最終話・ラマナテイル[終]
今話で終わりとなります。
ありがとうございます。
米軍の襲撃事件から時間がたち、夜がやってきた。
まだシモダ周辺の海では残党探しや遺物の処理が進んでいるけど戦い自体はほぼ終結したらしい。
僕たちは母様に「子供だけで勝手に現場にいくとは何事か」と軽く叱られたあと、母様の引率でイロウザキの近くにある通称『エキドナの入り江』に戻ってきたのだけど。
背後に母様、そして周囲にはのんびりと肉をかじっているマオと眠そうなマリだけ。
「で、やってきた事情はもうわかったの?」
まともな情報収集もやっていたはずだ……対象の兵隊さんたちがどうなったかは聞かない方がよさそうだけど。
「うむ、無理やり記憶を読み取るという豪快な方法ではあるが、大筋はな」
母様はうなずいた。
「連中は『女狩り』に来たようじゃな」
母様は静かに
「女狩り?」
母様の不穏な言葉に僕は眉を寄せた。
「調べたところ、米国も国の体制として事実上、崩壊してしまったようじゃ。
じゃがかの国は世界の銃の半分以上があると言われるような国じゃし、実戦経験を積んだ下級兵士や元下級兵士も大勢おった。
ゆえに生き残りたちが独自に環境をこしらえ、なんとか生活環境をこしらえたようじゃが、ふたつ問題が発生したらしいのう」
「問題?」
「男女比じゃな」
母様はすました顔で言った。
「事情はよくわからぬが、集まったコミュニテイに女がほとんどおらんかったそうじゃ。
わずかにいる女は家族の一員でありフリーではないか、あるいは家族と離れ離れになって情報を求めておる者のみ。
で、それらの女を誘惑したり、あるいは集団で襲ったり、家族を殺してフリーにしようというバカまで現れたそうじゃ」
「……それは」
生存者同士で足の引き合いか。
どんな地獄絵図だよ。
「物資は周囲を探索して集めたようじゃが『女』はそうもいかん。
それどころか、外から人間を入れてトラブルが発生し、これまた数少ない女の奪い合いで殺し合いが起きた。
それらの事から、生存者を探す……本音をいえばフリーの若い女を探さないと集団そのものが崩壊する事態になり、それで『探索部隊』を日本だった土地に差し向けたようじゃな」
「……そんな理由で、遠いニホンに人さらいに来たの?」
「ほとんどのシステムは止まっておるそうじゃが、衛星や無人機というやつのシステムがまだ生きておるようでな。
で、かつて米軍基地のあった土地を中心に探して、生活臭のある場所のあたりをつけたという流れらしいのう」
なんともだなぁ。
「兵隊に女の人がいたのはどうして?」
「あの女兵士は名目上、潜入目的で来たようじゃが、どうも女本人の目的は違ったようじゃな。
適合する者、適合者の条件の中に『嫌いなものにはなれない』というものがあるからのう」
「……どういうこと?」
「たとえば人をラミアにしようとするじゃろ?
するとじゃな、適合するのは心の底に蛇化願望を秘めた者だけなんじゃ。要素のない者はひっかからん」
「あ」
そういうことか。
「つまり、さっきの人って?」
「男どもは『生活臭』を嗅ぎつけたようじゃが、あの女は密かに『異種族』がいるんじゃないかと期待しておったようじゃな。
まさか、その者たちに捕まってしまうとは考えていなかったようじゃが」
母様はためいきをついた。
「他の生き物になりたいという願望を抱く者は、いつの時代、いつの世にも一定数おるものよ。
あの者がどういう人生を歩いていたのかは知らぬが。
おそらく胸の内に、蛇族になりたい気持ちがあったんじゃろうな」
「……人間って難しいなあ」
うーむと思っていると、ポンと僕の背中を叩くやつがいた。
振り返ったら、マオが僕を「あんたがなにいってんの」という顔で楽しそうに見ていた。
……なんだよう。
「それにしても強烈だったなあ」
「ラマナテイルがかえ?」
「うん」
ひとの体に生き物を植え付け、生きながら別の存在に変えていくなんて。
「まぁ、そうじゃな。
けど、わらわのような存在が生まれる前は、異種族になるのはあれしかなかったんじゃぞ。
そうでなければ自然任せしかない」
「自然任せ?」
「つまり、世の理にまかせて生きるということじゃよ。
わらわたちの体は環境が分解・再利用する。
そして魂は、精霊たちが分解・再利用してあらたな命に宿す。
それが世界の自然な流転じゃからのう」
「ちなみに、しつもーん」
「なんじゃ?」
「本を読むと、自殺するひとの話が出てくるんだけど」
「出るのう。で、なんじゃ?」
「自殺しても流転するの?」
「命は命じゃから流転するじゃろ。
しかし、天寿を全うしたり、当人の意図に反して事故死した場合と同じとは限らぬのう」
「なんで?」
自殺は違う?なんで?
