状況[1]
夜になって最初に驚いたのは、星が見えているのにまだ充分に明るいことだった。
月も確かに出ているが満月というわけでもないのに。どうなってる?
しかも色彩が退色したようにモノクロームに。なんだこれ?
「どうしたの?」
「いや……もしかしてこれ、夜目ってやつなのか」
「?」
マオは首をかしげている。つまり彼女は見えるのが当たり前ってことか。
「とりあえず、灯りはいらないな。マオ、おまえつけるか?」
「いらない。ユー、暗くて平気?」
「平気みてーだな。すげー目が見える」
ふと見たら、マオの目がおもしろい。
瞳が開いて光ってる、野生の目だな。
「ユーの目も光ってるよ?」
「そうなのか?」
「ウン」
やはり猫の目ってことか。
「とりあえず今夜は灯りはやめとこう。わざわざ目立つ必要ないし」
「ウン」
「マオ、大丈夫と思うが、おまえも前の身体と違う。今夜は警戒を忘れないでくれ」
「わかった」
さすがに月が沈むとまずいだろうということで、月明かりの下で戦利品の本や雑誌を見ていく。
そしてわかったことがあった。
このゾンビ騒ぎは世界中で同時に起きたらしい。
しかもそれは、俺が異世界に召喚されたあの日、あの時刻の可能性が高い。
どういうことだこれ?
持ってきた新聞はよくしらないマイナーな地方新聞、それから全国紙がいくつか。
一応、持ってきていたがA日新聞はちょっとアレだった。というのも、事件の記事そのものでなくコラム記事で、しかもなぜかゾンビ騒ぎを日本叩きに結びつけていたからだ。
あいかわらずだなA日、どこの国の新聞社なんだか。
でも問題ない。
もともとA日新聞をゲットしてきたのは新聞本体なんかではなく、コラム記事だ。他紙のこの点同じなんだけど、この状況でコラム記事に記者本人たちの「状況」が書かれてないとは思えなかったからだ。
いろいろ記事を読んでいると予想通り、記者が籠城状態で書いたらしい記述が見つかった。
ふむ、一気に大災害状態になったのでなく、どれくらいが日常といえるかはともかく、新聞を作る程度の余裕はしばし残っていたらしい。
次にこれも全国紙、Y売新聞。
こちらは記者が足で調べまくっているのが伺える記事があるが、扱いが妙に小さい。それよりも各国大使館との連絡状況とか、政府の緊急事態宣言の扱いのほうが大きくなってる。
それはそれで重要かもだけど、他メディアまだ生きてたんでしょ?避難所の記事をクローズアップしようよ……まあ大人の事情ってやつだったのかな?
む、なんだこれ?
「ほほう」
興味深いものを見つけた。
「なに?」
「高速道路が車両通行止め状態かもしれない」
「?」
首都圏に非常事態宣言が出てる。
すると東京都二十三区には一般車両が入れなくなるはずで……ならばもしかして、高速道路の上り、つまり東京方面いきは関係者だの警備だのしかいなかったんじゃないか?
そもそも誰もいないのなら、特に高速道路は安全確保しやすいだろう。
そもそも高速は出入り口が少ないのでゾンビもあふれにくいしな。
ただし遮蔽物が少ない事、水や食料が得られるところも減るわけだが。
確実にパーキングかどこかで安全確保するか、上にいる個体群だけでも排除できなきゃまずいってのはあるだろうけども。
ふむ。
東京を目指すなら東名を歩いて行こうか?
