ではなく、寧ろ長い間忘れていた繋がりをやっと思い出したかのような温かい気持ちに包まれた。


 (不思議な感じ)


 しばらくすると先程までセイラを見上げていた赤い瞳は閉じられ、セイラの腕の中でその小さな体は安らかに寝息を立てていた。




◆◆◆




 リシャールが神殿に着くと、セイラの側付きであるシスター・マリアが憔悴し切った顔で出迎えた。


 それを見た途端リシャールは、またかっと顔を顰める。


「も、申し訳ございません。私がほんのちょっと目を離した隙に・・・」


 もう何度目かも分からないこのやり取りに、リシャールは逆に申し訳ない気持ちになる。


 まだ新米の彼女に荷が重いのは分かっているが、歳の近い彼女にセイラが一番良く懐いているのもまた事実なので、そのまま担当してもらっているからだ。


「あなたのせいではありませんから、お気になさらずに。それで最後にセイラを見たのはどこですか?」


「は、はい。休憩室にお入りになる所でした」


 転移の魔法で飛んで行ったのなら聞いても無意味だが、他に手掛かりが無いのだから仕方無い。


 リシャールは無駄と知りつつそこへ向かおうとした。とその時、


「っ!」


 腕に嵌めている魔道具が反応した。


 セイラの魔力に感応するよう開発した魔道具である。


 セイラが魔法を発動させたということだ。


 効果範囲はあまり広くないが神殿内であれば概ねカバー出来る。


 場所もある程度絞り込める。


 (菜園の方か)


 リシャールは菜園に歩を進める。


 前を歩いているマリアのことはすっかり忘れて。



 菜園には様々な野菜や果物が今も撓に実っている。


 ここだけ見ると農場みたいだなとリシャールは思いながら、そういえばセイラが手伝うようになってから、植物の成長が早くなったという報告があったことを思い出していた。


 聖女の力が植物にも及ぶということを改めて再認識した。


 セイラの魔力反応は菜園の端の方からあったので、そちらに足を向けると、居たっ! セイラが地面に腰を下ろしているのが見えた。


「セイラっ!」

 

 リシャールが声を掛けるとセイラの背中がビクッと反応して、恐る恐るこちらに顔を向ける。


 だが腰を下ろしたまま立ち上がる気配が無いので、訝しんだリシャールが近付いて行くとそこには、


「これは・・・魔獣!?」


 困ったような表情を浮かべながら、魔獣らしき生物を抱き抱えているセイラの姿があった。




◆◆◆




「さて、どういうことか説明してもらえるかな? あぁ、抜け出したことに対する説教は後でするから。まずはこの状況を」


「え、えーとですね・・・」


 説教の恐怖に怯えなから、セイラは事の経緯を掻い摘んで説明した。


「ふーん、呼ばれた感じねぇ」


 リシャールはセイラが抱いている生物を繁々と観察する。


 (聖女と引き合う存在と言えば聖獣だろう。魔獣だったらセイラに近付けないはずだし。だがコイツ黒いよな。真っ黒だよな。聖獣っぽくないよなあ)


 初代聖女は常に白馬を伴っていたと言われている。


 ただしそれが聖獣と認められたという訳ではない。


 初代聖女が特に明言したという記録も残っていないし、それ以降の聖女に判獣が居たという記録もない。


 要するに、聖なるイメージ=白という固定観念が残っているだけで、誰にも確かなことは分からないというのが本当の所なのだ。


 それよりもリシャールにはもう一つ気になることがあった。


 (この姿形って竜の幼体じゃないのか!?)


 この世界での竜は、どこぞのドラゴンなクエストっぽい竜ではなく、神話に登場するような神に近しい存在のことを示す。


 決して討伐対象になるような魔獣の一種を指すものではない。


 神獣と呼ばれ尊ぶべき存在である。



「セイラさま~! こんな所に居たんですかぁ~! 探したんですよぉ~! 心配かけないで下さいよぉ~!」


 リシャールが思考の海に沈んでいると、マリアが追い付いて来た。


「な、なんですかこれ~?」


 セイラが抱いている生物を見て叫ぶと、その声で目を覚ましたようだ。


「キュイ!」


 と可愛らしい鳴き声を上げる。


「か、可愛い~!」


 マリアが思わず頭を撫でると嬉しそうに目を細める。


 (可愛いか?)


 リシャールも触ってみようと手を伸ばす・・・ガブッ!


「いってぇぇぇっ!!!」


 手に噛み付かれたリシャールの絶叫が響き渡った。



 

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