「違うというか、おそらく徹底して魂を分解させようとするじゃろ。
それでなくとも、心残りが強いと魂の一部を残したまま蘇生しかねないわけじゃが、ましてそれが自殺となるとな。
考えてもみよ。
自ら死ぬような悲しい思い出を持った者が生前の記憶をもったまま転生したらどうする?再び自殺せぬと言えるかえ?」
「……」
僕は自殺したことがないから断言できないけど……。
「ないとは言えないと思う」
「うむ」
母様は大きくうなずいた。
「だいいち、そんな悲しい思い出をいつまでも引きずるとか、むごい話ではないかえ。
じゃから精霊たちは、悲しい思い出、つらい記憶は優先的に分解していくんじゃ。
そして逆に楽しかったこと、嬉しいことなんかは、良かれというものを残すこともある」
え。
「残すこともあるの?」
「うむ、あるぞえ。
まぁ印象程度のもので、当人が幼児期を脱する頃には意識下に消えてしまうようじゃが」
「へぇ」
そんなことまでしてるのか。
「ユウや」
「はい」
考え込んでいたら、突然に母様に問いかけられた。
「そなた、生まれ変わったことをどう思ってる?」
「どうっていっても、僕は生まれる前のことは知らないし」
「もちろんじゃ、わらわも残してはおらぬし、それが一番よいぞ。
なので、今聞いているのは、要はただの個人的印象じゃよ」
「うーん……」
「感じたままでよい」
「感じたまま?」
「うむ」
母様だけでなくマオもマリも僕を見ていた。
まわりは暗くなっていて、月明かりだけがある。
調理が終わったし僕たちには焚き火の習慣がないので、用のすんだ火はマリがひとりでいじっている。
消火しているのでなく、燃えさしの薪を燃やし尽くしているんだけどね。
当然、燃え尽きたら暗くなってしまう。
でも夜目の効く僕たちも、強力なセンサーで闇をものともしない母様も問題ない。
「……」
僕は少し考え、そして答えた。
「幸せだよ……ちょっとだけ思うところはあるけど」
「ほう、というと?」
「前の僕は、異世界までいってヨソの人たちのために戦ったのに、その人たちのせいで両親はなくなったんでしょ?」
「うむ」
「その人たちに、一度でいいから会ってみたいって気持ちがあるよ。
記憶もないし、だいいち僕は生前の僕とは別の存在なのかもしれない。
けど、僕は前の僕のなれのはてで、彼がいたから僕がいる……そうなんでしょう?」
「うむ、そうじゃ」
母様がうなずいた。
「だったら僕は伝えたいよ、元気ですって。
別のものになって、記憶もなくなって、全然別の一生を送ってるけど……それでも幸せだよって」
「……そうか」
母様はそれ以上何もいわず、ただ巨大な指先で僕の頭をなでた。
「母様、僕からも質問」
「なんじゃ?」
「ラマナテイルなんだけど、なんでラマナテイルっていうの?」
「向こうの世界の古語でな、変身とか変化、流転、そういう意味なんじゃよ」
「変身?」
「そうじゃ。
そもそもあの奇怪な儀式にラマナテイルという名前がついたのも、先にラマナテイルという言葉があったからじゃ。
ラマナテイルという言葉は本来、もっと広い意味をもつものでな。
前のユウやマオが一度別の種族になったのもラマナテイル。
ユウが猫族に生まれ変わったのもラマナテイル。
いや、それどころか。
この世界で人の世が終わりかけているのも、大きな意味では大流転といってラマナテイルの一種なんじゃ」
「へぇ……」
そうなんだ。
そんな話をしていて、ふと美味しい匂いに気づいた。
「マリ、何か焼いてる?」
「お魚。ちょっと火力余ったから」
そういうと、ハイと魚を渡されたのだけど。
「ありがとう。ところでどうやってニオイ隠してたの?」
すぐ横で魚を焼いているのに気づかないなんて普通ありえない。
当然、何かやっていたはずだ。
そしたら。
「せーれーに隠してもらってた」
え?
「精霊と話せたのか?」
「いつのまに?」
どうやらマオも知らなかったみたいだ。
ふたりで驚いていたら、上から母様の声がした。
「日進月歩というやつじゃな、大したものじゃないかえ?」
見上げると母様が笑っている。
「母様……もしかして隠して?」
「内緒にしてと言われておったからのう……驚いたじゃろう?」
「びっくりしたよ!」
笑いがこぼれた。
どこかから、おじいさんたちの……たぶん人間の生存者の人たちの笑い声が流れてきた。
それは、イズ半島の片隅での出来事。
これから先のことはわからない。
無事に僕たちが生き延びられるのか。
人間は滅びてしまうのか。
それとも、なんとか共存するようになるのか……それはまだ誰にもわからない。
ただ今、この瞬間にわかること。
それは。
「マリ、これなんて魚?誰にもらったの?」
「えっとね、おおきちばす……だったかな?白ひげのおじいさんにもらったよ?」
「もしかして……いや、もしかせんでもオオクチバスのようじゃな」
「しろひげのひと?」
「うん、みたことないおじいさんだったよ?」
僕が首をかしげていたら、なんか頭上で母様とマオが話していた。
「これって」
「あの御仁じゃろうのう。
芦ノ湖の方にもおらぬから、こちらには関わらぬのかと思うておったが」
あの御仁?
「マリや、そのご老人にお礼をしたいと思うが、どこから来たと言うておったかのう?」
「えーとね、フジってとこからだって」
「なるほどのう、わかった」
どうやら母様とマオは知ってる人らしい。
だけど僕にはわけがわからない。
僕は首をかしげた。
満点の星空の下。
そして、魚がおいしい。
僕たちの平和な時間は、そうして過ぎていったのだった。
(おわり)
もちろん、このあとも彼らの生活は続いていくのですが。
とりあえず本編は一区切りとさせていただきます。
今までおつきあいいただき、本当にありがとうございました。