「どうしたの?」
「マオ、ベルクートの古代橋覚えてるか?何千年もそのまんまっていう島に渡る巨大橋」
「うんうん、あれすごかったねえ。ちょっとこわかったけど」
「実は、ここから数キロのところにあの陸地版がある。うまくいけば、俺の実家のある東京ってとこまで百キロくらいかな、ずーっと橋の上だ」
「!」
マオがなぜか、ピシッと固まった。
「あれが、ずーっと続くの?どのくらい?」
「俺たちのペースで順調なら2日ってとこじゃないかな。もちろん安全をとるから急がないが」
「ゾンビいるかな?」
「いるだろうけど、下の市街地を行くよりは絶対に安全だろう。
マオ、俺たちはこれから、そんな広くない土地に三千万人が住んでいたこの惑星有数の巨大都市に入ろうとしているんだ。
最悪の場合、三千万体のゾンビに囲まれるかもしれない。
だったら。
どこからでも無尽蔵にゾンビがやってくるのは避けたいと思わないか?」
「さ、さんぜんま……?」
またしてもマオはフリーズした。
「マオ?」
「さ、さんぜんま……って、どのくらい?」
「?」
「えっと、えっと、オウットより多い?」
「オウット?……ああ王都か」
俺はつい先日までいた某国の王都を思い出した。
「あそこ大陸最大とかいってたけど、どう考えても百万にも届いてないだろ。あれの少なくとも三十倍以上だと思えばいい」
「さんじゅ!?」
あ、またフリーズした。
「えっと、マオ。マオさーん?」
「ユ、ユー……む、無理、さんぜんま、三十倍、無理、無理無理無理!そんなゾンビ無理!!無理だよ!!」
なんか青くなってるし。
「落ち着け、何も戦おうってんじゃない。そんなん俺だって無理だ。当たり前じゃねーか」
「あ、うん」
ぽんぽんと背中を叩いてやると、ようやく落ち着いてきた。
「だから、なるべく連中が寄ってこないところを通るのさ。
あのベルクートの橋はバカ高くて、空を飛べない魔物は入ってこれなかったろ?」
「う、うん……そっか!」
ようやく理解できたようだ。
「ユー、ひとつ聞きたい」
「なんだ?」
「ユーがおうちを目指すのは、ユーのヤーマー?」
「おう」
ヤーマー。あっちの幼児語でパパママだな。
「けどユー、けど」
「ん?」
「さんぜんまのゾンビ……」
「……ああ、そういうことか」
そんな場所で両親が無事なんだろうかって言いたいのか。
って、泣くなよオイ。
「ああ、おまえはいい子だよマオ。そんな悲しい顔すんなって。な?」
「うう、うう……」
ああ、わかってるとも。
この状況が全国的なものなら……そして、事件発生から一年以上たって今もこの状態というのなら。
人口三千万の東京。
生きてるか死んでるかは別ににして、そもそも両親が無事とは思えない。
無事だとしても、とっくにどこかに逃げてるだろう。
それどころか、実家そのものもあるかどうか。
でも。
「もし両親ともにいなかったとしても……ただいまって言いたいんだよ。
だって。
俺はあの召喚された日、帰り道の途中だったんだぜ?」
異世界なんかに突然に誘拐されて、それっきり。
うちにかえりたい。
それだけが願いだったんだから。
親が存命なら親に。
死んでいるなら葬って。
家がもうなかったとしても、その場所に立って。
「バカ、おまえが泣く事ねえんだよ」
急に静かになったかと思ったら、声もなくポロポロ涙をこぼしていた。
さすがに参った。
「だって、だってぇ!」
「よしよし、ああごめんな、こんなことに巻き込んじまって」
「ううん、ううん!」
マオはフルフルと首をふった。
「ユー、マオの村にお墓たててくれた。おいのりしてくれた。マオも同じ」
え?
「まて、その時おまえまだ子猫のはずで」
「せーれーが教えてくれた」
「……」
「マオも同じ」
「……ン、ありがとな」
全滅したマオの村で、たしかに俺は村人を埋葬して回った。
だから自分もいっしょってか。
……マオらしいな。
しかし空気が重いな、ちょっと切り替えるか。
「おっとそうだ」
「?」
「いや、ラジオをちょっとな」
駅前で乾電池も回収したんだっけ。
ラジオに電池をいれ、スイッチを入れてみた。
でも。
「……えらい静かだな」
壊れてはないらしいが、雑音が全然ない。
うちは普段ラジオ使わないけど、使い方は知ってる。防災用に覚えておけっていわれて、スマホじゃなくてもラジオを聴けるように覚えたんだ。
あの時は雑音だらけだったんだがって、そうか。
「電子機器か」
町が死んでしまった。
電子機器もほとんど停止してしまってる。蛍光灯も多くが消えてる。
だから雑音もないってことか。
おや。
「なんか聞こえるよ?」
「放送みたいだな、かなり遠いが」
雑音がないから聞こえてる、そんな感じだ。
言葉がわからない。中国語かな?
あ、そうだ。
『みんな悪い、この言葉翻訳できるかな?』
精霊に頼むこっちゃないと思うが、背に腹はかえられない。どうだろ?
そしたら。
【これ、録音ー】
【くりかえしてるだけー】
そうなのか。
『どこの国なんだ?なんていってる?』
【台湾ー】
【自給自足できるようにして山に逃げろってー】
【でもそのとき、噛まれた人がいたら置いていけってー】
『……なるほど、ありがとう』
つまり台湾もこの状況ってことか。
しかもリアルタイムでなく、その内容を繰り返してると。
マジか。
置いて逃げろったって……それができるヤツがどれだけいるんだ?
異世界の勇者なんて言われて、あれだけ殺しまくった俺だってゾンビ関係はきついんだぞ。
だからこそゾンビはそんな強くもないのに別名、トラウマ製造機なんて言われて恐れられるんだ。
けど、なんで?
アンデッドなんて地球にはいなかったはずなのに、なんでこんなことに?